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ネプちゃんの便利隊

コロンビアネットのブログです。

プロローグ:今、大津の中学生自殺問題がクローズアップされています。
       自衛隊OBのネットでも関連する教育問題が話題になりました。
       代表的な意見交換のネット情報をブログにアップしました。
       皆さんの積極的な意見、コメントをお待ちしております。
       (続編アップ乞うご期待!)
 
①(中学生の自殺 2012.7.16 午前9:17
中学男子学生の自殺問題でいじめがあったかどうかどうかで大問題になっている。学校、教育委員会などがいじめを認識していたか否かが議論の的になっているが、そもそも今の学校自身が日教組の教員が寄ってたかって校長をつるしあげ苛めぬくのが常態化している状況では、子供のいじめなど見抜く感覚などあろうはずがなく、またあったとしても見て見ぬふりをする風潮をつくり上げてしまっているのではないか。
中学男子の自殺以前にも、校長が日教組の教員(あえて教師とは言わない)のいじめにあって自殺した例があったではないか。
とにかく今の日本の世の中、寄ってたかって、見て見ぬふり、事なかれの風潮が蔓延している。こういう教員から教えられた子供がいじめにはしりそれを知っていても見て見ぬふりをする生徒が育つのは当然のこと。
日教組をぶっ潰し、「命の大切さ」より「命より大切なものがあること」を教えなければこの問題は解決せんと思うのだが。
                      僻目の平田
 
②(2012.7.16 午前11:22
平田先輩のご意見は、僻目でなく、全くの正論だと思います。
 
日教組の戦後子供たちに教えてきたことは「人権教育」です。
権利ばかり強調し、責任と義務は全くと言っていいほど教えておりません。
その責任と義務の延長線上には愛国心があるはずなのに、その「愛国心」という言葉を毛嫌いしています。
 
> 日教組をぶっ潰し、「命の大切さ」より「命より大切なものがあること」を
> 教えなければこの問題は解決せんと思うのだが。
 
その「命より大切なもの」は「日本民族の生存」であり、「国体の保持」であるはずが、学校教育は「皆さんの命が地球より重い」としか教えていないのではないでしょうか?
戦後の総理大臣ですら「一人の命は地球より重い」といってテロリストを釈放したり、「日本は日本人だけのものではない」と発言したりする現状を見て、日教組の前に、日本の国益、国体を無視する政治家を排除することが先のように思います。
 
                              稲葉 敏
 
PS:昨日、博多の熱い追山笠で約2週間に渡るお祭りが終わりました。
その感動した写真2枚を添付いたします。
イメージ 1
14日流舁き山
 
イメージ 2
親子の締め込み
この15日間のお祭りを通じて、博多の700年以上の伝統と互助の精神を引き継いできたことを思うと感無量の気持ちになります。
以下、メル友の井上政典さんのブログの一部を抜粋いたします。
 
(以下抜粋)
 このお祭り7月1日から本格的に始まるのですが、準備は半年以上前から山に飾る人形の選定やスポンサー探しなどいろんな準備が始まります。そして250人から300人の舁き手が一堂に集まり、15日間クライマックスのために集団で準備していくのです。体力づくりや時間を計るためにどうしたらいいのかの作戦会議や、さらに長い距離を走るために、担う人が次々と交代していくのですが、それを走りながらするために、円滑にできるように先輩・後輩の意思疎通が重要なのです。
 
 マニュアルなんてありません。しきたりは学んでそれを体に叩き込んでいくものです。そしてそれがしっかりできてくると位が上がり世話役になってきます。それを象徴するのが「赤てのごい(赤てぬぐい)」ですが、これは博多っ子の憧れになります。
 
 体が大きく、力のある若者は山の前面で山を浮かします。体の小さい方は後方で山を押します。あまり体力のない中学生などは先走りで道にある障害物や通行人にどいてもらう役割をします。あまり体力はないので、長い時間担げない人はちょっとだけ担ぎます。
 
 このように自分ができることを完全燃焼して15日間を終えるのです。そこには誰が主役で脇役なんてありません。みんながそれぞれをどんなに小さな役割も果たさねばこの大きな山は円滑に動かないのです。
 
 強いものは強いものの役割を果たし、弱いものは弱いものの役割を果たします。みんながそれぞれ感謝をし仲間として支えあっているのです。
(引用終わり)
 
この、お祭りに参加する若者の中では、陰湿な虐めとか自殺がある訳がありません。
 
③(2012.7.16 午後12:47
稲葉さん、久しぶりに山笠の良か写真ばみた。懐かしかあ。
1日から15日まで山笠一色で日本の良か伝統・習慣・子供の躾などが伝承されていくのでしょうね。私はいまでも長谷川法世さんの「博多っ子純情」ば便所においていて読んでいます。
ところで、やっぱ「命より大切」な「卑怯なことはしない」「嘘は言わない」「弱いものいじめはしない」というような人としての基本を叩き込まんといかんやろう。
会津藩、薩摩藩の子弟教育を学校教育に取り入れたらよかろうと思うのだが。それとついでに国民憲章平田私案と十二の徳目(添付)も。
 
什の掟(会津藩の子弟教育)
*    一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
*    二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
*    三、虚言をいふ事はなりませぬ
*    四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
*    五、弱い者をいぢめてはなりませぬ
*    六、戸外で物を食べてはなりませぬ
*    七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです
 
薩摩藩の武士階級子弟の教育法、郷中(ごじゅう)には
*    武道第一
*    武士道の本義を油断なく実践せよ
*    (グループ)外の者との不必要な付き合いは控えよ
*    仲間との連帯を重んじよ
*    軽薄な言動を慎め
*    決して嘘を言うな
*    負けるな
*    弱いものいじめをするな
*    山坂を歩いて体を鍛えよ
*    質実剛健たれ
*    たとえ僅かでも女に接することも、これを口上にのぼらせることも一切許さない
*    金銭欲・利欲をもっとも卑しむべきこと
 
☆ 国民憲章平田私案(下記のURLをクリックしてください。)
☆十二の徳目平田私案 
 
④(2012.7.16 午後3:07
稲葉さん、同報していただきありがとうございました。
日本の戦後教育は占領軍と日教組のためにその精神をガタガタに崩されてしまいました。特に「教育勅語」の廃止は日本人の根本精神のよりどころを失わしめました。私が思うに教育勅語のよいところは、日本人が守るべき生活規範を分かり易くかつ文語調で暗誦しやすくつくってあるところです。よく江戸時代の寺子屋で小さな子供たちがその意味も分からず論語を「子曰く・・・」
とまず暗誦からはじまり長じて意味を理解して自分のものにしていったあのやり方です。教育勅語も最初は意味は理解できないでしょう。
しかし長じてその意味を理解したときは完全に自分のものとなり、私たちの親たちは年をとっても堂々と諳んじていました。
日教組など左翼に言わせれば「朕惟ふに・・・」という書き方が天皇支配じゃなんじゃと文句を言います。まあ勅語ですから天皇のお言葉としてああいう出だしになっただけであって、どうしても天皇がいやだと言うのなら「国民憲章」という形にして「われわれ日本国民」を主語として私案をつくってみた次第です。戦後教育基本法が作られ何回も改訂が行われていますが、そこに書かれている精神を諳んじている日本人は一人としていないと思うのです。よってこの国民憲章を幼児のころから教えて日本人の精神を叩き込んだら、世の中少しは良くなるかなあと思った次第です。
                                                                                 僻目の平田
 
⑤(2012.7.16 午後4:50
平田先輩、同報の事後承認ありがとうございます。
 
平田「国民憲章」の正式版を小学生から暗誦させるべきと思います。
東京杉並区の教育委員会では特別な副読本を作って、小学校1年生から有名な論語、詩歌等を暗誦させて成果を上げているそうです。
 
身近な例では、私の所属している福岡県郷友連盟の役員に装道(和服の教え)の佐藤先生がいますが、要望に応じて、小中高大学と着物を着ながら道徳教育をしておられます。
学級崩壊寸前の教室でも、2、3回目からはきちっと礼儀正しく佐藤先生の話を聞くようになるそうです。それを見た周りの本職教員は不思議に思って質問したそうです。
 
教員:「佐藤先生の道徳教育の秘訣は何でしょうか?何故、生徒の授業態度が変わるのですか?」
佐藤先生:「私の着物の着かたが生徒さんに影響があるかもしれません。先生から服装、言葉使いを先生らしく振舞わないと、生徒さんに軽蔑されます。
体育服装で教壇に登ったり、生徒と仲間のように振舞ったのでは、先生として尊敬されません。」
 
全くなるほどと思いました。日教組の教員にはまず、教師としての躾から始めねばならないと思いました。教育大学でも教えていないのではないでしょうか。
日教組の教員はじめ、ほとんどの学校の先生は、平田先輩が言及されるとおり、教師としての自覚が足りないのではないでしょうか。
 
教育勅語の素晴らしさは、戦後イギリス、アメリカでも英語に翻訳され、絶賛されているそうです。その良さを知らないのは日本の教師と政治家の大多数ではないかと思います。
 
                               稲葉 敏
 
⑥(2012.7.16 午後8:50
稲葉さん、お互い教育問題で盛り上がりますね。それほど今の日本を悪くしたのは戦後教育だという貴兄と私の共通認識があるからでしょう。稲葉さんはもちろん今の学校に「教壇」というものがないことはご存じでしょう。装道の佐藤先生の教えのとおり先生はあくまでも先生であらねば教育は成り立たないのです。先生が生徒と同じレベル(その象徴が教壇をなくした)立ってどうして生徒を導き教えることが出来るのでしょう。友達感覚では教育はできない。まして政治などは国民目線、市民目線では出来ないのです。「国民の生活が第一」党という。馬鹿じゃないか。
政治家は、国民目線ではなくて一段も二段も高い目線で物事を考えないと国家・国民
の生命と安全を守ることは出来ない。今の政治家が「国民目線・市民目線」などと馬鹿なことを言いだしたのは、日教組が実施した教壇をなくしたトモダチ教育で育った連中が国を動かしているからです。              僻目の平田