ゆらゆら日記-100516_143609.JPG




木漏れ日から差し込む光の糸をに針を通す。




彼女は刺草で光糸を通してマフラーを編む。

刺草のトゲで、彼女の指は血だらけになる。



それでも彼女は懸命に編む。



邪悪な魔女の力で、12人の兄達は可哀相な白鳥になった。

刺草と光糸で編んだモノを首にかければ魔法は溶ける。

もとの兄さん達に会える。


指は腫れて、編むごとに激痛が走る。

それでも彼女黙々と編み続ける



不振な動きを魔女と疑われ、彼女は牢屋に入れられる。



処刑の日、空から12羽の白鳥が舞い降りる。

彼女は、刺草で編んだマフラーを首にかける。



次と次と元の若者に戻る。


驚く民衆達。


やっと兄さん達に会えた。

彼女は12人の兄さん達と末永く幸せに暮らしました。



確か童話で読んだ話。


「信じるものは救われる」 事を子供達に多分、教えたいんだろう。


でも、少し違うと思う。

「そうしたいから、する」 思いこむことに本当は理由なんてない.

そこに疑念なんてない。

目的に理由をつける。無駄なこと。



好きな事、好きな人、そう思った瞬間にもう動き出さずにいられない

何故、好きなの? 何故、そうするの?答えや見返りなんて求めない。

もしも、理由があって何かを好きになったなら、

好きになっただけの見返りを求めたら


その理由が無意味になった時、途端に嫌いになるだろう。



自分はいつも理由がない。

理由や条件を語れば語る程
自分で自分の条件に縛られて
言い訳の縄に身動きがとれなくなる。

だから 聴かないで。

全て 仕方ない。
ただ その場所にいるのが好き。
本当にそれだけなのだから。