20世紀後半、かつての植民地であった地域の出身者が、再び労働者として新たにイギリスに移民してきた。

 高度な大人社会であるイギリス(中上流階級生活者)は彼らに英国籍を与えコミュニティー単位で統計を計り、表現の自由も保障した。

 もっとさかのぼった昔、インド及びその周辺国から、多くの人々ががイギリスに移民してきた。

 しかし彼らは独自の集団生活団体として生活し、一般のイギリス社会にはほとんど溶け込まなかった。

 しかしイギリスは長い植民地支配の経験から、異民族の文化を否定し、彼らに同化を強要することは激しい抵抗にあうことを熟知していたので、異なる文化を持つコミュニティーに平等な権利を保障し、多文化主義を成立させてきた。

 実際その当時の移民集団は20世紀後半に移民してきた人たちとは異なり、静かにイギリス社会の中の異文化集団として暮らしてきた。

 

 そんな中、イギリス中部ブラッドフォードやリーズの工業地帯は繊維産業の衰退とともに経済が停滞し、パキスタン系移民のの若者たちに閉塞感が強まっていた。

 人種差別だけではなく「9.11テロ」以降はイスラムに対する嫌悪に直面させられた。

 これについては高度な大人社会といっても繊維不況により労働者を解雇していく場合、どうしても経営者サイドとしては自分たちの社会に溶け込まない異民族、異宗教の人間を選んだことは、いたし方なかったことだろう。


  そして遡れば80年代「悪魔の詩」の著者サルマン・ラシュデイ氏にたいしてホメイニ師が死刑を宣告したさい起きた騒乱はブラッドフォード、そして今回の事件の容疑者たちが暮らしていたのはブラッドフォードに近いリーズ。

 これらの若者の中に満たされぬ想いを来世での幸福に託し、イスラム回帰を求めたのは自然な流れだったといえる。

 つまり母国の過激なイスラム教徒が米英軍の攻撃や指導者拘束を恐れ、イギリスのこれらの地方に逃れ、テロをイスラムの敵と戦う「ジハード」だとささやき続けることで信仰を暴力へと誘導したと思われる。

 98年、エジプトのルクソールでのテロ事件もムバラク政権のイスラム弾圧に端を発している。

 こういった事件やブレア政権下のイギリスのイラク戦争参戦により、かつての民族的同胞が虐げられる事態に、イギリス国籍を持っているという帰属意識よりも遥かに強いムスリムとしての覚醒をもたらしたのではないだろうか。


 上記の内容については一橋大学教授の内藤正典氏が今回のロンドンの爆破テロに関して見解を述べておられたのを拝読し、非常に興味深い内容だと感銘を受けたので是非紹介したいと思い要点を集約したものである。

 

 直接対策的なことを書くのではなく、イギリスという高度な大人社会の国にテロが芽生え、実行に至るまでの経緯を推測し分析したものだ。

 

 異文化に寛容ではないフランスでは、フランス社会に適合したイスラムに変容させようとして一部のムスリムの強烈な反発にあっている。

 そして一方、異文化に寛容であったはずのイギリスでこうしたテロ事件。

 多文化主義や同化促進ではテロリストが育たない土壌を作るには限界があることが立証されたのが今回の事件だ。

 これから非テロ社会を作り上げていくにはムスリムが肌で感じている不公正感を認めて緩和し、異質として放置する姿勢を改め、相互交流による相互理解以外に和解し、共に平等に平和に暮らす道はないのではないか。


 「理想論」、「机上の空論」として、こういった考え方を否定することは容易い。

 しかしテロ事件の犠牲者を慈しみ、加害者を憎むだけではなにも生まれない、解決しない。

 自分は無宗教だが、宗教は否定するものであってはならないと考えている。

 宗教の教えが悪いのではないはずだ、それを解釈する人間の側に問題があるだけだと考えているのだが。



 最後に

 

 政治的・宗教的なことについて出来る限り片寄った表現や批判をしないように配慮したつもりですが、問題点等がありましたらご指摘ください、検討のうえ改めさせていただきます。