7年前の2016年5月の早朝,鎌倉踏切で撮り鉄をしました。
JR北海道とか台湾に慣れてから首都圏で撮るとさすがですね。
貨物列車がJR北海道の通勤通学の時間の電車のように波状運行しているばかりか
ファッションショーのランウェイのように機関車が次から次へと☆彡
ここは二回目だったので現場にあわせて一眼レフを2台
大砲の超望遠レンズももっていき
状況もわかっていたので一回目より自分としてはちゃんと撮れました。
ちゃんと撮れたといっても
鉄道と野鳥に関しての私が一番大切だとおもうのは
自分でその光景をみて記憶することです。
このころと比べて今は鉄道はメインは動画で録っていて
動いているものの美しい流れに感動するようになり
“動く写真“というレベルですが動画録影を1年くらいやってみました。
そのなかでだんだん
できればちゃんと録れたり撮れて他の人ともシェアできれば最高ですが
その光景を眺めることそのものをとても大切におもうようになりました。
動画の録画はスマフォか固定してカメラ任せにするため
実際の光景をファインダーをのぞかないでそのままながめることができます。
写真は逆に一瞬を停めてずっと眺めることができます。
そして動画の好さと矛盾しますが
写真の場合は目には見えないものを表現できます。
一瞬だったり心象的にであったり。
一番ピークの瞬間やバランスの好いところをより良い画質で残せるのも写真です。
どちらもそれぞれすばらしく,
これからもずっと動画だけにしていくというまでにはなりません。
それぞれの好さをいかしたいです。
撮影者として巧く撮れたとか下手とかはどっちでもよくおもいます。
鉄道や野鳥の動画や写真も好い光景が録れるならそれは
自分以外の誰かが設計し製造/創造し維持してくれる被写体がすばらしいから。
そして,カメラ系の科学技術の進歩のおかげで撮れるものです。
録る人も撮る人も役割も果たさないと作品は完成しませんが
その役割はどちらかといえば
めちゃめちゃ失敗してやっと目立つ送りバントみたいなものですよね。
職業でしているプロから見ればアウトレット写真となる要素があっても
純粋に鉄道や野鳥が好きな人にとっては大きな問題ではないとおもいます。
写真の技術やセンスや伝統をこだわるのも悪くはないですが
私にとって大切なのは写真や動画の
そこに実際に展開されている被写体が好きなこと
だれとでも楽しめる鉄道光景/自然の光景そのもの
その写真や動画から鉄道や自然そのものの話を楽しくできることかな~
とおもいます。
さすが東海道本線って
企業案件っぽい貨物列車もあるし牽引機もそれぞれ違って
最強に日本を代表する路線だな~と想いました。