"あのひと"は誰かは曖昧、が前提の話しです。


20代になったキャンディは、次第にアルバートさんからの愛に気づき、2人は結ばれる。


その物語は漫画と【復刻版小説】の未完の続編にあたる。


次に【ファイナルストーリー】ですが、本編と心の続編で構成され、本の帯に書いてあるようにラブストーリーですよね。

そして、名木田先生の描く最後のキャンディの物語でもあります。


本編にある、17歳の頃のキャンディとアルバートさんとの文通では、養父・養女が【復刻版小説】

より増えて強調されてます。


どんな意図でわざわざ強調したのでしょう?

養父と養女の切ないラブストーリーを描くために強調したのでしょうか??


私は、先生が頭の中で描いているキャンディのラブストーリーの相手はアンソニーとテリィの二人だけで、アルバートさんは感謝してもしきれない"お父さま"のままだと思ってます。


それが投影されたものが、【復刻版小説】の"全面的なリライト"+心の続編=【ファイナルストーリー】であり、"漫画絵との決別"だと思ってます。


仮に、キャンディがアルバートさんからの愛に気づき、心の続編で二人で暮らしているとします。


その物語は最初に書いた通り、【復刻版小説】の続編となり、【ファイナルストーリー】心の続編とはならなくなってきます。


繰り返しになるけれど、やっぱり私には、先生の頭の中でも、小説【ファイナルストーリー】でも、キャンディのラブストーリーの相手はアンソニーとテリィの二人だけだと解釈しています。


つまり、心の続編に登場する"あのひと"はアンソニーかテリィの2択。


だけど、"あのひと"がアンソニーなら、続編の30代のキャンディはゴーストと暮らしてることになり、ファンタジー小説になってしまいますねっ。(@_@)


と言うことで、先生は、"あのひと"は誰かは曖昧にすると述べてはいますが、アンソニーはもうこの世にはいないから、答えは出てくる。


それに【ファイナル】本編でハッキリと……


"キャンディは祈った。

(どうか、どうか、間に合いますように……。

テリィに会えますように……。わたしは、まだ、あのひとにー)"


ただ、"あのひと"が誰なのかをきちんと描くには長い物語が必要となってくるんでしょう。