『無様だよ、ねぇ、わかってるの?』

あぁ、分かっててやっているんだ。
こうして床に這い蹲って靴先を舐める。
上質そうな革を舌先で何度も舐める。
途中で上を向かされて今度は舌と舌を絡ませる。
クズだと言われてもいい、そうする他なかった。
僕のような人間に、選択の余地などなかった。

『無様なものだね、アルフォンス・ハイデリヒ』

見上げた空はプラネタリウムで、身体を覆う温みが気持ち悪かった。
割り切らなければと思うけれどそれは僕にはまだ難しいようで。
今のこのことを考えないようにと必死で空を眺めた。
(あ、流れ星)
祈らない。
願い事など無意味なことだ。
下らない幻想に夢は見ない。
(…、早く終われ)
僕の上で息を荒げる。
あぁ、こんな体たらくの何処に欲情してるの。
死にかけの身体なんだよ、だから早く離して。
貴方は僕らの研究に、融資してればいい。
ねぇだから。
プラネタリウム、ねぇ、裂けるよ。
空色の瞳は開かない。
白い無機質な寝台、横たわる身体を覗き込む。
君はすっかり抜け殻で、私の入る隙間もない。
昨夜綺麗に咲かせた、あかい花が赤黒く朽ちていた。
My robin、今でもまだ君が。

消えない。

冷たい指先止まった呼吸、空色の瞳は開かない。

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051106 
「もう会わない方がいいだろう。会の者が私と君のことに気付きかけている」

これからも私は君の研究に融資しよう、だがもう会いはしない。
後ろから青年を抱きしめた体勢で言った、青年の表情は伺えない。
私はじっと、青年の言葉を待った。
振り返った青年はほくそ笑んだ。

「そんなこと言って。ほんとはほしいくせに。のどから手がでるくらいほしがっているくせに」

会わないなんて嘘、そう言って唇を押し付けてきた。
歯列をゆっくりなぞって隙間から舌を入り込ませる。

解き放ったはずの鳥は、私の元へ舞い戻る。

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051103
まるで私を浚って行く、蒼い空。
褪せない記憶の中、未だ輝くものとして私のなかにあるのは。
引き込まれたあの瞳、あの、声。
もう一度、呼んではくれないだろうか。
私の空。
もう一度、だけでいいんだ。

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051102
君を乱暴に抱いたのは、違うんだ、本当は。
違うんだ、信じられないだろうが。
君が私を見る目は酷く冷め切ったそれで。
どれだけ私が君を愛しているといっても空っぽに笑うだけで。
あぁやっぱり私は君にとってただのパトロンでしかないのだと思い知らされる、現実。
君の足元に縋り付いて、君を壊せたら。
私を見てほしい。


051101
「やさしいひとだ、」

何の前触れもなく突然言うので私はいつも戸惑う。
青年は何の気無しに口にするのだ、その言葉を。
私に抱かれている時、腕の中、談笑の最中など、本当に何の前触れもなく。
私が何故かと聞き返すと、青年は内緒だと言って必ず微笑むのだ。
見上げると青年のそれのような青空で、私は泣きたくなる。
いつの間にか浸かっていた、彼の空に。
空、空、空、空。私の空。
もう手放すことは出来ない。
苦しめると分かっていながら繋ぎ止める残酷を許してくれ。

「やさしいひとだ、あなたは、やさしい」
言葉が全てではない。
口に出して言わなければ伝わらない、そんなものばかりではない。
酷い矛盾だ、どうして。
どうしてあなたは僕が欲しい?
僕のどこが、何があなたを引き付けている?
何もないはずだ、僕には何もないはずだ、病に蝕まれたこの身体以外には。
それなのに。

――あぁ、あなたの唇が、僕の呼吸を阻む。

救ってやれなかった。
彼に、なんと謝罪すればいいのだろう、それさえも分からずに。
私は墓前に立ち尽くしていた。
墓石には『アルフォンス・ハイデリヒ』と。
すまない、とただそれだけを繰り返し繰り返し呟いた。
すまない、すまない、すまない。
私が君を巻き込んだ、私が君を死なせた。
罪は消えない、許さないでほしい、笑ってしまうほど愛していた、偽りではない、本心。
君の空色の虚ろな瞳が私を見てくれればいいと、君を犯しながらいつも思っていたよ。
本当にすまないことばかりをした。
墓前に立ち尽くす、私のロビンは何処へ行った?
「もっと、みてください」
両の手で顔をはさむようにして掴まれ、否応なしに空色の瞳の青年と向き合った。
「教授…あなたはどうして僕を抱くんですか?」
思ってもみない突然の質問に言葉が詰まった。

『どうして』?

私が黙ったままでいると空色の青年はわらった。
「冗談です。ちゃんとわかってますよ、教授」
微笑んでそう言った青年はしかし、なんと虚ろにわらう事だろう。
私を見ているようでいて、その実彼の空色は何も映してなどいないのだ、何も。
何かを求めるようにもがいている、その瞳は。
首に腕を回して唇に吸い付く、空色。
理解し難い行為だ。何故なら彼は。
「もっと、みて」
貪るような荒々しい口付けを交わした。
大きく渦を巻く、欲望と絶望と狂気と、歓喜。