林望氏について『リンボウ先生』というテーマで投稿記事を書くに当たって彼のことを<文化というものを批判的に斜めからとらえるのでなく、大人として正面からとらえることの重要性を説いた人物だと認識している>とcologneなりの解釈を最初に書いた。 今日はその点について具体的な例を挙げたい。
エスカレーターに乗るとき、東京では通常左側に立ち、右を階段のように歩いて昇降する人のためにに空けておく、関西はこれが逆で通常右側に立ち左を空ける。
この習慣はそれなりにかなり大きな地域にマナーとして定着していることなのでら今さらどちらかに統一することでもないことだと考えている。
東京の方が関西に来てエスカレーターに乗るとき、普段立つ位置と逆なんだと認識すれば、その流れにあわせればそれでなにごともなく済んでしまうこと。
リンボウさんも書いているが、イギリスではエスカレーターの脇に<STAND ON THE RIGHT>と書いた表示があるくらいなので国際的には通常右側に立ち、左を空けるのが一般的だろう。
実際大阪万博開催時に国際化ということで大阪はイギリスに習え右したいきさつもある。
ところが、これについて日本では一時期『通常、エスカレーターのどちらに立つのが正しいか』ということがニュースになったことがある。
前述したとおり関東と関西で通常の立ち位置が逆なことから話題になった。
このことに関して知識人やエスカレーターが非常に多く設置されている地下鉄運営会社の人たちが出した意見が次のようなものだった。
『建築基準法では「階段」というのは幅がいくら以上あって高さがいくらと決められているので、この基準に外れるエスカレーターを階段として使ってはいけない』
『もし万一エスカレーターが止まった場合、勢いがついていて倒れる危険がある、したがってエスカレーターで歩くことは認められない』
『エスカレーターの設計段階で歩くことを想定した耐重構造はしていない』
ここで彼らが述べているのは意見などではなく、なにか事故が起こった場合に責任問題が自分たちに波及することを逃れるための言い訳のみ、こんなのは責任転換、あるいは責任逃れというものだ。
どうしてもっと現実に目を向けた文化的な意見が『業者』といわれる側から出てこないのか。
小さい子供がエスカレーターに乗った場合の話をしているのではない。
総ての大人が歩きたいといっているのではない、歩かない人がどちらか片方に決めて立てば、自己責任で歩きたい人はばらばらに立っている人の間を右や左へとすり抜けて歩かなくてすむ、そうすれば危険な事故が起こる確率も減るという、実情にあった合理的解決策の話をしているのだ。
世界中で整然と毎日行われていることが、この日本では歩くと危険だ、それで事故が起こったさいの責任追求をされたくない。
これらの問題から責任回避するためのこういった意見のことを<文化を斜めから捉える>ということなのではないか。
なんでもかんでも危険だというが、青信号で横断歩道を歩いていても車が突っ込んでくる時代なのだから、信号が青になっても自分で左右を確認して横断するのが安全な横断なのだ。
注文したコーヒーを飲んだら、熱くて火傷したといって、コーヒーを販売した会社を訴えて勝訴するような国に日本がなってはいけない。
自然な流れで整然と出来上がっている右側が通常の立ち位置で、左側を階段として歩いて昇降する人のために空けておく。
たったこれだけのことでみんながスムーズに、そして少し先を急ぐ人が、人の間をすり抜けなくても円滑にエスカレーターを有効利用出来る。
これは大人社会の文化だ。
かなりの部分が管理運営会社の責任転換責任逃れのための規制で不自由でがんじがらめになってきている。
だからといって、ここで良識ある大人としての人間が集まって議論し、その結果がエスカレーターが階段としての建築基準法を満たしていないからとか、急に停止したときエスカレーター上を歩いていると転等して危険だから歩いてはいけないと決めてしまうようなことがあってはいけない。
そんなことを決めても安全をもらったような気持ちになるだけでかえって危険というものから目をそむけてしまうだけなのではないだろうか。
そんなことがそれほど危険なことなら、どうして世界の文化国で毎日円滑に行われているのだろう。
私自身の体験として、エスカレーターに乗っていて一番危険だと感じた瞬間は、あるデパートで年配のご婦人二人が前に並んで、登りのエスカレーターにお乗りになって、そのすぐ後にcologneが乗ったときでした。
エスカレーターが登りきってご婦人二人はエスカレーターから一歩だけ前に歩いて降りたが、自分たちの降りた階が買物をする予定のフロアかどうか確認することで頭がいっぱいなのでしょう、降りたエスカレーター位置から動きません。
その間もどんどんcologneをはじめ後ろからエスカレーターで登って来る人たちがエスカレーターから降りようとしますが、 みんなが降りるためのスペースが先に降りた他の人たちの足でふさがれているため降りれないのです。
もうcologneは必死で年配のご婦人を前に押し出し『ある程度前まで出ないと後ろの人が者が行き場がなくなるから!』と自分でも驚くくらいきつく注意した。
管理運営会社が危険防止のために注意することは、こういったエスカレーターの理屈を理解していない人たちのために円滑に乗降出来る方法をアピールすることが今なすべきことではないかと感じた。
途中から愚痴っぽくなってあまりいい具体例ではなくなってしまった気がします。
そしてどこまでがリンボウさんの考えでどこからがcologneの考えかも明快でなかったかもしれません、これは次回への反省点としたいと思います。
枝葉の部分をあえていれずに、本質的な面のみで考えてみました、いろんなご意見があるかと思います、お聞かせください。