これは、ちょっと重くて痛々しい話しになっちゃうかなぁ・・・^^;
でも、ホントの話しなので、
良かったら読んでくださいね^^

数年前、夫と共に私達の結婚生活を再建しようと夫の家を出たばかりの頃、
夫は今と同じようにスキー三昧で家を空けてたの。

当時、子供たちは幼稚園で、
二人を幼稚園に通わすってことは、
かなりの額のお金がかかってて、生活は大変だった。

夫の実家では、夫のお給料+母から5万貰ってて、
家賃もなかったから、お金の苦労は一切なかった。
でも・・・「幸せ」ではなかったの。
これだけはハッキリ言える。

傍から見れば「いい義母」
でも・・・私には、ちっとも「いい義母」ではなかった。
だから「いいお義母さんで幸せね~^^」なんて周りからはよく言われたけど、
私はそう思えなかったから、この時、

幸せの価値観は人それぞれ違うもの、
幸せを感じる基準は自分の中にある

そう思ったなぁ・・・。

それで私はお金のある不幸より、
お金がなくても幸せ感じることができる環境を作りたくて、
わずかな希望を持って夫と共に夫の実家を出た。

でも、夫は当時、2年付き合ってた彼女と別れたばかりで、
体は帰宅してたけど、気持ちはどこへやら状態。

そんな中で、頼りにしたのは実家だった。
初めてアパートを訪れた私の両親。
その時、両親に
「もし何かあった時は頼らせてね^^;」って言ったの。
もちろん、生活が軌道に乗るくらいまでは助けてくれるかな??
なんて思ってた私は甘かった☆
父は少し考えてから、
「コロンねぇ、頼るところが違うだろう?」って言葉が・・・!
正直、「えっ・・・!!(@@)」って感じだった。
頼りにしてた実家も頼れない・・・。
そう思ったとき、私は「一人」を実感した。
・・・って言うか、二人の子供を抱えて私は一人、
立つしかなかった。

でも、どんな風に立っていけばいいんだろう??
この状況で、私が働けるところってあるのかな・・・。
これから先・・・はぁ~・・・やっていけるだろうか・・・。

なんて状態の頃だった。
ココロのどこかで現実から逃げ出したい気持ちもあったと思う・・・。

前の晩のシチューを朝ごはんに温めなおしている時だった。
ふと、見上げたら換気扇のフードの汚れが気になったの。
キッチンペーパーを2枚くらい取り、
ちょっとの間、拭いてたの。

ふと、鍋は・・・と目線を下ろしたら、
火が胸のあたりにまで来てた。
そう、パジャマの上着の裾から火がうつり、
もう胸元まで火があがってきてたの。
一瞬、「えっ・・・?!」と思い、
手でパタパタと火を消そうと叩いてみた。
でも消えない・・・!!

パニックになって悲鳴をあげた。
でも助けてくれる人は誰もいない。

傍にいたまだ4歳の娘が、
私を見て不安げな顔をして、
「ママ・・・火・・・怖い・・・」
って泣き出しそう・・・!

とっさに冷静にならなきゃと自分に言い聞かせ、
「大丈夫よ」とひきつり笑いをしながら言いつつも、
「もしかして死ぬかも・・・?!」
そう思っていた。
そんな風に思いながらも、どうしたらいいか考えていた。
水・・・とにかく水だ・・・!!
そう思って、お風呂場へ走った。

シャワーを出し、パジャマを脱ぐとかよりも、
とにかく火に水をかけなくちゃ・・・!!と、
パジャマのままシャワーの水を浴びた。
瞬時に熱が消えていった。
「・・・助かる・・・」そう思った。

心配した顔の娘が洗面所まで来ていた。
「ごめんね。もう大丈夫だよ^^」
まだ水のシャワーを浴びるには早すぎる季節だったけど、
体がホッとしていくのを感じながら、
娘の気持ちをなだめることを必死にしていた。

火が消えたのを確認して、
パジャマを着替えなくちゃ・・・と思い、脱いだ。
パジャマの下には、当時流行っていたポップアッププリントって言うのかな・・・。
ビニールのような質感のイラストが貼り付けてあるようなTシャツが流行ってて、
たまたま、その日、運悪く?私も着てたの。

服を脱いだ瞬間から激痛が・・・!
右の乳輪、下半分と、
右のわき腹にやけどが・・・。
もう痛みで動けなくなってた。

病院まで何とか自分で・・・と思ったけど、
子供達もまだパジャマ。
私も痛みがひどくて自分で運転どころじゃなかった。
悩んだ末、義母に電話をして助けを求めた。
子供達をつれ、義母の運転する車で病院まで連れて行って貰った。

その日は日曜日。
救急外来で診てもらったものの、
順番待ちも多少はある。
その間、激痛と闘いながら必死に涙をこらえていた。

順番が来て、診察台に乗る。
でも先生は、そこでまたすぐには来て貰えない。
ようやく来て診てくれた先生は、私の様子と傷を見て、
「うわぁ~・・・痛いやねぇ~・・・待たせちゃってゴメンねぇ・・・」
と言いながら処置を施してくれた。
その間も痛みが止まらない。
でも子供の手前、泣かないように必死にこらえても、
自然に涙ってでちゃうんだよね~…あんまり痛いと・・・f^^;
そんな状況で、随分、先生に褒められた気がしたなぁ・・・^^;
でも、こんな状況でも自分の状態をちゃんと把握しておかなくちゃと思う自分もいて、
やけどの状態はどうなんですか?って聞いてた。
先生は1~3まであるけど、1程度だからねって言われたのを覚えてる。
痛いけど、じゃあ私は大丈夫。
そんな風に思ったのも覚えてる。

そして家まで義母に送ってもらい、
子供たちは預かってくれることに。

私は頭を下げながら、
夫がいてくれれば・・・って思ってた。
当時はまだ携帯もなかったから、
泊まってる宿にだけ、連絡をしておいた。
できるだけ早く帰ってきて欲しいと伝えて欲しいと伝言を添えて。

でも帰ってきたのは、いつもと変わらない時間。
その上、帰宅して痛みにまだ苦しんでる私に言った言葉は、

「おちおち留守もしていられねえじゃねえか」

言葉が出なかったなぁ・・・。

今も忘れることは出来なくて・・・^^;
しつこい?
でも・・・その時、また新たに私は一人だって思ったんだよねぇ・・・。
強くなるわけだよね~ハハ・・・^^;
あとあとになってわかったんだけど、
その時のスキーは、2番目の彼女も行ってたの。

傷は今はだいぶキレイになってきてるけど、やっぱり消えてはいない。
・・・なのに彼は2年も付き合ってくれてるのかと思うと嬉しいなぁ・・・とも思います^^
ココロの傷は・・・きっと消えないなぁ・・・。
割り切ることは出来ても、忘れることは出来ない。
そんな風に思ってます。

こんな夫と、頑張ってきた私。
ホントはこのときに出直すべきだったのかな??(笑)
でも、まだまだ頑張っていかなくちゃと思ってる私はバカかなぁ^^;

かなり重く長い記事になってしまいました^^;
でも、このあとに続く記事には必須だったので打ち込みました。

こんな人生もあるんだ、って軽く流してくださいね~^^