先日、
「子どもの夢を応援する活動をしている」という方と話す機会がありました。

 

 

とても熱心で、行動もされていて、
その想い自体は素敵だなと思いました。

 

 

ただ、その流れでこんなふうに言われたんです。

 

 

「ころさんも子どもたちのために活動してるからわかると思うんですけど、
お金かかるじゃないですか?


だからグッズを作って売ってるんです。


子どもたちの夢のために買ってください!

 

 

……その瞬間、
「あ、ちょっと違うな」と思ってしまいました。


■ 私は「子どものため」にやっているわけじゃない

 

誤解されやすいのですが、
私の活動の動機は「子どものため」ではありません。

 

正直に言うと、自分のためです。

虐待の話や、自殺の話を聞くのがつらい。


見て見ぬふりができなくて、
でも向き合うのもしんどくて。

 

それでも逃げずにいられる考え方を伝えたかった。

だからやっています。

 

それが結果的に誰かの役に立つなら嬉しい。


でも最初から「世のため人のため」で動いているわけではありません。

 

 


■ 「所詮、他人の子どもですからね」と言われて

話の流れで、
「所詮、他人の子どもですからね」
と言われました。

 

たぶん悪気はなかったと思います。

 

でもその言葉を聞いて、
「ああ、伝わらないんだな」と感じました。

 

私は“社会貢献の人”ではなく、
壊れそうな心の構造を言葉にしたいだけなんです。

 


■ 支援は「交換条件」じゃないと思っている

さらに、
「このグッズ買ってくれたら、ころさんのクラファンも応援しますけどね」

 


とも言われました。

正直、かなりモヤっとしました。

 

 

私のクラファンは、
誰かの活動と引き換えに応援してもらうものではありません。

 

 

この本を必要としている人に、
まっすぐ届けたい。

 

それだけです。


■ 届けたい“場所”がある

この本は、
夢に向かって走っている人のための本ではありません。

 

講演のあと、
ぽつりと「死にたいな」と言ってくれた子。


夜中に一人で泣いていた人。

 

そういう場所に、
そっと置かれる言葉を書いています。

 

だから、
無理に応援していただかなくて大丈夫です。

 

 


■ それでも、応援してくれる方へ

残り日数は少なくなってきましたが、
誠実に、静かに、でも情熱を持って進んでいます。

「この本、必要だと思う」


そう感じてくださる方がいれば、
その気持ちだけで十分です。

 

 

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