ヴァルスの古戦場にて ~青と緑の北ドイツ紀行~ | ミュンヘン・ カフカ通り徒然日記

ヴァルスの古戦場にて ~青と緑の北ドイツ紀行~

昔々・・・時は皇帝アウグストゥスの時代

ガリアからライン川に入り

さらに勢力を北東に伸ばそうとしていた古代ローマ。

西暦9年、ローマ軍がゲルマン人の急襲を受けて惨敗し

ついに野望を成し遂げることはなかった・・・という

古戦場として名を馳せるトイトブルクの森  霧


     

トイトブルクの森の最北端Kalkriese                この道しるべのお陰


昨夜宿をとったブレーメンから100キロちょっと南下して

トイトブルクの森の北の入り口オスナブリュックまで走る。

北ドイツに行くなら伝説のかの地に・・と思ってたくせにガイドブックも持たず

準備不行届きで、どこがどこだかわからない状態。

運良くアウトバーン上に”Varus-Schlacht”(ヴァルス古戦場)の名所標識を発見して

たどりつくことができましたKalkriese博物館 旗


歴史家タキトゥスの記録に残されたヴァルスの戦い でしたが

Kalkrieseで本格的に発掘が始まったのは約20年前のこと。

広大な森の中のその発掘現場に博物館と公園がオープンになったのは2001年だ。

マルチメディアと発掘品の数々をたどりながら

当時の古代ローマ帝国とゲルマン人の関係や”野蛮民族”の生活から始まって

戦いの経過背景までの臨場感に溢れる館内。


戦力ではローマ軍に太刀打ちできないゲルマン軍にとって奇襲戦しかなかった


ゲルマニア総督ヴァルス率いる3軍団約2万人の兵が

ゲルマン・ケルスカー族長アルミニウスの罠にまんまとはまり

山と湿地帯の間の暗い細い道を行進せざるを得なくなる。

茂みに隠れて時期を待ったゲルマン軍は

藪とぬかるみに足を取られ悪戦苦闘するローマ軍に襲い掛かる。

3日間の戦いの果てにローマ兵士の死体があたりに散在した。

そこは何年もの間呪われた地として訪れる者もなかったといいます。


中世には森が切り開かれ耕地となり

今ではその面影すらない牧歌的な風景だ。

博物館の展望台から見下ろすと、発掘現場がよく見える。

博物館の一部として散策できるその部分には

ローマ軍が辿った道や再現された湿地、森の中の迷路のような小道が敷かれている。


       
今では牧歌的な風景だが・・・                       こんな森の中にゲルマンの兵たちが潜んでたのかな



3軍団全滅の悲報をうけたアウグストゥスが叫ぶ:


Quintili Vare, legiones redde! (ヴァルスよ、我が軍団を返してくれ!)


このせりふは歴史好きのドイツ人なら暗唱できるというくらい有名らしい。               
私は無残な死をむかえたローマ軍を思って:


夏草や 兵どもが 夢の跡・・・ってところかな。


ケルスカー族長の息子アルミニウスは幼くしてローマ軍の人質になり

ローマの軍人として教育され、ゲルマン遠征軍に参加していた。

ヴァルスの戦いで逆謀反したわけですね。

ゲルマン人の勝利は伝説に、アルミニウスは民族の英雄として

後世に(時には悪用されつつ)語り継がれることになる。

ちなみに、ラテン語名アルミニウス(Arminius)はゲルマン語でヘルマン(Hermann)。

トイトブルクの森には民族意識が強まった19世紀に建てられた

ヘルマンの像(Hermanns Denkmal)ってのもあります。


来年でちょうど2000年目になる古戦場でロマンに浸ったところで今回の旅も終わり。

この日はそのままカッセルまで走り

翌日ミュンヘンに午後のお茶の時間には帰ってきました、とさ。

ドイツ国内をゆっくり回ったのは初めてだった私ですが

まだまだ見るべきところはいっぱいだなぁこの国、と見直した次第。


       
 旅の収穫品の数々                             干潟の日没は印象的だった