伊豆を歩く!
以前にも書きましたが、9月7日から4日を掛けて伊豆を縦断する歩き旅に行って来ます!
歩くと言っても「龍馬ブーム」ではありませんが・・・吉田松陰やハリスも通ったと言う、下田街道を歩いてみようと思ってます・・・
静岡県が出している下田街道の研究本や先に歩かれている方達の情報を元に旧下田街道をGoogleMap上でなぞってみました。基本的にGoogleMapは自動車道をフォローしているので途中、ルートが追えないところもありますが、ほとんどのルートはGoogleMap上でフォロー出来ていると思います・・・
よかったら見てください!
より大きな地図で 下田街道 を表示
ちなみに・・・この企画は自社のオリジナルブランドON ROVEで展開している旅企画のひとつ「AROUND JAPAN」の企画として歩きます!
知らない日本をもっと知る旅に出る企画です・・・
なぜ伊豆を歩くのか・・・とたまに聞かれますが・・・
歩きたいから歩くとしか答えられないと思いますが・・・
歩きの旅は5年ぶり・・・体力も衰えていると思うので少々恐い部分もあります・・・
人間の基本的な適応する早さは歩きだと思うのです・・・
そして生活する範囲と言うのも基本は歩ける範囲だと思うのです・・・
すべては人間の体で出来る事が基本になっているはずなのですが・・・
文明と呼ばれる諸々の発明で人間の力以上の事が出来るようになり、便利さゆえ、生活の基盤も諸々の発明品の上に成り立っているのが今の社会です・・・
その社会を嫌っている訳でもなく、批判している訳でもないのですが・・・
時々、人間の力の範囲を確認したくなる時があります・・・
そう言う時は歩くのが一番ですね・・・
東海道をはじめ古道を歩く旅もちょっとしたブームですが・・・
伊豆の下田街道はあまり人気なさそうです・・・
敢えてそこを歩く意味・・・を探すとすれば・・・
やはり生まれ故郷の成り立ちを知りたいと言う事でしょうか・・・
僕の生まれは沼津です・・・
沼津は伊豆と深い関係を持っている地域です・・・
実際は沼津と伊豆は別の地域なのかも知れませんが・・・
僕に取ってみれば沼津も伊豆も慣れ親しんだ故郷の様に感じます・・・
以前、沼津の成り立ちについては勉強した事はあるのですが・・・
伊豆の成り立ちについては勉強をしたことがありませんでした・・・
「伊豆」とは一体なんなのだろう・・・と調べ始めましたが・・・
日本史の中でも特記する事のあまりない伊豆は文献も少ないらしく・・・
罪人が流されて来る様な所だったので・・・特に重要な施設もなかったんでしょうね・・・
伊豆と言う名称でさえ明確な答えはない様ですね・・・
「湯のいずる所」と言う意味で「いず」と呼ばれていたらしく・・・
その「いず」を守る「伊豆山神社」の伊豆が語源であるらしい・・・です
そして、伊豆の町の成り立ちはなんなのか・・・
元々、伊豆は天城山で大きく隔たれていて陸上のルートは発展してこなかった様です・・・
それほど人間の力は小さいと言う事ですが・・・
伊豆は江戸時代に廻船と呼ばれる上方と江戸を結ぶ定期航路線の発達にともない・・・
下田が廻船ルートの寄港地として発展した事に始まる様です・・・
そしてローカルルートの寄港地として各集落が発展しった様です・・・
なので基本的に伊豆のルートは海上ルートと言うことです・・・

とりあえず・・・続きは次回に・・・
歩くと言っても「龍馬ブーム」ではありませんが・・・吉田松陰やハリスも通ったと言う、下田街道を歩いてみようと思ってます・・・
静岡県が出している下田街道の研究本や先に歩かれている方達の情報を元に旧下田街道をGoogleMap上でなぞってみました。基本的にGoogleMapは自動車道をフォローしているので途中、ルートが追えないところもありますが、ほとんどのルートはGoogleMap上でフォロー出来ていると思います・・・
よかったら見てください!
より大きな地図で 下田街道 を表示
ちなみに・・・この企画は自社のオリジナルブランドON ROVEで展開している旅企画のひとつ「AROUND JAPAN」の企画として歩きます!
知らない日本をもっと知る旅に出る企画です・・・
なぜ伊豆を歩くのか・・・とたまに聞かれますが・・・
歩きたいから歩くとしか答えられないと思いますが・・・
歩きの旅は5年ぶり・・・体力も衰えていると思うので少々恐い部分もあります・・・
人間の基本的な適応する早さは歩きだと思うのです・・・
そして生活する範囲と言うのも基本は歩ける範囲だと思うのです・・・
すべては人間の体で出来る事が基本になっているはずなのですが・・・
文明と呼ばれる諸々の発明で人間の力以上の事が出来るようになり、便利さゆえ、生活の基盤も諸々の発明品の上に成り立っているのが今の社会です・・・
その社会を嫌っている訳でもなく、批判している訳でもないのですが・・・
時々、人間の力の範囲を確認したくなる時があります・・・
そう言う時は歩くのが一番ですね・・・
東海道をはじめ古道を歩く旅もちょっとしたブームですが・・・
伊豆の下田街道はあまり人気なさそうです・・・
敢えてそこを歩く意味・・・を探すとすれば・・・
やはり生まれ故郷の成り立ちを知りたいと言う事でしょうか・・・
僕の生まれは沼津です・・・
沼津は伊豆と深い関係を持っている地域です・・・
実際は沼津と伊豆は別の地域なのかも知れませんが・・・
僕に取ってみれば沼津も伊豆も慣れ親しんだ故郷の様に感じます・・・
以前、沼津の成り立ちについては勉強した事はあるのですが・・・
伊豆の成り立ちについては勉強をしたことがありませんでした・・・
「伊豆」とは一体なんなのだろう・・・と調べ始めましたが・・・
日本史の中でも特記する事のあまりない伊豆は文献も少ないらしく・・・
罪人が流されて来る様な所だったので・・・特に重要な施設もなかったんでしょうね・・・
伊豆と言う名称でさえ明確な答えはない様ですね・・・
「湯のいずる所」と言う意味で「いず」と呼ばれていたらしく・・・
その「いず」を守る「伊豆山神社」の伊豆が語源であるらしい・・・です
そして、伊豆の町の成り立ちはなんなのか・・・
元々、伊豆は天城山で大きく隔たれていて陸上のルートは発展してこなかった様です・・・
それほど人間の力は小さいと言う事ですが・・・
伊豆は江戸時代に廻船と呼ばれる上方と江戸を結ぶ定期航路線の発達にともない・・・
下田が廻船ルートの寄港地として発展した事に始まる様です・・・
そしてローカルルートの寄港地として各集落が発展しった様です・・・
なので基本的に伊豆のルートは海上ルートと言うことです・・・

とりあえず・・・続きは次回に・・・