もう、何年も前からWebの世界では、


『ロジックとデザインの分離』


が叫ばれてきた。

PHPならSmartyやXtemplateなど、
JavaではJSPなどで画面レイアウトをプログラムから切り離すことが当たり前になっている。


さて、では、デザイナとプログラマの役割分担はできるようになったのだろうか。


実際にはテンプレートファイルを編集するのは常にデザイナと言う開発手法はあまり見たことがない。

まず、ブログなどで動的なタグはだいぶ一般化したが、
プログラマと同じレベルでテンプレートを作成できるデザイナは多くない。

動的タグが含まれたファイルを見ただけで混乱するレベルのマークアップエンジニアもいるし、
そこまでいかず、動的タグが含まれたテンプレートを編集できる人であっても、
自力で動的タグを書いて、プログラマにテンプレートを触らせなくて済むデザイナはだいぶ少ない。

実際には、デザイナ(ディレクタ・マークアップエンジニア)が、
まず静的HTMLとしてデモ画面を作り、それをプログラマが動的タグに書き換えている、
実際のところはそれがやはり普通なのではなかろうか。


理由の一つは、動的タグと言うものがデザイナに普及しきっていないことがある。
もちろん、中には自分でタグを書けるレベルのデザイナもいるものの、
そのレベルの人はだいたいプログラマと見分けがつかないぐらいのスキルを持っている。
(つまり事実上技術者と言っていいタイプの技術に強いデザイナ)

もう一つは、デザイン、意匠という観点で見た目からサイトやシステムを考える、
デザイナさんの検討方法では、システム的な案件の仕様を考えるには十分ではないと言う面がある。

実際、デザイナさんの作ったデモ画面のまま、
最後まで開発が進んでいくことは殆どない。
どっかで、大幅に項目を増やしたり、画面遷移まで変わる場合がある。

プログラマやシステムエンジニアなら、画面の仕様はデータベースとリンクする。
実際には画面デザイン、プログラムの中のデータ構造、データベースに共通する、
データ捉えかたがあり、整合性を保つようにする。

これがデータベース設計の用語で言う概念データモデルである。
これを意識して画面設計ができるデザイナさんというのは極めて少ない。
(プログラマでも意識できない人がいるが・・・)


以上二つの理由から、実際のところ、「ロジックとデザインの分離」は、
ファイルとして分割されていても、担当者は分けられていない。

多くの場合、プログラマはデザイナの作ったデモ画面に、
ブツブツと文句を言いながら動的タグを書き込み、
データ構造上の矛盾を見つけては、レイアウトやフォーム項目を変更していく。

そして、その間にデザイナがデザインを変更したりしようとすると、
自分の作業が大きく影響を受け、時にそれまでのソースがごみになったりするので、
両者の関係は悪化の一途を辿る。


私の場合、自前のフレームワークはあえてこの常識化した、
「テンプレートはデザイナが書くべき」と言う流れに逆らった。

Smartyのユーザ定義関数などを用いて、動的タグを拡張し、
画面表示のための処理と言うものをほぼPHPで書かない形にした。
結果として、最初にデモ画面を受領した後は、
デザイナには一切テンプレートを触らせられない形となったが、
自分でテンプレートを書いて画面の動作を作っていく際には、
はるかに楽になったのである。


一方で、ユーザが見るのは画面である。
だから、デザイナが開発の中である程度デザインを変更できたほうが良い。
どうにかデザイナとプログラマの明確な分業が図れる仕組みを作れないか、
ずっと答えが出ていない問題だ。
齢三十二。社会ではまだまだひよっ子とも言えるし、
そろそろ『おっさん化嘆素』が放出され始める年齢かと思う。

二十代のころとはいろいろ変わってきた。


まず、言えることは、まだまだ自分に伸びしろはあるのかもしれないけれども、
限界もみえてきているということ。

二十代は努力しだいでなんでも自分を変えられると思っていた。

そしてそれはそれほど間違いではなかったと思う。
何でも変えられると思っていいほど、変われる部分もあったから。


これが三十に近づくにつれて、


『相変わらずの自分』


を再発見にするようになる。
年齢を重ねて変わってきた部分もあるけれども、
悪いところに限って変わってないことに気づいたりもする。


これが、もう、なかなか変えられない気がしてくる。



でも、自分で変えられないことでも、
環境しだいではその悪い部分を表面化させずに済ませることもできる。

そういう、自分の欠点を受け入れた上で、
それが問題にならないように工夫をしたり、
長所で補えるようにしていく、それが三十代なんじゃないかなと、
最近は考えるようになりました。
私は32歳。

今の業界の中ではぎりぎり若手に入ってしまうかもしれない。

特に札幌では。


若い人の仕事と言われていたIT技術者もこの十年で変わってきている。
35歳定年説などという言葉はあるが、
実際のところ現場の主力は三十代半ばか後半ではないだろうか。

理由は単純に業界の年齢構成だ。
1995年から数年の間、いわゆるITバブル期に大量採用された技術者たちが、
今の主力である。

ITバブル崩壊後、多くのIT企業は採用を控えた。


Webサービス関連などの業態自体が若い分野を除いて、
80年代生まれの技術者と言うのはその上の世代に比べて極端に少ない。

(東京の様子はわかりませんし、統計データにあたったわけではありません。
 あくまで現場での体験と知人たちの話を元に判断してですが。)


専門学校で講師をしてみれば、IT,SE系の学科は不人気。
関連分野で現在人気があるのは、ゲーム開発とデジタルデザイン関係。


私は2020年問題と言うのがあると思っています。
どうやら、IT技術者が現場で作業者としてやれるのは、
せいぜい40代までのようです。

もちろん、中には定年まで現役バリバリの方もおられるかもしれませんが、
どうしても、多くの場合集中力や技術を理解する力が低下していくようです。

その場合、IT業界は2020年の前後のあたりで、
急激にシステムの品質が落ちたり、人手不足になったりする可能性がある。


一時期ほど、企業が学生を採用しなくなったわけではありませんが、
2000年代の新卒採用があまりなかったゆえの年齢構成の偏りは残ったままです。
79年生まれの私はいろいろな会社を渡りあるいたりしましたが、
年下の技術者にはごくわずかしたあったことがありません。


この先、中途採用、特に既卒者、フリーターやニートと呼ばれる人たちの中から、
力のある人を見つけ出して、おくばせながらダイヤの原石を磨く作業の必要がでてきます。

それだけでなく、すでにもう遅いと言えばそうなんですが、
35歳定年説などといわれている原因を徹底的に究明し、
年齢が上がっていっても、現場で役割を果たせるスタイルを見つけていかなければなりません。


今、私は32歳。

ひょっとすると、体力や集中力などハードウェア的なスペックと、
経験や知識などのソフトウェア的なスペックとが、
最もバランスの取れた状態なのかもしれない。

しかし、体力や集中力は多かれ少なかれこの先低下していくはずで、
その分を積み重ねた経験や知識で補っていかねばならない。

それは資格の取得やセミナーに通って身に着ける知識ではなく、
現場で生の問題と向き合って得た経験を、
抽象化して汎用的な理論を構築し、さらに仕事の中で検証する、
そういう営みの繰り返しの中で得た経験則なのではないかと思います。

若者の力を補えるようなベテランエンジニア、シニアプログラマーになりたい。
企業経営や技術者教育とともに、やはり技術者としての仕事も続けて生きたいと思い、
その方法を模索していかねばならないと考えています。
今年の札幌はとても寒い。
未だにスーツでも上着が一枚必要。

日によってはストーブに火を入れたりもします。
もう五月も半ばだと言うのに・・・。

しかし、今年は首都圏だと特に猛暑だったりすると大変なことになりそうですね。
計画停電とか有りそうだし。

素人考えですが、今年の夏は首都圏からの疎開出張とかあるんじゃないかとか。
計画停電の影響をモロに受ける首都圏から、関西とか西日本、
もしくは東北は震災の影響で厳しいけれども北海道とか一時的に本社機能を移す。
そういう動きがあっておかしくないと思います。

そうなると、事務所代などが安くて、停電や地震の心配が少ない、
北海道、それも札幌か一番地震の影響の少ない旭川あたりに、
仮本社と言うか緊急避難的な事務所を一時的に構えることがあるんじゃないかと。

札幌だと駅前のメインストリートでも事務所物件にはたくさん空きがあります。
首都圏と比べれば驚異的な安さの物件も多い。

まとまった長期出張のための、住居、賃貸物件もたくさんあります。
通勤もおそらくは大阪とかよりもずっと楽。

もし、そういう需要が実際にあって、空き物件が埋まると、
出張だろうとなんだろうと、とりあえずはすすきのに繰り出してみたくなると言うのは、
東京から札幌に出てきた方々も多いことでしょう。

意外と今年の札幌は景気がよくなる可能性を秘めているのかなと。

IT系の会社なんかは結構そういう計画を立ててるんじゃないかとか思っています。
いわゆる大手メーカー系地方ソフトウェア子会社なんかで、
本社から出向組みがたくさん来たりとか。

不謹慎とか言われそうな気がするけど、そんな期待をしてしまう。


ありだと思うんですけどね。
どのみち、東京一極集中の危険性はだいぶ認知されてきたようなので、
地方子会社や営業所へ非常時に本社機能を移管する体制は作ることが増えるんじゃないかと。


あんまり私の仕事に直接繋がるわけじゃないように思いますが、
ふとそんなことを考えていました。
一年以上放置のこのブログ、それが意外なところで読者が現れてしまって、
なんだか再開しないといけないようが気がしてきましたので。


昨年、このブログを放置し始めたあたりから、専門学校などで非常勤講師を始めました。


昨年の後期は契約更新がなく、おやすみ状態だったのですが、
また今年の春から別の学校で非常勤講師を始めています。
今はデータベースの基礎を担当しています。


が、それとは別にちょっとした講演会みたいなものを、
やはり専門学校の方からご依頼いただきまして、
ちょっと今日は、風邪でゲホゲホやりながらも気力でプレゼン。

その帰り際、参加者のお一人から、

『ブログを読ませてもらいました。面白かったです。更新してくださいね』

と言われちゃいまして・・・
どうせ数人しか読んでくれてないしとか思ってたんですが、
こう言うことがあると書かないといけない気になってきます。



Mixiの日記は結構続けているんですけど、
ブログの方はどうしても、かしこまってしまうというか、
内容を吟味しないと書けない気がして、筆が進まないんですよね。

でも、情報発信は重要ってことで、ちょっと頑張ってみます。