山名文夫 | DESIGN STUDIO COLOR CODE

山名文夫

最近ロゴの制作依頼やグラフィック関連の仕事をいただく事が多く・・・
起業当時のアパレルのデザインはどちらかと言うと縮小傾向です・・・

そうなると自分のグラフィックデザインの源泉はどこにあるのか・・・
日本のグラフィックの歴史・・・
そもそものグラフィックデザインの必要性や効果など知りたくなって来ます・・・
そこでもう一度、日本人にとってのグラフィックデザインを勉強してみようかなどと考えております・・・


そんな事を考えてみたりして、どんな方々が日本のデザインを作り上げて来たのか上げて行くと・・・
この方は外せませんね・・・

「山名文夫」やまなあやお


有名なのはやはり資生堂のロゴでしょうか・・・

創業者の三男「福原信三」が原案を作り山名文夫が作り上げた資生堂のロゴは今でも資生堂のポリシーを伝えるものです・・・


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当時まだ資生堂は国内でもあまり大きな化粧品メーカーではなく・・・
銀座の一角で薬局を営んでいたそうです・・・
化粧水「オイデルミン」発売し、日本ではじめてソーダ水とアイスクリームの製造と販売を行う「ソーダファウンテン」を開設した事で一気に有名になっていったそうです・・・

その資生堂創業者「福原有信」の三男「福原信三」はアメリカに留学した経験から企業とデザインの関係に着目し、一気に資生堂を女性の美を作る会社として大きくした事は有名です・・・

その時代に山名文夫によって生み出されたのが雑誌に掲載する資生堂の広告



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今見てもこのグラフィックの素晴らしさには感動します・・・

この後「東京広告美術協会」の設立・・・
雑誌『NIPPON』のレイアウトをおこない・・・
日本デザイナー学院の設立・・・
「紀伊国屋」のロゴデザイン「新潮社」のロゴをデザインをおこないました・・・

山名文夫のデザインの源泉はビアズリー・・・
ビアズリーの絵は日本的でもあるし、日本の解釈する西洋の女性の美であった様な気がします・・・




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山名文夫が第二次世界大戦の日本国内でのプロパガンダに多大な影響を与え、ポスターや広告にその才能を寄与した事はあまり知られてないかも知れません・・・