昼ごはんを食べに行ったお店で読んだ新聞にちょっと気になる記事があった。
テレワークやSOHOに関する啓発の記事だ。


私が関係しているプロジェクトの問題意識と基本的には同じ目線の記事だがちょっとだけ違和感があった。


非雇用モデルのSOHOが労働基準法、家内労働法双方の適用範囲から外れていることで、職業生活の選択肢としてリスクが高くなっていると言うものだ。

総務省もテレワークの推進と言うことで様々な形で、この問題に取り組んでいる姿勢は見える。


確かに、私も労働基準法にも家内労働法にも保護されていない。不便や不安を感じることは確かにあるのだが、一方で、「雇用されない生き方」を選択していると言う自覚があり、少なくとも労働基準法の適用範囲に含められることには抵抗がある。


果たしてSOHOと言うのは、「在宅の労働者」なのだろうか?


自分としては、小なりと言えども経営者、少なくとも自営業者として意識している。


だから、SOHOが労働基準法や家内労働法の保護の下にないことを問題とするならば、自営業者全般にそうした保護や保障のないことを問題にしなければならないと思う。居酒屋のマスターも、スナックのママも、流しのとび職のおじさんも、トラックの運転手さんにだって、自営業者が居るわけで、そうした働き方に対して、何の保護もないということが問題になるのではないだろうか?



私は最近、自分の仕事について「在宅」と言う言葉を使うことを辞めている。自宅で仕事をしているのだから、「在宅」なのだが、「在宅」と言う言葉を使った場合、雇用モデルのテレワークを想起しがちな気がするからだ。


実際には、「SOHO」と言った場合にも雇用モデルで実施されていることはある。


だから、気持ち的には私は「SOHO」と言う言葉もあまり使いたくなくて、「フリーランス」か「個人でWebシステム開発を手がけております。」と言う言葉で自分の職業を説明している。

本当は「フリーランス」と言った場合には、私のような職業の場合、個人として企業と業務委託契約を結び、客先に常駐して、従業員と同じように作業に従事するタイプの事業主をさすことも多く、やはり、あまりしっくりくる言葉ではないのだが、他にぴったり来るような言い方が思いつかないので、妥協的に「フリーランスのプログラマ」とか「フリーランスエンジニア」と言う言葉を使っている。


「フリーランス」については、一つ思い出したことがある。

私が現場作業をやめて今の形に変え始めたころ、急にフリーランスが現場に入りにくくなったことがあった。


大手が下請けに対して、フリーランスに足して第3者委託をすることを受け入れないと言う通達をしたことから、そういう事態になったとのこと。

このような動きになった理由には二つあると思う。


1.ISO90001やISMSなどの認定に関心が高まり、やり取りが煩雑になりがちな、個人との業務請負契約を避けるようになった
2.多重派遣や偽装請負の問題がクローズアップされたため、業務委託の契約のあり方を見直すため

1についてはわからなくもない。これはフリーランス側の対応にも問題があったから、致し方ない気もする。しかし、2番については疑問符が付くのだ。


フリーランスは個人事業主である。誰にも「雇用」されていない。常駐での業務委託先の下請け会社がフリーランスにさらに業務委託した場合は多重派遣とはならない。そもそもが派遣の契約にはならず、もともとの委託元の会社が第3者委託をさせない契約条件にしていなければ、この形自体には問題がないはずである。


うがった見方ではあるが、大手企業は多重派遣や偽装請負の問題について、過剰反応してしまったのではないか思っている。一方で、実際にはやたらと商流の深い案件や多重派遣、偽装請負と言った形は未だに解消されていない部分も多いのだが。



話がだいぶそれたが、「個人で事業を起こす」と言うのは、実は経済的に「しぶとい」社会を作るためには奨励すべきことではないかと私は考えている。大手企業が寡占状態でいる産業では、その大手が「大ポカ」をやってしまって破綻すると、一気に業界ごと沈没したり、経済に大きな打撃を与えてしまったりすることがあり、「代わりもいない」ので、結局国が税金を使って尻拭いをするということになり勝ちだ。

個人事業や中小零細企業が増加し、力を持つことで、「いつでも大手に取って代われる」2軍選手が用意され、そうした事態に対しても、社会として対応できるようになるのではないかと思うからだ。

資本主義経済を「弱肉強食」「自然淘汰」のメタファーで語るのならば、社会の進化には「多様性」が不可欠のものとなる。大手企業しか手を出せない産業と言うのは、多様性がなく、したがって環境の変化によって、その大手が淘汰されると、何も残らないと言うことになる。


雇用モデルのSOHOでは、事業の主体になるのは結局企業であって、SOHOで働く人は「在宅の従業員」でしかない。雇い主が倒れれば、共倒れせざるを得ない存在である。


これからの社会で必要なSOHO、テレワーカとは、個人事業主や一人社長であって、推進するためには、個人事業主全般に対する一定の社会保障が必要なのではないかと思うのだ。




あんまりうまくまとまりませんでした。書き捨て御免!