きさらぎ賞見ていて馬の体を見てその馬の将来性とか考えて
いたら、馬を見るということを電波を通じて教わったある競馬
人のことを思い出したので書きます。
古い時代の話ですが「馬」が好きな奴の昔話と思ってお付き
合いください。
少し長いですから
もう引退されて何年か経つとおもうが競馬ブックにおられた
内炭重夫氏の「馬を見る目」は確かなものであり説得力があ
った。
よく使われていた表現に「遠くからでも周りに他の馬がたく
さんいても、すぐわかるくらいのすごい体してますから」
この言葉を聞くたびぞくぞくした。
ようし、今度競馬場に行くときはこの馬が出走するときだ
そう思うと毎日の帰宅途中に読む大スポの競馬欄を注視した
まだ競馬がこれほどメジャーでなかった時代だ
大スポも本社予想は米原氏が担当していた、若手で末永なん
て名前の記者もいた
余談だが、もう大スポ読まなくなって長いが、見出しや記事
はひどいときは本当に嘘っぱちばかりだったが一度だけ、本当の
スクープを見たことがあった。スクープ記事が本当のことだとわ
かったのは随分後のことだったが。
昭和の大物歌手だった美空ひばりが太腿の骨が壊死して余命が
いくばくもないというような記事だった
あまり関心のある芸能人でもなかったので、そうなんだくらい
でいつか忘れた。 2年ほど経って美空ひばりが亡くなった。
2年前には他の新聞では一切そのことに触れていなかった。
大スポの「栄光なきスクープ」だと思った。
余談が長くなった
競馬ブックを買っても内炭氏の話などは載っていない
話を聞けるのは毎週日曜日午後からのMBS毎日放送のラジオ
競馬中継、最初の頃は役者の津川雅彦氏がMCなどやっていて
にぎやかだが中身が全くなかった
蜂谷アナウンサーが新人から中堅になった頃からだろうか内炭
氏がメーンレースや最終レースの本馬場気配をコメントするよ
うになった。
画面はTVを見て耳はラジオ中継を聞いた。
自分が買った馬を出来がいいとほめられたらもう馬券を取った
気 になっていた。
それほど見事な人を引き付けるコメントだった
しかし自分の買った馬の出来がよくないと言われ、実際外れる
と本馬場気配聞いてからじゃあ馬券買えない、と嘆いていた
当時まだ中3か高校生ななったばかりだったと記憶している
場外にいて馬券を買えば引っ張られる
実際征服の上にコート着ていても何回かやばいことがあった。
そんな頃
自分が夢中になっている競馬に、麻雀に夢中になっていた兄が
競馬をやると言い出した。
2歳上の兄はガキの頃から天才肌で競馬についても「馬を見れ
ばわかるなら俺もわかる」まかせろと言う。
ある日兄が「お前と一緒に行くと気が散る、俺一人で行く」
と言い、出かけようとする。
その日は最終レースに自信のある馬が出走していた
ヤマトペリオンという四白流星だが条件馬でタイテエムの出来
そこない、と呼んでいた馬だ。
なかなか勝てないが堅実な馬で今回はチャンスだと密かに狙っ
ていた、だが相手が決まらない、
当時もう単勝は買うのを辞めていた
どうしても枠連(馬連当時は発売していない)でとりたい
内炭氏の目で見た一番出来のいい馬とヤマトペリオンを買いたい
兄に「最終レースの締め切り前に家に電話してくれ」頼んだ
「内炭重夫の馬見る目と俺の目なら同じだから俺が決めてお前に電
話でしらせてやる。」
そういい残して兄は阪神競馬場へ行った
最終レース、内炭氏は8番の馬(名前さすがに忘れた)がいいと
断言している、ヤマトペリオンはいつもと変わらないという。
よし、よし、他に目に付く馬別にいませんね
内炭氏がそう言ってくれた。
やった、これなら兄も同じ意見に間違いない。
勝利を確信した。
やがてゲートオープン、直線、想像したとおりの実況
外からヤマトペリオンと8番の馬、
やったー
枠連で3800円くらいだと言っている
八千円を兄に預けていた。
当時1レースに三千円購入すればかなり勝負した時代だ
頭の中で払い戻し金を計算した
なぜか親の顔まで浮かんだ 親孝行しろということか
この出来の悪い息子が親孝行?
ああいくらでもやってやる好きなもの買ってやる
電話が鳴った、兄だった
「お前のいうとおり最終レース一本で馬券買ったからな」
「8番とヤマトペリオン買ったよな!! 」必死だった
「8番?4番のほうが良かったから4番とヤマトペリオン買っ
たぞ」
「4番の馬は3着だよ。。。。」
「何、おかしいな、でも3着か、すごいな7番人気の馬が3着
やっぱり俺には馬見る目あるよな、そう思うか?」
無言で受話器を置くしかなかった
心優しい弟は帰宅した兄に「内炭さんも4番はそこそこいいと言
ってたよ」と伝えた。
内炭重夫さん、馬を見る楽しみを私に教えてくれた競馬人
同じ苗字のトラックマンの方を紙面でみたとき、ちゃんと後継者
がおられるんだと思ったらふと目頭が熱くなった。
いたら、馬を見るということを電波を通じて教わったある競馬
人のことを思い出したので書きます。
古い時代の話ですが「馬」が好きな奴の昔話と思ってお付き
合いください。
少し長いですから
もう引退されて何年か経つとおもうが競馬ブックにおられた
内炭重夫氏の「馬を見る目」は確かなものであり説得力があ
った。
よく使われていた表現に「遠くからでも周りに他の馬がたく
さんいても、すぐわかるくらいのすごい体してますから」
この言葉を聞くたびぞくぞくした。
ようし、今度競馬場に行くときはこの馬が出走するときだ
そう思うと毎日の帰宅途中に読む大スポの競馬欄を注視した
まだ競馬がこれほどメジャーでなかった時代だ
大スポも本社予想は米原氏が担当していた、若手で末永なん
て名前の記者もいた
余談だが、もう大スポ読まなくなって長いが、見出しや記事
はひどいときは本当に嘘っぱちばかりだったが一度だけ、本当の
スクープを見たことがあった。スクープ記事が本当のことだとわ
かったのは随分後のことだったが。
昭和の大物歌手だった美空ひばりが太腿の骨が壊死して余命が
いくばくもないというような記事だった
あまり関心のある芸能人でもなかったので、そうなんだくらい
でいつか忘れた。 2年ほど経って美空ひばりが亡くなった。
2年前には他の新聞では一切そのことに触れていなかった。
大スポの「栄光なきスクープ」だと思った。
余談が長くなった
競馬ブックを買っても内炭氏の話などは載っていない
話を聞けるのは毎週日曜日午後からのMBS毎日放送のラジオ
競馬中継、最初の頃は役者の津川雅彦氏がMCなどやっていて
にぎやかだが中身が全くなかった
蜂谷アナウンサーが新人から中堅になった頃からだろうか内炭
氏がメーンレースや最終レースの本馬場気配をコメントするよ
うになった。
画面はTVを見て耳はラジオ中継を聞いた。
自分が買った馬を出来がいいとほめられたらもう馬券を取った
気 になっていた。
それほど見事な人を引き付けるコメントだった
しかし自分の買った馬の出来がよくないと言われ、実際外れる
と本馬場気配聞いてからじゃあ馬券買えない、と嘆いていた
当時まだ中3か高校生ななったばかりだったと記憶している
場外にいて馬券を買えば引っ張られる
実際征服の上にコート着ていても何回かやばいことがあった。
そんな頃
自分が夢中になっている競馬に、麻雀に夢中になっていた兄が
競馬をやると言い出した。
2歳上の兄はガキの頃から天才肌で競馬についても「馬を見れ
ばわかるなら俺もわかる」まかせろと言う。
ある日兄が「お前と一緒に行くと気が散る、俺一人で行く」
と言い、出かけようとする。
その日は最終レースに自信のある馬が出走していた
ヤマトペリオンという四白流星だが条件馬でタイテエムの出来
そこない、と呼んでいた馬だ。
なかなか勝てないが堅実な馬で今回はチャンスだと密かに狙っ
ていた、だが相手が決まらない、
当時もう単勝は買うのを辞めていた
どうしても枠連(馬連当時は発売していない)でとりたい
内炭氏の目で見た一番出来のいい馬とヤマトペリオンを買いたい
兄に「最終レースの締め切り前に家に電話してくれ」頼んだ
「内炭重夫の馬見る目と俺の目なら同じだから俺が決めてお前に電
話でしらせてやる。」
そういい残して兄は阪神競馬場へ行った
最終レース、内炭氏は8番の馬(名前さすがに忘れた)がいいと
断言している、ヤマトペリオンはいつもと変わらないという。
よし、よし、他に目に付く馬別にいませんね
内炭氏がそう言ってくれた。
やった、これなら兄も同じ意見に間違いない。
勝利を確信した。
やがてゲートオープン、直線、想像したとおりの実況
外からヤマトペリオンと8番の馬、
やったー
枠連で3800円くらいだと言っている
八千円を兄に預けていた。
当時1レースに三千円購入すればかなり勝負した時代だ
頭の中で払い戻し金を計算した
なぜか親の顔まで浮かんだ 親孝行しろということか
この出来の悪い息子が親孝行?
ああいくらでもやってやる好きなもの買ってやる
電話が鳴った、兄だった
「お前のいうとおり最終レース一本で馬券買ったからな」
「8番とヤマトペリオン買ったよな!! 」必死だった
「8番?4番のほうが良かったから4番とヤマトペリオン買っ
たぞ」
「4番の馬は3着だよ。。。。」
「何、おかしいな、でも3着か、すごいな7番人気の馬が3着
やっぱり俺には馬見る目あるよな、そう思うか?」
無言で受話器を置くしかなかった
心優しい弟は帰宅した兄に「内炭さんも4番はそこそこいいと言
ってたよ」と伝えた。
内炭重夫さん、馬を見る楽しみを私に教えてくれた競馬人
同じ苗字のトラックマンの方を紙面でみたとき、ちゃんと後継者
がおられるんだと思ったらふと目頭が熱くなった。