今日は行くと約束していて、チケットを取り置きまでしてもらった先輩のLIVEに、寝過ごしてしまっていけなかったです。大変申し訳なかったです。この場を借りて謝罪します。最近謝ってばかりです。。しっかりせぇやって感じですよね。
まぁ今日は仕方ないので、昔から大好きで何度も見ている『HOOK』っていう映画を見ました。この物語は言わずと知れた巨匠、スティーブン・スピルバーグの作品で、ピーター・パンが大人になった後の話なのですが、相変わらず素晴らしい作品だと思いました。
この映画を初めて見たのは、俺がまだ京都の小学校に通ってたときですね。夏休みのど真ん中に何故か登校日があってですね、ふてくされつつも行ってみたら、この映画の上映会だったんですね。正直人は全部で30人もいなかったんですけど、夢中になって見てました。ネバーランドでわくわくするような冒険、大嫌いな大人と決闘。いやぁ、懐かしい。
やっぱ今になってこういう映画を見てみると、当然ながら昔とは違った感情が芽生えてきますよね。初めて見たときは確か、俺もこんな冒険がしてみたいとか、こんな世界に行ってみたいとか、純粋に楽しみたいとかわくわくする気持ちが大部分だったと思いますね。
で、歳を重ねるにつれて、幸せとはどういうものかっていうことを考えさせられていきました。
で、今日の俺が思ったこと。俺の幸せは享受されるものではないということですか。この物語に描かれている主人公、大人のピーター・パンの幸せ、それは確かにネバーランドで見つけたモノではありました。でも彼は現実の世界に帰っていきます。彼の幸せは、彼の世界にしか存在しえないからだと思います。
逃げたくなることはあります。正直、ホントに悲しいときは何をしても虚しいし、何も考えたくありません。でも俺にとって、それこそ、この世界で生きて、この世界で幸せを求めているからこそだと思います。
この世界から逃げたいと思うのは、この世界で生きたいと思っているからなのではないでしょうか。
心が自分に甘えている時、俺はしばしばここではないところへ行きたいと思います。旅行に行ったり、友達と遊んだりすると、確かに幸せだし、気が晴れる思いがします。素晴らしいことだと思います。
でも、俺は結局のところ、気が狂うほど自分と向き合って導いたモノより、揺るぎのないものはないと思います。神をも欺くことができたとしても、最後に自分を欺く事なんてできないことです。自分を欺き続けたところで、最後にあるのは自分を見失うことくらいだと思います。夢の国へ行こうが、素敵な妖精と戯れようが、他の価値観にすがりきったところで、自分の答えは見つからないと思います。これって前の曲のコピーの話と似てますね。
この『HOOK』を初めて思ったことは、子供の幸せとは。次に見たときは、大人の幸せとは。という題を与えられた僕。でも今は、大人や子供など、中途半端にカテゴライズされた意味での幸せでなく、自分の幸せとはということを考えるべきではないのかなと教えられているような気がします。
大人だって子供だって、結局いつになっても未完成な訳ですし。