*嵐妄想小説

*吸血鬼幻想

*お話の全てはフィクションです。

 

 

(7)

 

冷たい空気に身を震わせて、彼は目が覚めると、地下の診察台にいた。

 

「智久……目が覚めた?」

 

「瑠衣……姉さん……」

 

体が……どう言えば良いのか。

 

自分の体なのに、違和感があった。

 

知らない感覚に、体が軋むようにしか動かない。

 

「どう?」

 

瑠衣の声と姿に、ゾッとした。

 

智久が、気を失うまえの彼女とは、別人のように弱りきった姿だった。

 

必死で起きあがる。

 

「どうしたの? 具合悪いんでしょう? 早く……寝室に……」

 

そこまで言って、部屋には、もう一人いる事に気が付いた。

 

「姉さん……? あれは……?」

 

「あれが吸血鬼よ」

 

太く重そうな鎖に繋がれて、脇腹には杭まで打たれて出血したまま、壁に貼り付けのようになった男がいた。

 

「まさか……彼を殺す気?」

 

智久は、ぎこちない動きで吸血鬼であるナルセ(大野智)のそばに行く。

 

彼は目を瞑ったまま、まるで動かない。

 

そっと、首に手を当てて脈があるのに……その冷たさに驚く。

 

「冷たい……」

 

肌や見た目も人間だ。

 

それなのに、肌に触って感じる異常な感じは、初めての感覚だった。

 

「智久……彼の血で薬を作ったの」

 

「え?」

 

瑠衣は、弱りきった体で立ち上がると、智久をまっすぐ見つめる。

 

その目付きこそ、吸血鬼のようだ。

 

「あなたに使ったわ。体が、変わった事は分かる?」

 

「変わった……?」

 

自分の体を見ても、何も感じない。

 

「分かるかしら? 変わらなくなったのよ? 永遠に貴方は」

 

「どういう意味?」

 

 

 

その時だった。

 

 

 

轟音が響き、地鳴りの音と共に建物が崩れそうに揺れた。

 

「瑠衣!」

 

目の前にいた瑠衣へ手を伸ばすが、崩れてきた天井に阻まれて手が届かない。

 

「瑠衣! こっちへ!」

 

 

瑠衣は逃げようともせず、揺れる中で床に座ったまま微笑んだ。

 

 

「智久! 絶対に死なないで! 貴方と私は、永遠だから!」

 

「瑠衣!」

 

 

建物は崩れ落ちてくる。

 

ここからは、智久には記憶がない。

 

美しい姉が、この世界と共に壊れていくのを見たのが……最後だった。

 

 

 

 

いつも優しかった。

 

彼女に教えてもらった物や与えてくれた物は、数え切れない。

 

彼女だけが、智久の人生の全て。

 

 

 

「智久! 生きて! 私の分も!」

 

「ダメだっ! 瑠衣!」

 

彼女の声だけが、最後の記憶の全てになった。

 

 

 

この揺れこそ、後の世で言う関東大震災の地震だった。

 

1923年9月1日 11:58 発生。 

 

地震は、火災を引き起こす。

 

慌てて飛び出した人々は、自分の身の安全を確認すると、皆一斉に家財道具や貴重品を持ち出すのに、必死になった。

 

未曾有の震災がこれから起こす事よりも、家財に気を取られた人々は、自身に火が着くことなど想像出来なかった。

 

火災を消すことも忘れて運んだものは、人諸共、炎に飲み込まれていく。

 

 

 

その火災は、夜までに瑠衣の屋敷を燃やして、全ての薬と記録は消えてしまった。

 

この一族の歴史も、天才と謳われた瑠衣と共に、この日に幕を閉じることとなる。

 

 

 

***

 

 

 

数日後。

 

富澤由紀夫青年(櫻井翔少年に瓜二つ)が、震災で混乱する中を歩いていた。

 

 

 

混乱の中、大火事を起こしたのは外国人だとデマが広がっていた。

 

悪質なデマと噂を信じた人々が、中国人や朝鮮人の罪の無い人々を殺そうとする。

 

デマの為に、外国人に間違われて殺された日本人も多かった。

 

 

 

その殺されそうな人々の中に、由紀夫の友人がいた。

 

探していた友人は見つけた時、まさに殺されようとしていた。

 

川辺で、5人の男たちに暴力を振るわれていたのを止めに入った。

 

「下北さん!」

 

「富澤くん!」

 

人々は、未曾有の震災の大混乱で、狂ったようになっている。

 

「やめてください!」

 

「仲間か!」

 

友人は、必死で止める由紀夫の前で殺され、由紀夫も殺されそうになっていた。

 

狂った人々が、彼を蹴り殴り、最後に刃物まで出して来た。

 

「……ダメだ」

 

 

 

ここまでと、諦めた瞬間。

 

悲鳴が響き渡り、由紀夫を襲った男たちが、肉の塊になっていった。

 

「誰?」

 

 

そこには、無表情で男たちを殺し終えた……吸血鬼・ナルセ(大野智)が立っていた。

 

 

 

(続く)