今から20年と少し前のこと。

当時わたしは川崎に住んでいて

近所にペット可のマンションが建ち始めた。


そのうちのひとつのマンションに引っ越すことを決めたとき

犬を飼おうと同時に決めた。



物心ついたときからわたしは生き物が大好きなのだけど


結婚してからは犬を飼える状況ではなくて


自分の望みをずっと我慢していたのだと飼うことに決めてから気が付いた。





マンションが建ち上がるのを待ちながら


どの犬種にするか

なんて名前をつけるか


そのことで頭がいっぱいになった。


犬種はわたしはアレルギーもあるし

狭いマンションで飼うことを考えて

抜け毛の少ないらしいトイプードルが第一候補になった。



ちょうどトイプードルのテディベアカットが流行り出した頃で

本屋さんのペットコーナーに並んでいたトリミングスタイルの雑誌に目が釘づけになった。


これ犬⁈


それがテディベアカットのトイプードルだった。

小さなぬいぐるみのような犬のあまりの可愛さに心を奪われてしまった。


こんな可愛い生き物と暮らせるのか


夢のようだと天を仰ぐわたし。






可愛い可愛いわたしのプードル。


色はアプリコットがいいなぁ。





なんて名前で呼ぼうかな
と一日中考えていた。

自分が決めた名前を呼んだら
ころころした小さな毛むくじゃらが
一心不乱に自分の元へ走って来るのだ。
想像しただけでニヤニヤが止まらない。



ふわふわした愛らしいルックスにふさわしい

可愛い名前をつけてあげたいと思った。


飼う犬も見つかっていないのに

寝ても覚めても犬の名前を考える。
好きな映画や小説の主人公の名前。
和風の名前や洋風の名前。

オスの名前。
メスの名前。

カタカナ、ひらがな、漢字。

毎日頭の中は、ロン、キャラメル、クリーム
ジョージにマルセル、厨子王、インディ
あらゆる名前であふれかえった。
手あたり次第に、好みの名前を紙に思いつくままに書きまくった。

マーティ、マイケル、アンジュ、王子

厨子王と王子は娘たちが猛反対だったな。。。

手当たり次第に考えていたのは確かだが
ただひとつだけ条件があった。

それは、長生きしそうな名前、ということである。

子犬を迎える5年ほど前に、私は年子の妹を病気で喪っていて

二本足よりずっと短い犬の命だけれど
平均寿命は必ず生きて、大往生で逝ってもらいたいと
切に願っていたからだ。


36歳で亡くなった妹よりも、犬には犬の年で
確実に長生きしてもらいたかった。


だから映画や小説の短命な主人公の名前は
どんなに好きな作品の人物でも候補からはずした。


長生きしそうな名前で
最初に考えついた名前が、ノアだった。



ノアの方舟のノア。



聖書の中で、ノアは家族に愛されて幸福に暮らしとても長生きしたらしい。


響きも気に入ったし、字もカタカナもローマ字で書いた感じもいいなと思った。




ノアの他にも


オスの名前、メスの名前、いくつか候補をしぼりあげ


あとは子犬に会ってから顔を見から決めることにした。





年末にマンションに引っ越して片付けも終わり

年明けには生活も落ち着いた。


そうなるとお次は犬だ。




どこから、犬を迎えるかと思案したところ


ネットで知った渋谷のヘンミケンネルならプードル専門らしいので良いのではと思い


電話をかけてみると

ちょうどアプリコットのトイプードルがいる言う。


その日のうちに

家族で仔犬を見に行った渋谷のプードル屋で

オスの金色の子犬に会った。


お店の人にケージから出してもらい床に下ろされると

その犬は真っ直ぐわたしに向かって歩いてきた。


優雅なプードルウォークで。




ノアだ!



と名前は決まった。
ノア以外の選択肢はなかった。

きっと、子犬が自分の名前は決めてこの世に生まれてきて

ボクの名前はノアだよ

と言葉にならない思いを私に送ったのだろう。


そんな気がしてならない。




ノアは、頑固で気が強く気難しい犬で大変だったけどわたしだけを一筋に愛してくれた。


小さなぬいぐるみのような犬と暮らす予定だったのに

ノアはスクスクどころかガンガン大きくなって


芝犬になるんじゃ⁈


と途中怯えるほど。


スリムだけど5.2キロのデカプーになった。


大きいからか身体はとても丈夫で


私の願い通り


健康で長生きをして16歳半まで生きてくれた。





妹の亡くなった年齢


犬の36歳なんて、ほんの数年で過ぎていった。


それでも、妹の年よりも長生きできたとき


私の胸の中の片隅にもやもやとあった
黒い雲が、すうっと霧が晴れるように消えていった。





今はもう、ノアの姿はこの世にはなく名前を呼んでも吠えることもない。


だけど、名前を呼ぶと、廊下の横からヒョイと顔を出して、

テチテチテチと爪音を立てて

こちらに歩いて来そうな気がしてならない。


そして、叶わないと分かっていても

そうなって欲しくて声を出して呼んでみるのだ。


ノア

ノンノン

ノンちゃん

ノンチ


こっちに、おいで。

大好きだよ。