ダービーの前にはもう世間はハイ セイコーで仕方がないというようなムード一色でした。今から思えばこれは一般週刊誌等マスコミが扇動したものでした。日本中央競馬会(現JRA)もハイセイコー人気で売上の大幅増につながっていました。日本ダービー当日、ハイセイコーはタケホープとイチフジイサミに直線なかばで並ぶ間もなく抜き去られて生涯初の敗北レースとなります。前走NHK杯は苦しみながらも粘りましたが、同様のペースで2400mは限界を超えていました。馬の能力を信頼して勝ちに行くレースをして負けたのだから増沢ジョッキーに悔いはなかったと今は確信して言えます。事実菊花賞ではスローペースで折り合うように調教されていました。それでも菊花賞では再び宿敵タケホープにハナの差で敗北します。私は今でも菊花賞ベスト3に入るレースと思っています。(ハイセイコーに勝ったタケホープが憎かった。)
そして5年後、大学の卒業旅行で北海道に行った際に種牡馬となったタケホープに偶然牧場で出会いました、いろんな馬がいましたが私達にすりよって来たのはただ1頭だけでした。それがタケホープだったのです。こんなに人懐っこい優しい賢い馬だったとは・・・。タケホープを憎んだ気持ちはすっかり消えて旧友に再会した気分になり楽しい北海道の旅となりました。
そして5年後、大学の卒業旅行で北海道に行った際に種牡馬となったタケホープに偶然牧場で出会いました、いろんな馬がいましたが私達にすりよって来たのはただ1頭だけでした。それがタケホープだったのです。こんなに人懐っこい優しい賢い馬だったとは・・・。タケホープを憎んだ気持ちはすっかり消えて旧友に再会した気分になり楽しい北海道の旅となりました。