昨日から夫は海外出張へ行ってしまったので、この一週間はシングルマザー状態な私。
仕事終わって夕飯作って子供とお風呂入って、子供たちを寝かせ、残った家事をやったあとは一人の時間。
てことで、HDに撮り溜めしてるドラマを一人で堪能します。
今日消化したのは”アライブ がん専門医のカルテ”。
テーマからして毎回のようにガンで亡くなった母のことを思い出し、多少の涙はするのですが、今日見た回はヤバかった。
それは、家族を亡くした人のグリーフケアのおはなし。
ガンになった家族を看取る。
亡くなった人の闘病生活はそこで終わる。
けれども家族が直面する壮絶な”悲しみとの闘い”はそこから始まる。
それは、、、
それは体験した者にしか決して分からない、深い、深い、どうしようもないどん底の”悲しみ”。
それを体験した私にとって、このドラマは本当にヤバイです。
木下ほうか(腫瘍内科の部長)がグリーフケアの講義をする場面。
たぶん、母を失う前の私なら「ふーん」と思って見ていたであろうシーンですが、今の私はどうしようもなく号泣してしまいました。
私は、母を亡くした後に何を一番したかったか。
それは、母について色々なことを話したかった。
母は私にとって、家族にとってどういう人だったか、どんな性格の人だったか、どんな思い出があるのか・・・
それを泣きながらでもいいからたくさんたくさん語りたかったんです。
それは今でもそうではありますが。
思い出すのが辛いから、悲しみが倍増するから、と心を殺して押し込めて自分を守ろうとするのはある意味本能かもしれません。
でも、私は間違いなく母の話を誰かと共有したかった。
母のことを知らない人でもいいから、とにかく私の話を聞いて欲しかった。
「そんなお母さんだったんだね」
「素敵なお母さんだね」
そう言ってもらいたかった。
それを見事に木下ほうかが言い当てていたのでドバーッと涙が溢れ出てしまいました。
たぶん、言えば聞いてくれる人はたくさんいたんだろうけど・・・
でも、自分からは言えなかった。
相手に聞かれて、それで話す、という形式がよかったんです。
でもみんな気を遣ってか母のことを敢えて聞いてこないんです。
そりゃあ聞きにくいですよね。
唯一、無邪気に聞いてくるのが私の娘(現在小1)です。
「ねぇ、ばーばってこのとき何て言ってたの?」
「お母さんが子供の時、ばーばってどんな感じだったの?」
母が亡くなったのは娘が4歳のときだったけど、結構覚えてくれているみたいで、私が母の話をするととっても興味をもって「へぇぇ〜〜!そうなんだ〜!」と聞いてくれる。
娘とのこの会話が私にとってのグリーフケアなのかもしれません。