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*お話の全てはフィクションです。

 

 

(1)「風が吹く」後編

 

 

 side 櫻井翔

 

 

窓の外、桜の花びらが舞い散っている。

 

その窓の中、たくさんの警察関係者が動いている。

 

「櫻井、ちょっと頼みがあるんだけど」

 

「はい」

 

先輩らしい男に呼ばれた櫻井翔というまだ若い刑事。

 

刑事というよりは、俳優のように垢抜けていて、その容姿と誠実な性格で人気があった。

 

「お前の以前いた……派出所の松本潤って、まだ連絡とることある?」

 

「はい、よく会いますけど」

 

「ほら、彼……有名だろ? 手伝ってもらえないか聞いてくれない? 彼の派出所から遠くない現場を見てもらいたいんだ」

 

「……ああ、なるほど。わかりました。すぐ電話します」

 

たまに、こういう頼み事があった。

松本潤というのは、同じ派出所で勤務していた友人の警官だ。

出世に興味のない彼は、昇進試験を受ける事もなく、派出所での仕事が好きなようだった。

 

「普通の人に、ゆっくり向きあえるからね」

 

いつもそう言っていた。

櫻井はずっとそれだけでは、無いと思っている。

 

松本には、キチンと聞いたことがなかったけれど、霊感があるようだった。

 

誰がその事を松本に聞いても、笑って『無いよ』と言うけれど、彼が時々見せる不思議な数々の『偶然』は、信者を少しずつ増やしている。

彼は、そんなに交友関係は広くないし、上司のいうことを聞かないのでも有名だったから、一番親しい自分を通して紹介させられることも多かった。

 

けれど、松本に会う理由ができるのは、嬉しい。

彼とは、いつもとても気が合うし、一緒にいるだけで癒される。

 

「電話、出るかな〜。まだ忙しい時間かなあ」

 

ポケットから、スマホを出すと、松本の番号を呼び出した。

 

 

 

――――――

 

 

 

大きな湖のそばにある、カフェレストラン。

 

長めの黒髪に、しっかりした体格の長身の男は、この店のオーナーだ。

店の全てを、一人で切り盛りしている。

毎日、ランチの時間と夜の営業時間の間に、自転車で近くの総合病院に通う。

 

「お、今日も病院? 偉いね? ご苦労さん」

 

「はい、毎日行かないとね、心配なんで」

 

彼が笑うと、子供っぽくて人を惹きつける。

彼が目当てで、店に通う客も多い。

左腕のブレスレットが、あやしく光った。

 

「弟さん、早く退院できるといいね」

 

「はい、なかなか……」

 

病気の弟のために、病院の側の物件を選んで、店を始めた。

家族は弟と二人きり。

 

両親ともう一人いた兄は、亡くなってしまった。

 

お互いだけが、生きている理由で、幸せでもあった。

 

彼が通る湖の見える道を、大きな風が吹き抜けていった。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

side 中丸雄一

 

 

「雄一さん」

 

「なんですか、お母さん」

 

小春日和の朝は、気持ちが良かった。

母親と、今日は亡くなった父親の墓参りだ。

墓には、線香と花と日本酒の瓶を供えた。

中丸雄一という男性は、背が高いが猫背で俯きがちな癖がある。

 

「お父さん、いつも貴方の事ばかり気にかけてたから、喜んでくれてるでしょうね」

 

遠くで鳥の声がして、生きていた頃の父の声が、思い出された。

 

『雄一 ……申し訳ないが、お母さんを頼むよ。そして、お母さんがこの世を去ったら、自由になって』

 

 

 

 

「いいえ、自由なんて。贅沢です、僕には」

 

そっと、父に手を合わせて、雄一と呼ばれた男が呟く。

 

墓石には、父親と息子の名前が刻まれている。

 

息子の名前は、『中丸雄一』だった。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

side 相葉雅紀

 

 

桜を眺める少年がいる。

 

頭の小さな手足の長い、綺麗な少年だ。

 

その少年に、同級生らしい少年が話しかける。

 

「雅紀、どうした?」

 

「うん、なんか声が聴こえたんだ」

 

「どんな?」

 

「わかんないけど……この桜から」

 

「へ? おまえ、受験で勉強しすぎじゃね?」

 

「そうかな。子供ん時から、たまにあるんだけど……」

 

桜が、言葉じゃない言葉をかけてくる。

 

 

『もうすぐだよ』

 

『もうすぐ、あの人に会えるよ』

 

そう言っていたが、その意味は少年には、まだ分からなかった。

 

 

 

「……誰に会えるの?」

 

大きな風が吹いて、その声はかき消された。

 

花びらが、たくさん舞い上がり、遠くに飛んでいく。

 

何か、懐かしくて悲しい気持ちになった。

 

 

 

 

――――――

 

 

風が吹く。

 

突然大きな風が吹いて、物語は始まる。

 

誰も気が付かないうちに。

 

神さまが、そっと……ため息を吐くように。

 

 

 

 

 

(1) 風が吹いた。<end>