4年前の夏

新しくなった PC にデーターを移していたら、懐かしい写真が出てきました。
これは、2度目の地震、中越沖地震の時の我が子の写真です。
この時はガスと水道のライフラインが2ヶ月近く復旧しませんでした。
でも、家を失った人から見れば、屋根の下で寝れるだけ幸せだと感じ、
救援物資は、一回も貰いには行きませんでした。
人に頼らずとも、ちゃんと考えれば生活できるものです。
この写真は、ちょうど夏だったため朝きれいな水を大きな桶にためてビニールなどで蓋をしておくと
夕方には40度近い水温になるのです。
それを利用して子供達のお風呂にしていました。
当然水は出ていないので、山にきれいな水がたくさん湧いているところを知っていたので
毎日、Kトラックでタンクに200リットル汲みに行っていました。
洗濯もこの水を利用して、一度使った水は捨てずにトイレを流す水に利用しました。
僕らの身の回りには、良く探せば何でもあるんです。
ただ、みんな贅沢になって自分では何にもせず助けてもらう事しか考えなくなっています。
食べ物も水と鍋さえあれば米なんかいくらでも炊けます。
不自由はありましたが、それほど苦労せずに普通に生活できるものでした。
このとき感じた事は、自然てすごくありがたい物だと感じました。
生きていくために大切な街にない物は、みんなあるのです。
おかげで僕は、自然の中で暮らす時間が今ではずいぶん増えました。
不謹慎かもしれませんが、僕には2回の地震は生きてゆくために大切な、
たくさんの事を気づかせてくれた人生のターニングポイントになる出来事でした。
そのおかげで今では街の中が息苦しいです。
この写真からは、子供達があんなに大きな地震があった事なんて感じさせない顔をしています。
子供達に負けないように、息苦しいなんて言ってないでがんばらねば (;^_^A