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ラクダのブログ

旅好きなラクダの話です。
気軽にコメントして下さい。

先週のこと、食い倒れツーリングに参加しました。


先ずは朝ラー。

場所は福島県白河市、かこい食堂です。






ワンタン麺を注文。
ワンタンは具無しですが、煮込まれて独特の味で旨かった。


ついでに豆腐飯も注文です。

次は卵かけご飯にしようかな?


郡山市に向かい、クリームボックスを購入。

この大きさで高いな。。。と思ったが、クリームが上品な甘さと舌触りで旨かった。



最後は、孤独のグルメで撮影された舞木ドライブインで昼食です。




注文は、特製焼肉定食の豚汁です。
分厚いロース肉は、脂肪の甘味も有り旨かった。。。爆笑爆笑爆笑

その後は、福島空港の側を通り、信号も無い楽しいコースを走り、栃木県に戻った最初の道の駅、東山道伊王野で休憩です。


久しぶりに大型バイク乗って300km以上走った。
楽しかったな。
次も参加できるなら参加しようっと。

じゃあ、ノシ

バイクカバーが風雨に晒されて二年以上経過してボロボロになりました。


ミラーからハンドルの付け根辺りが裂けました。




古いバイクカバーの生地は薄目でしたが、雨や紫外線からバイクを守ってくれました。



生地が古くなり、裂けたのか薄くなったところから直射日光が漏れています。


自分的に、そろそろバイクカバーを交換するタイミングだと判断しました。


新バイクカバーです。



新バイクカバーの裏面です。


当たり前ですが、新バイクカバーの裏面生地からもれる日光は均一です。


3Lのバイクカバーで、GSX-S100

0Fは余裕で包み込めました。


しかし、アフリカツインは4Lのバイクカバーでも小さかった。



フロントタイヤがカバーから、はみ出ました。。。残念。笑い泣き


後はカバーの縫い目に沿って、シリコンオイルをスプレーして雨漏り対策が完了です。


次のバイクカバーは、どれ位持つかな?


じゃあ、ノシ


 

 

 

 

気温が下がり、バイクの季節になりましたね。

久しぶりにGSX-S1000Fに乗り、那須にある戦争博物館へ訪問しました。


入館料は千円なり。

尚、自衛隊員は無料との事です。


岸田、石破、岩田の三人が失脚した記念という形かな。

だいたい総理大臣や外務大臣が自国の靖国神社参拝を断り、他国韓国の戦争記念館に行くとは言語道断だ。



駐車場は砂利ですが、バイクの重みで沈まなかったので倒れる心配無かった。


最初に二百三高地から、旅順港に隠れていたロシア艦隊を打ち下ろした榴弾砲がお出迎え。



若いお母さんと小学低学年の女の子が、この榴弾砲を写真に撮っていた自分に聞いてきた。

二百三高地から旅順港に隠れていたロシア艦隊を沈めた大砲ですと話したが、母親は二百三高地を知らないみたい。。。マジかよ。って映画は40年前くらいか。

ちょっと素人には難し過ぎた説明かな?
と思って、明治時代の日露戦争時に使用された昔の大砲だと簡単に話したが、日本とロシアが戦争した過去が有ること事態、相手の母親はわからない素振り。。。まあ、歴史が苦手だったのでしょう。

97式軽戦車?M3リー軽戦車にも見えるな。


順路通り陸軍館に入る。

軍旗を焼かずに残すのは無念だったろう。
部隊の解散時は軍旗を焼いて、金モールと灰を本土に持って帰るのが普通だ。
尚、靖国神社にはガダルカナルで解散した元連隊旗のモールと竿だけが奉納され、陳列されている。


個人の博物館で、本物の小銃や機関銃をよく集められたな。
小銃用5発クリップ×5個を使用する変わった送弾システムの機関銃ですな。


97式軽機関銃に見えるが、バナナマガジンが無いと分からないなぁ。


中国軍(中華民国)が使用したドイツ製重機関銃。
ヒットラーの電動ノコギリと言われたMG34やMG42じゃないのね。


ブローニングか?と思ったが説明書いて無かったので分からなかった。


こちらにも騎兵銃が飾ってあり、歩兵銃より騎兵銃の銃身が短いのが分かります。


オリジナルの小銃だと解る菊の紋章が残る銃身。



アメリカの銃コレクターによると、降伏時に日本兵は菊の紋章を削って消すので、菊の紋章入りのオリジナル歩兵銃は値打ち物だ、という話です。

この先のゾーンは、ソ連時代の銃が有った。
円盤型マガジンが特徴の軽機関銃。
ガンダムのザク型マシンガンの元になった銃とも呼ばれていますね。


木目が綺麗なモシン・ナガン小銃。
もしかしたら狙撃銃として使用された銃か?


その隣には、同志諸君!この機関銃は諸君らを援護する為にあるわけではない。
逃げる臆病者を撃つ為の機関銃だ。
生き残りたければ敵の前線を突破せよ!ウラー!!
と、よくゲンブン漫画に出てくるマキシマム重機関銃。


PPSHサブマシンガンはMP40シュマイザー・マシンピストローネと仲良く独ソ戦していた。


米軍関係は、カービン小銃。
イギリスはステンサブマシンガンくらいだった。
バー自動小銃は、値段が高いとアメリカの銃コレクターがyoutubeで話していたので入手出来なかったのかな。

戦争博物館は小銃や機関銃がメインだったが、他に戦前の家電製品のコーナーが有った。
自分の記憶では真空管は高級アンプくらいしか見たことが無かったな。

たまたまグーグルマップで見つけた博物館だったが、小火器なら大きな博物館に負けていないと思った。
ボロボロで型式解らないが、もしかして100式短機銃か?こちらは、トンプソン・サブマシンガンなのか?もう少し分けた方が見易いと思った。

前線で戦った兵士への感謝と鎮魂を戦争博物館から受け取れた。
ただ、戦争運営の大本営の連中が反省する必要がある。。。一般兵士は劣る兵器で必死に戦ったぞ!というメッセージを自分は受け取った気がした。


個人的に太平洋戦争開戦後の占領地の運営方法とか無計画だったのに、ハワイ泊地に軍艦が並んでいるからチャンス!!と開戦した事が甘い計画だったのでは、と思う。
太平洋戦争開戦当時の指導者たちは、石油を求めて東南アジア方面を占領した。
しかし、タンカーを昭和18年まで新規製造しなかった。

理由はアメリカ太平洋艦隊を壊滅、太平洋を広範囲で占領すれば、半年以内に和平交渉で戦前の日本領地まで日本軍は引く。
これで、戦前同様にアメリカから石油を売って貰う。
タンカーは売り主の船だから新造船は不要!
こんな考えで戦争を始めた。。。という説がある。

戦前の話だが、日本に対して航空機で10倍、車で100倍、石油で120倍の製造国のアメリカが売られた喧嘩を買わない訳が無い。
日本が無条件降伏するまでアメリカは攻撃するよ。
大和魂が有るならヤンキー魂が有る、と思わなかったのかね。

半年で和平交渉が無理と分かった時点で存在する海軍のタンカー使えば石油の輸入が可能だった。
しかし、海軍のタンカーは海軍の船へ給油専用なので、一般用や陸軍へ供給用に使用させない、と担当違うから知らない!
こんなお役所仕事をしていたら上手くいかないよね。

プランAのみ、プランB、Cという案も無しに全面戦争になったら、どこで戦争を止めるか線引きしてい無かった事も問題だと思う。

戦争を終わらせるのは開戦するより何倍も難しいのだから。
プーチン見れば解るでしょう。
引き際を見失っているね。

じゃあ、ノシ