今日のランチは、私の今までの生き方の考え方を変えるランチになった。

正直、今日、彼女とランチするまで、私は長生きしたいと思ってなかった。
・・・と言うより、根底では早く天命のお迎えが来ることを望んでもいた。

一度は「生きる」ことを決意して戻ってきたものの、
それは子供達のために「生きる」でけであって、自分のためではなかった。

夫の気持ちは彼女にそっくり持っていかれて、
離婚には至らなかったけど、夫の中では私は余計な存在。重荷なだけ・・・。
だから、自然に消えていなくなることが、
夫にとっても子供達にとっても、一番、自然な形なんだろう。
なんて考えていた。

夫は私が長生きすることを望んでいない。
特に消されちゃうようなことはないけど、
望まれていないのに、重荷でしかいないのに、
離れるわけにいかない私は、それなりに辛い。

だから、天命を迎える日が早く来ることを自然に望んでいたの。

「生きる」って結構、大変でしょう?
生活していくこともそうだし、気持ちが孤独なのも辛い。

友達はいる。
けど、やっぱり主婦になってから友達になったからかもしれないけど、最小単位は夫婦。
みんな時折、夫婦喧嘩はしてるけど、うちのような冷めた関係ではない・・・。
そんな時は、とても淋しさや孤独感を感じてた。


子供ってね、自分の人生では一過性でしょう?
人生80年としても育児はほんの20年くらい。

この地球で育児が終わってからの余生が長いのは人間だけ。
なんでこんなに長く生きるのかな・・・
なんて思うことも度々あったの。

だから、今日、彼女にあってランチするまでは、
私、「生きる」ことに惰性が大半だった。