おしゃれや綺麗なものが大好きなあなたへ
昨日10月4日は
フランス
の画家、
バルビゾン派の創始者
ジャン=フランソワ・ミレーの
誕生日だったそうです。
ミレー?え、、誰?という人も
この絵は目にしたことがあるのでは
ないでしょうか?
「晩鐘」
美術の教科書でよく見るやつ!
そう、美術の教科書にはたくさんの絵が
載っています…。
でも
すべての絵が印象に残っている
わけではないですよね…。
作家名とか、詳しいことは分からなくても
多分、多くの人が
確かに見た!と印象に残っている絵…
そのうちの1つではないかと思うんですよね…。
そして、この絵を改めて見て
コロナ禍今だからこそ、強く思うことがありました。![]()
やっぱり
人が、
今生きていることに感謝し、
愛する人の幸せや
明日の少しの幸せを
神様に祈る人の姿は美しい!!
この
感謝と幸せを願う崇高な姿は
時間も…
空間も…
性別も…
国籍も…
宗派も(どのような祈り方であっても)…
すべてを超えて
本当に美しい!!と…。
多くの人が明日への幸せを祈る
今だからこそ
改めて感じます
!
そんな絵を描いた
ミレー…、
ちょっとどのような人なのか見てみたいと思います。
ジャン=フランソワ・ミレー
ミレーは、1814年10月4日に生まれ
1875年1月20日に亡くなったので
61年の人生でした。
フランスのノルマンディー地方の農家の息子に生まれます。
父親が農家のかたわら、絵を描くことがあったようで
ミレーも父親の影響を受けます。
ミレーは農作業を手伝いながら
写生をするなどして絵に親しみました。
そんなミレーが18歳のとき
「腰の曲がった老人が歩くポーズ」を
木炭で素描したところ
両親がその素描に感動し、
シュルブールの画家ムシェルの画塾に行かせます。
これが
ミレーが農作業をやめ、画家としてい道を始めたきっか家でした。
(よほど上手だったんですね…
)
仲間との出会い
そこで出会ったのが、
新古典主義の巨匠のジャン・グロの弟子の
ラングロワでした。
ラングロワとの出会いにより、才能を見出され
エコール・デ・ボザールに入学をすることを薦められ
奨学金を獲得しますが
途中、ミレーは父親が亡くなったことを知り
一度故郷に帰ります。
しかし、
祖母の強い後押しがあり
画家への道を進めることになり
ミレーはパリで学ぶことになります。
(やっぱり、成功している人は
そうさせる出会いが必ずありますよね…)
パリでのミレー
パリで学び始めたミレーですが
パリという街にはなじめなかったそうです。
「暗くて、曇っていて、煙い町」といっていたそう
。
そのなじめなかった原因に
エコール・デ・ボザールの師匠との関係が
上手くいかなかったことがあったようです。
その代わり
ルーブル美術館に足しげく通い、
ミケランジェロの模写などに精をだし
影響を受けたそうです。
(勉強するための方法って
1つじゃない!って思いますよね…。)
肖像画家としての成功
ある程度の成功をおさめ
生活のために
ロココ風の作品を描き
「女の胸と知りを描く専門家」
とまでいわれたミレーでしたが
パリの不衛生な環境のため
妻が結核で亡くなってしまいます。
それにショックを受けたミレーは故郷に戻ります。
バルビゾン派としてのミレー
その後、2番目の妻となるカトリーヌ・ルメールと出会い、
パリに戻ります。
この頃、コローやルソーなどの
バルビゾン派となる仲間たちと
出会うことになります。
その後、
1847年のサロンで
「樹から降ろされるエディプス」が入選。
さらに
2月革命の影響で無審査となったサロンが開催され
「蓑をふるう人」が政府買い上げとなり、
共和国政府から絵画制作が依頼され
「刈入れ人達の休息」を提出します。
その後1849年に
パリでコレラが流行し
政府から得た報酬をもとに
家族や仲間たちとバルビゾンに
移住をすることになります。
そして、ミレーや仲間たちにとって
バルビゾンが終の棲家となり
「バルビゾン派」が誕生することになります。
バルビゾン派とは
写実主義運動の一部として位置づけられますが、
農家の人々の日常を描いた作品でよく知られています。
貧しい農民の姿を描いたミレーの作品は
理想的で高貴な絵画を描くことが主流だった美術業界からは
最初は反発を受けたそうです
。
「落穂ひろい」
しかし、貧乏を覚悟したミレーは
一念発起してバルビゾンに向かい
生活に根差し、
労働に汗する人間を描きたい、
という思いで
崇高、敬虔といった言葉が当てはまる
農民の姿や労働者の姿を描きます。
「種をまく人」
ミレーを慕った画家
ミレーを精神的な師として崇めたのは
ゴッホでした。
ゴッホは、ミレーの絵を見て
「現実の土で絵を描いているようだ」
と
描写している対象物の色再現の高さを
感心しています。![]()
ゴッホは
最初はミレーと同じように
暗い色で農民たちを描いたようですが
黄色のとりこになってしまった
ゴッホが描いた農民の絵は黄色く
ゴッホならではの
「種をまく人」になります。
ミレーの評価
ミレーの絵は
フランス
よりも
プロテスタンティズムが強い
アメリカ
やニューイングランド地方で
高い評価を受けました。
貧しい農夫婦が、ジャガイモを前に祈りを
ささげる姿を描いた代表作の
「晩鐘」は
アメリカ市民の間で人気が高く
複製品が多くのアメリカ家庭で飾られたそうです。
「晩鐘」
いかがでしたでしょうか?
最近は自然災害なども多く
食べ物の課題も多い現在。
携わる方への感謝の気持ち、
忘れないでいたいものですね
。
明日も素敵な1日をすごしてください![]()
ありがとう、ありがとう、ありがとう!



