イスファハン・・・世界の半分と呼ばれた古都・・・
ちょっと最近忙し過ぎて・・・頭がウマく回っていない感じです・・・
忙しくてもブログはちゃんと更新していこうと思っているんですが・・・
で、こういう時は過去の旅を思い出し・・・
頭の中の世界を広げて、地球規模の空間にして、さっぱりしたいと思います・・・(/ω\)
1991年に当時まだソ連だったロシアの首都モスクワを訪ね・・・その後はトルコを周遊し・・・
そして当時はまだ閉鎖的だったイランに入りました
1991年の日本・・・イラン人が仕事を求めて日本に大挙して押し寄せて来たのもこの頃・・・
代々木公園はそれまでのイギリス人やフランス人、ジャマイカ人達がサッカーをして楽しんでいたですが・・・
この人たちに替わり、
代々木公園はイラン人の憩いの場と情報交換の場になってしまったのでした・・・
その数・・・今時のゴスロリ系のお姉ちゃんやビジュアル系のお兄ちゃん達の比ではありません・・・
日本ではそんな状況でしたが、一方イランではイラン・イラク戦争が終結してからまだ3年あまり
経済的にもインフラ的にも破壊されたまま・・・
仕事を求めて海外に出稼ぎに行くのも仕方のない状況だったのです・・・
イランの街には足をなくした人や松葉杖の人も多く・・・戦争をした国という場面はいくつもありました
そんな状況を頭に入れつつイランに入りました
イランには陸路で入りました
トルコのドゥバヤスィット・・・ノアの箱船が埋まっているんじゃないかと言われている山が見える街・・
から国境のギュルブラックまで行き・・・
イミグレーションを通り、イラン側へ・・・
国境の街バザルガンから乗り合いタクシーでマクーへ行き・・・
マクーからテヘラン行きの夜行バスに乗ったんです・・・
いつも思うけど・・・陸路で国境を越えるって大変なんですよね・・・
待たされるし・・・疑われるし・・・言葉通じないし・・・
そんな訳で翌朝、テヘランに到着・・・
テヘランも面白い街でしたが・・・別の機会に書きますよ!!
イラン国内の旅行は飛行機で回りました!!
しかしテヘランまではバス・・・
このテヘランでもう慣れてしまった闇両替ってヤツで換金・・・
数十ドルで大量のイラン・リヤルを手に入れたのでした・・・
なので飛行機のチケット買っても正規のバスよりも安い・・・
で、僕の旅では珍しく大変快適な旅をしたのでした
ぴゅーんとイスファハンへ・・・
もちろん空港からホテルまではタクシー
ホテルも5つ星の高級ホテル・・・
支払いはイラン・リヤルで・・・
贅沢だなぁ・・・・
このイスファハン・・・色々と旅した街の中でも最高級にキレイな街でした
ゴミがぜんぜんない・・・
道がキレイ・・・
クラクションが鳴ってない・・・
建物も雰囲気のあるモノばかり・・・
知的な何かがある街ってあまりないけど、この街は街全体が知的な感じがするのです・・・
ここでイスファハンって街を語ると・・・
紀元前から存在している街ではありますが、歴史に出て来るのは
イスラム帝国に占領されイスラム傘下になり
11世紀後半にセルジューク朝のトゥグリル・ベクが街を本格的に整備し
以来、セルジューク朝の本拠地として発展したのです
セルジューク朝とは中央アジアに起源を持つトルコ族の一派
この人たちが中央アジアから進出して来て、アフガニスタンを侵略し・・・
イランを侵略し・・・スルタンとしてバグダットのカリフに認められ・・・
その勢いでイスラム帝国を手中に収め・・・一大帝国を築いたのでした
ローマはこの頃は本当に小さな国に成り下がっていました
アナトリア(今のトルコ)は東ローマ帝国の覇権下にありましたが・・・
このセルジューク朝がそのほとんどを占領し・・・
この頃から、あの自慢ばかりしやがるトルコ人がこのアナトリアに住み始めたのです
イスラム帝国の首都はバグダッド・・・
しかしセルジューク朝の本拠地はイスファハン・・・
イスファハンはこのセルジューク朝の繁栄で栄えていったのです
しかし観光名所のイマーム広場はこの後のサファヴィー朝になってからなのです
サファヴィー朝のアッバース一世がこのイスファハンに都を移してからのイスファハンが
今のキレイなイスファハンなのです
これが有名な王の広場(イマーム広場です)
このモスクは有名なタイルで出来たアラベスクがスゴい・・・
ここまで緻密に・・・ここまで徹底してやられると
あら探しなど出来ないです・・・
イスファハンは水の都とも呼ばれています
街の真ん中を流れるザーヤンデルード川は砂漠の地下水が上がって川となりこの街に流れて来ます
この川のおかげで砂漠の中に豊富な水が溢れているのです
その川に掛かる橋・・・スィー・オ・セ橋
夜になるとこんな雰囲気です
ライトアップされ・・・若いカップルがいっぱいデートしていました
もちろん、このカップルたち・・・婚前デートではありません・・・
カップル=夫婦が基本の国なので・・・
川から王の広場側が旧市街・・・こちら側の方が観光客には目の保養になるフォトジェニックな景色が多いんです
裏路地に入るとこんな雰囲気です
この路地裏では子供達が駆け回り・・・ヒジャーブを着た全身真っ黒の女性達が井戸端会議をしています
仕事もなく暇な男性が僕を見かけると皆、自分の家に誘います・・・
つたない英語で「日本はいい国だ・・・」と皆、それから会話が始まります
イランも大陸のほぼ中央に位置する国
歴史上では権力と宗教に翻弄され静かな時を過ごす事のない国です
現在も外交上の問題を多数抱え・・・国内の性的差別・・・宗教的な差別が国際社会の反感を呼んでいます
女性は外国人であれ、外出する時はスカーフを頭に巻かなければならないし
イランの女性はヒジャーブという真っ黒な衣装を着ています
しかし・・・何度か招かれて行ったイラン人の家・・・
家の中では「お母さん・・・そんな服着てどうしたの・・・???」と言いたくなるような
胸が大きく開いたナイトクラブのステージ衣装みたいなドレスを着ているのでした・・・
「お姉さんも同じ服じゃん・・・・」お姉さんもセクスィーなドレスを着て
何処の馬の骨かわからない旅行者を迎えてくれるのでした・・・
伝統的イスラム主義の矛盾を見たような気がします・・・
民主主義、資本主義社会はなんて行っても欲望の社会・・・
どんなに宗教で押さえ込もうがイデオロギーで押さえ込もうが・・・人間、やりたい事はやりたいのです・・
きっと・・・
最後に一つ・・・イランですごく気になった事が・・・
この国・・・ご飯は最悪です・・・
外食産業ってモノがほとんど発達してないです
もちろん5つ星のホテルはまともなモノはありますが・・・
庶民の行くレストランの数は多いです・・・食堂もいっぱいあります・・・
しかし、どれもこれも皆・・・シシ・ケバブ屋です
これしかありません・・・
羊の串焼きの肉をパサパサのご飯に上にのせているだけのご飯・・・
本当にこれしかありませんでした・・・
今はちょっとは変わっているのでしょうか・・・
もう少し食べれるモノでしたらサンドイッチスタンドが道端にいっぱいありました
ショーケースに具がいっぱい並べられていて、好きな具を選んで挟んでもらうシステムです
具のほとんどはまぁ・・・いけるモノでしたが・・・
羊の脳みそだけはサンドイッチにする気になれませんでした
脳みそ、そのままの姿で何十個もトレイの上に並べられているのです・・・
味は想像できますが・・・脳みそがフランスパンに挟まっているのをイメージして
よだれが出るかと言ったら・・・そうでもないです・・・
ちなみに羊の脳みそはトルコで食しました
レモンをかけてさっぱりといただきます・・・
そんな所でした・・・
頭がすっかり大陸の西の方へ行ってくれました・・・
ちょっとは頭がリラックスしてくれたようです・・・
忙しくてもブログはちゃんと更新していこうと思っているんですが・・・
で、こういう時は過去の旅を思い出し・・・
頭の中の世界を広げて、地球規模の空間にして、さっぱりしたいと思います・・・(/ω\)
1991年に当時まだソ連だったロシアの首都モスクワを訪ね・・・その後はトルコを周遊し・・・
そして当時はまだ閉鎖的だったイランに入りました
1991年の日本・・・イラン人が仕事を求めて日本に大挙して押し寄せて来たのもこの頃・・・
代々木公園はそれまでのイギリス人やフランス人、ジャマイカ人達がサッカーをして楽しんでいたですが・・・
この人たちに替わり、
代々木公園はイラン人の憩いの場と情報交換の場になってしまったのでした・・・
その数・・・今時のゴスロリ系のお姉ちゃんやビジュアル系のお兄ちゃん達の比ではありません・・・
日本ではそんな状況でしたが、一方イランではイラン・イラク戦争が終結してからまだ3年あまり
経済的にもインフラ的にも破壊されたまま・・・
仕事を求めて海外に出稼ぎに行くのも仕方のない状況だったのです・・・
イランの街には足をなくした人や松葉杖の人も多く・・・戦争をした国という場面はいくつもありました
そんな状況を頭に入れつつイランに入りました
イランには陸路で入りました
トルコのドゥバヤスィット・・・ノアの箱船が埋まっているんじゃないかと言われている山が見える街・・
から国境のギュルブラックまで行き・・・
イミグレーションを通り、イラン側へ・・・
国境の街バザルガンから乗り合いタクシーでマクーへ行き・・・
マクーからテヘラン行きの夜行バスに乗ったんです・・・
いつも思うけど・・・陸路で国境を越えるって大変なんですよね・・・
待たされるし・・・疑われるし・・・言葉通じないし・・・
そんな訳で翌朝、テヘランに到着・・・
テヘランも面白い街でしたが・・・別の機会に書きますよ!!
イラン国内の旅行は飛行機で回りました!!
しかしテヘランまではバス・・・
このテヘランでもう慣れてしまった闇両替ってヤツで換金・・・
数十ドルで大量のイラン・リヤルを手に入れたのでした・・・
なので飛行機のチケット買っても正規のバスよりも安い・・・
で、僕の旅では珍しく大変快適な旅をしたのでした
ぴゅーんとイスファハンへ・・・
もちろん空港からホテルまではタクシー
ホテルも5つ星の高級ホテル・・・
支払いはイラン・リヤルで・・・
贅沢だなぁ・・・・
このイスファハン・・・色々と旅した街の中でも最高級にキレイな街でした
ゴミがぜんぜんない・・・
道がキレイ・・・
クラクションが鳴ってない・・・
建物も雰囲気のあるモノばかり・・・
知的な何かがある街ってあまりないけど、この街は街全体が知的な感じがするのです・・・
ここでイスファハンって街を語ると・・・
紀元前から存在している街ではありますが、歴史に出て来るのは
イスラム帝国に占領されイスラム傘下になり
11世紀後半にセルジューク朝のトゥグリル・ベクが街を本格的に整備し
以来、セルジューク朝の本拠地として発展したのです
セルジューク朝とは中央アジアに起源を持つトルコ族の一派
この人たちが中央アジアから進出して来て、アフガニスタンを侵略し・・・
イランを侵略し・・・スルタンとしてバグダットのカリフに認められ・・・
その勢いでイスラム帝国を手中に収め・・・一大帝国を築いたのでした
ローマはこの頃は本当に小さな国に成り下がっていました
アナトリア(今のトルコ)は東ローマ帝国の覇権下にありましたが・・・
このセルジューク朝がそのほとんどを占領し・・・
この頃から、あの自慢ばかりしやがるトルコ人がこのアナトリアに住み始めたのです
イスラム帝国の首都はバグダッド・・・
しかしセルジューク朝の本拠地はイスファハン・・・
イスファハンはこのセルジューク朝の繁栄で栄えていったのです
しかし観光名所のイマーム広場はこの後のサファヴィー朝になってからなのです
サファヴィー朝のアッバース一世がこのイスファハンに都を移してからのイスファハンが
今のキレイなイスファハンなのです
これが有名な王の広場(イマーム広場です)
このモスクは有名なタイルで出来たアラベスクがスゴい・・・
ここまで緻密に・・・ここまで徹底してやられると
あら探しなど出来ないです・・・
イスファハンは水の都とも呼ばれています
街の真ん中を流れるザーヤンデルード川は砂漠の地下水が上がって川となりこの街に流れて来ます
この川のおかげで砂漠の中に豊富な水が溢れているのです
その川に掛かる橋・・・スィー・オ・セ橋
夜になるとこんな雰囲気です
ライトアップされ・・・若いカップルがいっぱいデートしていました
もちろん、このカップルたち・・・婚前デートではありません・・・
カップル=夫婦が基本の国なので・・・
川から王の広場側が旧市街・・・こちら側の方が観光客には目の保養になるフォトジェニックな景色が多いんです
裏路地に入るとこんな雰囲気です
この路地裏では子供達が駆け回り・・・ヒジャーブを着た全身真っ黒の女性達が井戸端会議をしています
仕事もなく暇な男性が僕を見かけると皆、自分の家に誘います・・・
つたない英語で「日本はいい国だ・・・」と皆、それから会話が始まります
イランも大陸のほぼ中央に位置する国
歴史上では権力と宗教に翻弄され静かな時を過ごす事のない国です
現在も外交上の問題を多数抱え・・・国内の性的差別・・・宗教的な差別が国際社会の反感を呼んでいます
女性は外国人であれ、外出する時はスカーフを頭に巻かなければならないし
イランの女性はヒジャーブという真っ黒な衣装を着ています
しかし・・・何度か招かれて行ったイラン人の家・・・
家の中では「お母さん・・・そんな服着てどうしたの・・・???」と言いたくなるような
胸が大きく開いたナイトクラブのステージ衣装みたいなドレスを着ているのでした・・・
「お姉さんも同じ服じゃん・・・・」お姉さんもセクスィーなドレスを着て
何処の馬の骨かわからない旅行者を迎えてくれるのでした・・・
伝統的イスラム主義の矛盾を見たような気がします・・・
民主主義、資本主義社会はなんて行っても欲望の社会・・・
どんなに宗教で押さえ込もうがイデオロギーで押さえ込もうが・・・人間、やりたい事はやりたいのです・・
きっと・・・
最後に一つ・・・イランですごく気になった事が・・・
この国・・・ご飯は最悪です・・・
外食産業ってモノがほとんど発達してないです
もちろん5つ星のホテルはまともなモノはありますが・・・
庶民の行くレストランの数は多いです・・・食堂もいっぱいあります・・・
しかし、どれもこれも皆・・・シシ・ケバブ屋です
これしかありません・・・
羊の串焼きの肉をパサパサのご飯に上にのせているだけのご飯・・・
本当にこれしかありませんでした・・・
今はちょっとは変わっているのでしょうか・・・
もう少し食べれるモノでしたらサンドイッチスタンドが道端にいっぱいありました
ショーケースに具がいっぱい並べられていて、好きな具を選んで挟んでもらうシステムです
具のほとんどはまぁ・・・いけるモノでしたが・・・
羊の脳みそだけはサンドイッチにする気になれませんでした
脳みそ、そのままの姿で何十個もトレイの上に並べられているのです・・・
味は想像できますが・・・脳みそがフランスパンに挟まっているのをイメージして
よだれが出るかと言ったら・・・そうでもないです・・・
ちなみに羊の脳みそはトルコで食しました
レモンをかけてさっぱりといただきます・・・
そんな所でした・・・
頭がすっかり大陸の西の方へ行ってくれました・・・
ちょっとは頭がリラックスしてくれたようです・・・




