下町の面影を残すアウ地区 | ミュンヘン・ カフカ通り徒然日記

下町の面影を残すアウ地区

日曜日、マリアヒルフ広場から戻ってから

「ミュンヘンの用水路史」なる本が家にあったなぁと

思い出し、ひもといてみました。




用水路という観点からミュンヘンの歴史にアプローチ



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その昔、ミュンヘン市内に縦横して流れていたという用水路。


人々は急流で増水することが多かったイザール川から

少し距離をおいたところに住み着き

必要に応じて用水路を引き込んだというわけだ。


それは古くは町を守るお堀であり

洗濯、水浴、馬の洗い場として活用され

水車を使うさまざまな手工業にまで至る。

市民にとって切っても切れない存在であったのです。


やがて新しいエネルギー源に取って代わられ

町が増大すると住宅を建てるために

また、地下鉄や道路を設備するために

これらの水路はフタを被せられ、又は潰されていった・・・。


今では一部人目につかず地下をひっそりと流れ

市民の憩いの場、英国庭園の小川に水を提供しているのみだ。


それでも

旧市街の外に出ると

そんな地下水路がところどころで顔を覗かし

昔を彷彿とさせる風景を作り出しています。

先日歩いたアウ地区ミュールバッハ(粉挽き川)もそんな水路一つ。

アウアー・ミュールバッハ保存運動も存在するくらい

近年は歴史文化財保存に関心が集まっている。



元々はイザール川の支流だったミュールバッハ


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そもそもアウ(Au)とは川岸で氾濫にあいやすい土地のこと。

昔は城壁からだいぶ離れた独立した町で

さまざまな工場やら労働者の住宅やらが立ち並んでいたという。

どんどん膨張するミュンヘンの外れの新興地区だったのでしょう。



     

19世紀にはまだこんな風景がミュンヘン中あちこちに      アウアー・ミュールバッハの今日

     

マリアヒルフ広場裏手の緑地帯と住宅の間を流れる       ここが川岸低地から台地への境目


スロープを登りきってマリアヒルフ教会を眺める


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そういえば

中心街・王宮と隣り合わせの州政府舎のあたりは

改装された建物が数多く並んでるのですが

その間を小川がサラサラと流れるようにもなりましたね。

(その近くに日本領事館もあります)


また、イザール川を元来の姿に戻そうという事業も進み

(Renaturierung=再自然化)

まっすぐで味気ない川から、蛇行する自然のままの表情を

取り戻しつつあります。

あ、でも増水したらアウ地区は危険にさらされるのかしら・・・?

いや、そのへんはちゃんと上手に工夫しているはず。


ひらめき電球 ひらめき電球 ひらめき電球


もしミュンヘンが今のような都市にならなかったら

水路のあるロマンチックな中世の町として

観光名所になってたかも・・・ですね。