*嵐妄想小説

*BL小説

*お山妄想・大宮妄想・末ズ妄想

*ロバ丸(KAT-TUN)

*吸血鬼・ダーク・ファンタジー

*お話の全てはフィクションです。

(文字数の限界 11,000超文字) ^^; お暇な時間に。

 

第10章 「薔薇の選択。Hold on」

 

 

 

 

 春の終わり、新緑の夏を迎える用意をする季節が近付いてきた。

 

翔たちの学校も色々忙しい。

 

さらに、勉強はもっと忙しい。

 

相変わらず大野は暇そうに、翔が暇になるのを待ちながら遊んでいる。

 

「勉強の邪魔っ」

 

と翔に怒られることも多くて、そのせいか最近は勉強に忙しい翔を置いて、大野一人で出かける日もある。

 

何だかそれも寂しいけれど、口に出せないでモヤモヤしていた。

 

今日も、翔が忙しそうなので、大野が出かけようとしていた。

 

 

 

「大野さん、いっつもどこ行くの?」

 

「ん? 色々かなあ。ああ、今日はあの亀梨 って子の家に行ってこようかなあ」

 

「ええ? 亀梨君の家に行ってるの?」

 

「たまに、気が向いたらね。あの掃除屋に頼まれてるし」

 

掃除屋とは、吸血鬼の暗殺組織だ。

 

亀梨は、その吸血鬼たちに攫われて育てられた。

 

ニッコリ笑う大野が、嬉しそうに言うのが何だか、寂しい。

 

「……亀梨君と、何して遊ぶの?」

 

「いや、あの子は俺を見ると『帰れ!』って怒るから、見守るだけ。怖えんだよねえ、人間とは思えない。あははは」

 

大野は思い出して、一人でケラケラ笑っている。

 

「そうなんだ……。大野さんが吸血鬼だから? 吸血鬼に育てられたのに?」

 

「まだ、この世界に慣れて無いからな。だけど、吸血鬼が一番好きなタイプだから危ないんだよね。掃除屋が心配してるし」

 

「亀梨君て、人間のままなんだよね? どうして、血を吸われなかったんだろう?」

 

大野は、ちょっと黙って微笑んだ。

 

 

 

「……愛されてたんだろうな」

 

「愛されてたの? すごく縛られて、死んだように暮らしてたみたいだよ?」

 

「吸血鬼は、自分以外を愛せない奴が、ほとんどだよ。きっとあの子のこと愛していても、どうしていいか分からなかったんだよ」

 

窓の外で、風が吹いて窓ガラスを揺らした。

 

「それじゃ、お互い可哀想……」

 

翔が悲しそうに呟いて、俯いた。

その顔が、とても綺麗だったから、大野がそっと頬に口付けた。

 

「可愛いな、翔ちゃん」

 

翔は、驚いて真っ赤になりながら、ふとニノと浅間の事を思い出した。

 

「ビックリするじゃんっ……! あ、あ、あのさ、浅間さんて浮気者なの?」

 

「へ? どうしたの?」

 

「ニノが怒ってたじゃん。あの時」

 

「ああ、あの騒ぎの時か」

 

また大野は、面白そうに笑い出した。

 

 

 

「浮気って。まあ他で血を吸うしなあ。人間も浅間に迫られたら逃げられないだろうし。浮気って言うより『狩り』かな? 血を吸って気に入ったら、抱いてって感じだろうなあ」

 

「それって、浮気じゃ無いんだ。ご飯食べるみたいな?」

 

「近いかなー。でも機嫌悪いと、血だけ吸って殺して終わる奴もいる。最悪な時ね」

 

昔は、俺もよくやったなあ……と思ったが、それは言えない。

 

翔は、複雑な気持ちになる。

 

「愛してると、血を吸わないのに。愛してないと何でもできるの?」

 

翔の言いたいことが分かって、大野は寂しそうに笑った。

 

「変だろ? でも、人間も一緒だと思うけど?」

 

今度は明るく笑って、『すぐ帰るよ』と大野は一人で出かけてしまった。

 

 

 

「大野さんも、そうなのかな……」

 

聞きたいけど、怖くて聞けなかった。

好きになる程、何も言えなくなるのは、どうしてなんだろうか。

 

本当はどうして欲しいのか、本心はどう思ってるんだろう。

大野に聞きたいけど、自分こそ答えを持っていないから、声に出来ないでいる。

 

(俺は。どうなりたいのかな……)

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

誰もいない、広いビルの一部屋。

亀梨以外、誰も住んでいないビルは静かで、この世では無いようだ。

 

食事も、寝ることも好きじゃない。

遊びたいことも無い。

 

亀梨を育てた死んだ吸血鬼は、何もかも自分に従わせて、自由を与えずに来た。

今更自由になっても、どうしていいか分からなかった。

 

不健康な生活は、さらに肌を青白くさせて、表情を乏しくさせる。

自分が笑っているのかどうかも、分かっていないから、生きている実感もない。

 

死んだ吸血鬼は、毎日、指先から髪の毛一本まで支配していた。

全てが自由にならない代わり、心は1ミリも決して渡さなかった。

 

(いつまで、こうしてたら良いんだろう……)

 

ベッドへ横になりながら、ため息が出た。

今は仕事で海外に行ったユウイチとタツヤが、見たら怒りそうだと思った。

 

『和也! 毎日、食事して、毎日寝るんだぞ?』

 

「……毎日なんて、面倒だよ……」

 

そういえば、昨日から食事を忘れてるなあと思いながら、ウトウトし始めた。

 

ゆっくり、部屋のドアが開いたことも気が付かないまま、眠ってしまった。

 

 

 

 

「……寝てるのか。寝てる時は可愛いな」

 

大野がそっと、枕元に立っていた。

 

「顔色悪いなあ。食べてないのかなあ」

 

昔、まだ子供で病弱なニノに色々食べさせたなあと、懐かしく思い出した。

 

「やっぱ、人間の子は、育てんの大変だな」

 

そう言いながら、顔は知らずに笑っていた。

大野からすると、人間の子供は、仔犬や仔猫のようで、可愛かった。

 

部屋を見回して、窓を開けて外の気配を探る。

遠くに、吸血鬼はいるようだが、有名な掃除屋のテリトリーのビルには、近づかないようだった。

 

大野は窓を閉めて、亀梨に布団をかけるとそっと部屋を出ていった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

亀梨は、昔の夢を見ていた。

 

たまに、死んだ吸血鬼の男は、パーティーに亀梨を連れて行った。

 

「そこにいろ」

 

言われて薔薇の庭に立っていると、血の匂いを嗅ぎつけた吸血鬼が一人、二人と群がってくる。

 

危ない気配に、一人で庭を逃げ回る。

散々逃げて、力尽きると吸血鬼たちが襲ってくる。

 

何度と繰り返された、この遊び。

 

あの、主人たる吸血鬼は、離れた場所から、いつもその様子を見て楽しんでいる。

 

好きに触られて、吐き気がする。

力では勝てないが、気の強さは吸血鬼より上だった。

 

離れた男の顔を見ながらも、決して悲鳴をあげなかった。

悲鳴を上げて助けを呼ぶのを、男が待っているのが分かったから。

 

いっそ、ここで殺された方がマシだと思い、牙を向ける相手に体を差し出した。

 

もう少しで牙が首筋に届くところで、痺れを切らした男に、自分に跨った吸血鬼はバラバラにされて殺された。

血が乱れ飛び、最後は灰になった。

 

血に塗れた体の亀梨を見て、男は顔を手で打つと怒りに震えていた。

 

「……そんなに死にたいのか!」

 

酷く打たれて、立ち上げれない亀梨は、転がったまま黙っている。

死にたいと言うより、生きていたくなかった。

男の言いなりで、何の希望もない生活に未練などない。

 

「絶対に、死なせない、逃がさないからな」

 

恐ろしい顔で男は、亀梨にいう。

 

その後は家に連れ帰られて、男にメチャクチャにされて、数日間は起き上がれなかった。

それまでも、何度も死にかけたことが有った。

もう幻覚か、現実なのか分からない中で、責められる。

 

ひとりぼっちで攫われた少年には、地獄でしかない。

愛なんていっそ無ければ、男はもっと……優しかったかもしれない。

 

あの生活よりは、今はマシになったと夢の中で、少年は、ぼんやり思った。

 

 

 

 

*********

 

 

 

「翔ちゃん、ただいま」

 

大野が帰ると、翔がボウっとベッドに座っていた。

 

「もう、勉強終わった? ……? どうかした?」

 

元気の無い翔は、黙って大野を見ているだけ。

心配で、大野は隣に腰掛けると、抱き寄せた。

 

「何でも、言ってみ? なんかあるんだろ?」

 

翔は、大野に体を預けて甘えたまま、言いかけては、言えないでいる。

 

「思ってること、言って……?」

 

「大野さん……。大野さんはさ、もし俺が好きだって言って、今すぐ家族になりたいって言ったら……」

 

「まだ無理だよ。翔ちゃんは」

 

大野が、優しく笑って言った。

 

「なんで? 俺じゃ、無理? 血を吸ったり……色々するの」

 

「出来ないよ。血を吸ったら……を貰ったら、もう俺の言いなりになるだけだよ? 翔ちゃんの自由は無くなっちゃう」

 

泣きそうになって、大野を見つめると、困ったように翔の頬を撫でてくれる。

 

「俺は翔ちゃんに、自分で好きになって欲しいんだ。で、好きだって言われたいし、血を吸わなくても会いたいって思って欲しい」

 

「血を吸ったら、ダメなの?」

 

「血を吸ったら、吸血鬼を好きになる。体を繋いだら、毎日会わなきゃいられない体になる。もう、どこから本物の気持ちか誰も分からなくなるよ?」

 

そう言って、大野が優しく抱きしめた。

 

「……亀梨君の吸血鬼もそう思ったのかな……」

 

「もう……確かめられないけど。血を吸わないでいるのは、相当我慢しないと無理だからな。でも、それでも、あの子は相手を愛せなかったんだろう」

 

翔はますます、困ってしまう。

どうすれば、大野に答えられるんだろうか。

 

「俺……どうしたらいいか分かんないよ」

 

「翔ちゃんは、考えすぎだよ? 好きにして良いんだって。したいように、したいことしてよ」

 

優しい大野は、そう言って翔を小さな子供のように寝かせると、ポンポンとあやすように布団の上からリズムを刻む。

 

「翔ちゃんより、俺長く生きて来たよ。でも翔ちゃんだけなんだ、それを教えてくれたのは。だから翔ちゃんが、毎日幸せに暮らしてくれたら、それで良いんだよ?」

 

大野が優しいだけ、泣きたくなる。

自分にそんな価値があるとは、思えなかったから。

 

「……大野さん、ありがと……」

 

そう言って翔は布団に潜って声を殺して、泣き出した。

何だか子供っぽい自分が嫌で仕方なかった。

 

大野は、ただ優しく……いつまでも、布団の上から撫でてくれた。

 

「……翔ちゃん、泣かないで」

 

人よりも、人のように優しいのは、彼が愛情を知ったからで、それをハッキリと教えたのは翔だった。

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

晴れた午後の学校の芝生の上。

 

翔と潤が、ゴロゴロしてると雅紀が、嬉しそうに走って来た。

 

「翔ちゃん! 潤! 俺、良いこと思いついた! 聞いて!」

 

「どうしたの?」

 

「えっとねえ、あれ? 亀梨君は?」

 

「もう、帰った。顔色悪かったから、帰って寝るって。何で?」

 

「亀梨君て、普通じゃ無いからさ、教えて上げないとって思って」

 

翔と潤の不思議そうな顔に、雅紀が明るく笑って言う。

 

「愛情とか友情とか、分かってなさそうじゃん?」

 

「まあ……。でもどうやって?」

 

「簡単にしたいなって。毎日一緒に過ごすんだよ! もう数で友情を見せるんだ!」

 

「数って、どうするの?」

 

突然、声がして、ニノがそばに立っていた。

 

「うわああ! カズ?! ど、どうしたんだよ?」

 

「ニノ?! 何でいるの?」

 

潤と翔が驚いて、悲鳴を上げた。

ニノは、たまの夜しか浅間に外出を許されていない。

バレたら、怒った浅間が、何をするか分からない。

 

「カズ、お前大丈夫か? 怒られて、大変なんだろ?」

 

「うん、逃げてきた。言うことなんか聞いてあげない。もう帰らない。家出してきた」

 

「ええ!」

 

雅紀が、交互に顔を見ていたが、ニッコリ言った。

 

「君が、潤の従兄弟?! 帰ってきたんだ? 良かったねえ!」

 

「え……それは……」

 

翔が説明に困っていると、ニノが明るく返事する。

 

「違うけど、そうかな。ねえ僕も行きたい」

 

「どこへ?」

 

「亀梨君て子の家、行くんでしょ?」

 

「そうだね! 行こうか!」

 

雅紀とニノが明るく意気投合するが、翔と潤は、ゾッとした。

もし、浅間と亀梨が再会したら、恐い。

 

「カズ、ダメだよ。何があるか分かんないぞ?」

 

「潤君、変なの。何があるか分かったら、面白くないよ?」

 

ニノが、笑って言う。

 

「だって……浅間さんが亀梨君を殺したら……」

 

翔も心配だ。

 

揉めたのはついこの間だ。

 

「その時は、代わりに僕が殺されるから、大丈夫! 早く行こうよ」

 

恐ろしいことを言ってニノが笑った。

 

 

 

*********

 

 

 

亀梨の家を訪ねると、普通のビルで驚いた。

一等地のビルなのに、亀梨しか居ないようだ。

 

「何? あいつビルに住んでんの?」

 

「本人が変わってるから、家まで変わってるなあ」

 

潤が驚いてる横で、雅紀とニノがなぜか受けて笑っている。

何でも楽しいらしく、二人は兄弟のように気が合うようだった。

 

翔と潤は、ヒヤヒヤしている。

ニノ、雅紀それぞれ一人だけでも色々起こるのに、二人もいる。

さらに、ここからは、亀梨まで。

 

「翔さん、これ……大丈夫かな……」

 

「分かんないけど……亀梨君も心配だし。さっさと済ませて、すぐ帰ろう?」

 

色々差し入れを買い込んできたし、明るく喋って帰れば何とかなる……はずだ。

 

(大野さんに言ってくれば、良かったかなあ……)

 

 

 

**

 

 

 

 

「何しに来たの?」

 

ビルに入ったものの、空いたフロアや部屋ばかりで、亀梨を探すのは大変だった。

やっと探し当てる頃には、結構疲れてしまった。

突然の客に驚いている亀梨を押しのけて、雅紀とニノがドンドン部屋に入ってしまう。

 

「疲れたああ……何でこんな広いとこにいるの?」

 

勝手に二人は、上がり込んで寝転んだ。

潤が驚いて、父親のようにニノを叱り出す。

 

「カズ! ダメだろ! お行儀悪いって!」

 

「雅紀君も! 亀梨君が驚いてるじゃん!」

 

翔も、雅紀に注意する。

 

亀梨は驚いていたが、怒る風でも無く黙ってリビングの床に座った。

 

「……いいよ。気にしないで座ってくれて」

 

普通が分からない亀梨は、怒る理由が無かった。

 

「え? いいの? ごめんね。あ、お腹空いてない? 色々買ってきたから、みんなで食べようよ」

 

翔が買ってきたものを、ローテーブルに並べる。

大量のハンバーガー、コーラ、ポテト、チキン。

まだまだ、果物や菓子類があって、のり切らなかった。

 

亀梨は、無反応で見ているが、テーブルを見て、ニノが仔犬のように飛んで来た。

 

「あ! 知ってる。……えっと」

 

「カズ? 食べたいの? 食べられるのかな?」

 

そんなニノの様子に、潤が気になって隣で顔を覗き込む。

 

ジッとテーブルを見つめて、ニノの瞳が揺れる。

 

何かが見えそうで……誰かの声が、聞こえてくる。

 

 

 

『ニノ、お腹空いたろ? これ買って来たから食べな』

 

『うん、ありがとう』

 

……優しい男性の声は、誰なんだろう。

 

思い出せそうなのが、恐い。

 

思い出さない方がいいんだと、もう一人の自分が言う。

 

 

 

急に、ニノの元気が無くなった。

 

「カズ……? 大丈夫か?」

 

「うん、潤君……僕って色々、忘れてる?」

 

「そうだな、でも気にしないでいいよ。関係ないから」

 

「……思い出したら、どうしよう」

 

「カズ?」

 

潤に急にくっ付いて、離れないニノを、亀梨が静かに見ていた。

 

雅紀が、嬉しそうに立ち上がった。

 

「亀梨君! 今日から、毎日俺らとご飯食べよう!」

 

「え? ご飯?」

 

「そう! ご飯食べて喋って、サッカーやバレーしたり、買い物したり。一緒に遊ぼう!」

 

「……人間て、みんな、そうしてるの?」

 

亀梨は無表情だが、真剣に聞いてるのを見て一同、黙ってしまう。

 

翔が、微笑んで亀梨の隣に座ると、肩を寄せて話す。

 

「そうだよ。みんな、一人じゃ生きられないんだ。だから一緒にいるんだよ」

 

「……わかった」

 

吸血鬼としか暮らしたことがない亀梨は頷いて、翔に渡されたハンバーガーを一口食べてみた。

 

「美味しい?」

 

「……多分」

 

美味しいとか、考えたことも無かったから、分からない。

それを見て、雅紀がニコニコしている。

 

「美味しいって、そういう味だよ。翔ちゃんが隣にいたら美味しいはずだよ?」

 

「……わかった」

 

翔は何か言いかけて、やめた。

これは、理屈じゃ教えようが無い。

 

ここは雅紀が正しいのかもしれない。

 

(雅紀君て、やっぱり凄いなあ)

 

みんなで、食事してお喋りして、日が暮れた。

元気の無くなったまま、潤の膝枕で寝てしまったニノは、眠ったままだ。

 

「カズ? 起きて? 帰るよ?」

 

「……ん、ヤダ」

 

「ダメだよ? ほら……」

 

小さな子供のように、イヤイヤと首を振る。

可哀想だが、起こさないと帰れない。

 

「じゃあ、おんぶしてあげる、帰ろう?」

 

「いいよ、寝かせとけば。明日迎えに来てよ。ここは俺しかいないから、大丈夫だろ?」

 

亀梨が思わぬことを言って、皆驚いた。

 

「でも……もし浅間さんが……」

 

「ああ、あの人か。大丈夫だよ、殺されるくらいだろ?」

 

薄く口元だけで笑う。

殺されるより辛いことを知ってるから、嘘ではなかった。

でもそれを見て、泣きそうな翔に亀梨が、困ったように言う。

 

「ごめん。心配しないで。何か有ったら電話する。連絡先教えて?」

 

「うん、そうだね、ありがとう」

 

「もし、カズが起きたら俺にも電話して? 迎えに来るよ」

 

潤がニノを、亀梨のベッドに運ぶ。

丸くなって、隠れるように眠る姿は、何だか寂しげだった。

 

「じゃあ、亀梨君また明日」

 

「うん、明日」

 

亀梨が明日の約束をするのは、初めてだ。

 

皆が出て行ってから、それに気が付いた。

 

 

 

 

「……また、明日」

 

呟いた声は、小さくて誰にも届かなかった。

 

 

 

*****

 

 

 

ニノがいないことに、帰宅した浅間が気付いて、イライラとソファに座った。

 

「……まったく。最近どうしたんだ、あの子は」

 

愛すべき大人しくて儚い少年は、今では浅間の苦手な大野のように、自由勝手に動くようになった。

言うことは聞かないし、すぐ怒るし、かと思うと浅間に甘えて仕方ない日もある。

昨日も外に出るなと言ったら、すぐに外に出て行ったらしく、今も帰らない。

最近は、何1つ、言いつけを守らない。

人間の反抗期の少年みたいだった。

 

浅間は誰より強いが、敵も多い。

ニノが狙われたらと、心配も尽きない。

 

こんなに、自分以外を心配して暮らすのは、ニノを手に入れてからだ。

浅間の長い人生で、もちろん初めてだった。

 

弱点にもなってしまうが仕方ない。

彼をどうしても手放せない。

 

支配するので無く、愛される幸せを知ってしまったから。

どこかで、彼のために死ぬのも、仕方ないと思っている自分がいる。

 

「……私も、あの人も、同じようだな」

 

大野とニノの顔が浮かんで、消えた。

 

 

 

********

 

 

 

「へ? ニノが家出?」

 

「うん、でも今夜は、亀梨君のとこに泊まってる」

 

「吸血鬼が家出……! ニノは面白いなあ!」

 

大野は、声を出して笑っている。

 

「家出って、面白い?」

 

「吸血鬼が、そんな発想しないだろ? 家出って、家だって思ってるって事だろ? 浅間に聞かせてやりたいよ、可愛いこと言うなあ」

 

「ああ、なるほど。……可愛いね、ニノって」

 

「ハハ……翔ちゃんも可愛いよ? すごくね?」

 

そんなに綺麗な顔で言うなんて、ずるい! と心の中で思いながら、翔は真っ赤になってしまう。

 

「まあ、また後で見に行くよ。子供二人じゃ、危ないからな。この町は結構他所から、吸血鬼が入ってくるから」

 

 

 

 

********

 

 

 

 

仕事の為に、ユウイチとタツヤはパリに来ていた。

 

浅間との取引で、亀梨の命と引き換えに、浅間を狙う依頼者を消しに来た。

 

 

 

「ユウイチ、最近この辺は浅間の噂で凄いよ」

 

「俺も聞いた。浅間はやっぱり、怖いなあ。あの子供のためにかなり殺したみたいだな」

 

曇った午後の短い晴れ間。

 

二人はカフェの外のテーブルで休憩中で、綺麗な二人は絵のようだった。

 

温かいカフェオーレは好きじゃないけど、和也が飲んでいたのを思い出して、タツヤが頼んでみた。

 

 

 

「うーん、何で和也は、こんなの飲むのかなあ……」

 

「なんだ? 珍しいもん頼んだと思ったら。無理して飲むなよ?」

 

「……飲む。和也と今度、一緒に飲んでやりたいから」

 

不味そうに飲み干すのを、ユウイチが笑って見ている。

 

 

 

「おまえ、和也には優しいな」

 

「何だよー! お前にもっ、俺は優しいだろ? 今回もわざわざ、一緒に来てるんだぞ? 感謝しろ!」

 

ユウイチを睨んでタツヤが言うが、可愛いばかりで、恐くなかった。

 

「タツヤ。もし俺が失敗したら、すぐ逃げろよ? 約束して?」

 

タツヤはユウイチが言い終わる前に、空のカップを投げつけた。

 

ゆっくりユウイチがカップを避けると、タツヤが立ち上がる。

 

「しねーよ! 俺がいて、失敗させるわけないだろう!」

 

「……そうだな、ごめん。でも、もしもがあるじゃん? あいつみたいにさ」

 

和也を攫って育てた吸血鬼も強かったが、突然死んでしまった。

 

彼は、二人の大事な友人だった。

 

「あれは……あいつが死にたがってたからだよ。自分の為に……和也を縛るために」

 

「うん、ごめん。……もう言わないから」

 

泣きそうなタツヤに、ユウイチが微笑んだ。

 

「何が有っても、死なない、約束するよ」

 

パリは、特別に吸血鬼が多い場所だが、誰より強く美しい吸血鬼は、この二人だった。

 

 

 

********

 

 

 

預けたニノが気になって、潤は眠れなかった。

 

何度も死んで、蘇った従兄弟の少年は、14歳のままで。

同じ歳の自分とは、段々歳が離れていく。

 

最近は、子供のような行動も拍車がかかっていて、今では自分の小さな弟のようだ。

 

人間だった彼のことは、諦めた。

後悔も、悲しみも、何とか乗り越えた。

 

彼が幸せに暮らせるなら、それで納得しようと、吸血鬼の彼を受け入れることを選んだ。

 

「でも……カズは、どうやって生きて行くんだろう。俺より長く生きて」

 

しかし、長く生きられるのか。

 

主人が死んだら、灰になる運命だ。

 

殺されることもあるかも知れない。

 

「いっそ、俺も吸血鬼になりたいよ」

 

そうしたら、守ってあげられるかも、と本気で思った。

 

……自分の幸せなんて、とっくに忘れてしまった。

 

幸せにすることでしか、もう幸せは無かった。

 

 

 

********

 

 

 

夜更けの薄暗い部屋。

 

目が覚めたニノは、自分がどこにいるか、すぐ分からなかった。

 

(あ……ここ、あの子の家だった)

 

キョロキョロすると、亀梨が見えた。

人形のように綺麗な姿で、ぼんやりソファに座っていた。

 

「何してるの?」

 

ニノが声をかけると、亀梨がゆっくりこちらを見た。

……人間とは思えない、吸血鬼と同じ気配だった。

 

「目が覚めた? 大丈夫?」

 

亀梨がそう言って微笑んで、ニノは誰かのようだと思ったが、誰か分からなかった。

 

「うん、起きた」

 

ベッドから降りると、亀梨の隣にピッタリとくっ付いて座った。

 

「ねえ……亀梨君」

 

「なに……?」

 

少し、躊躇って聞いてみた。

 

「忘れてること、ある?」

 

一瞬、目を見開いたが、フッと諦めたように笑って答える。

 

「あるよ。多分いっぱい」

 

「僕もあるみたい。……恐くない? 思い出したらどうしようって」

 

「無い……と思う。生きてる方が恐い。何して良いか分かんない」

 

人の子供のような吸血鬼のニノと、吸血鬼のような人の少年。

 

「したいことないの?」

 

「ないよ……分かんないけど」

 

顔色の悪い亀梨を見てニノは、考えて聞いた。

 

「今って、夜中? 人間の子なら、お腹空くんでしょ? 食べた?」

 

「お昼にみんなと食べたよ?」

 

食事が苦手な亀梨は、一日1回食べれば、いいと思ってるようだ。

 

ニノは、部屋の中を歩き回って、冷蔵庫を見つけた。

 

その中に翔が食べきれなかった、お菓子や果物を置いていった。

 

「食べた方がいいよ? 僕もよく倒れた……あれ?」

 

スルッと勝手に口からこぼれた言葉にドキッとする。

 

薄く覚えているけど、はっきりしない、昔の記憶だった。

 

「どうしたの?」

 

亀梨が、優しく首を傾げて聞いてくる。

 

「うん……分かんない」

 

冷蔵庫から、りんごを出して亀梨の隣にまた座った。

 

ちょっと考えて、ニノが微笑んで言う。

 

「ねえ、口開けてごらん?」

 

「……?」

 

不思議そうな顔で口を開ける。

 

ニノがリンゴを一口齧ると、口移しで亀梨の口に運んだ。

 

りんごのカケラが、口に入って『噛んで?』といわれる。

 

噛むと、喉を通ってりんごは、消えていった。

 

「あ……」

 

ニノがジッと亀梨を見ていた。

 

亀梨の前に、消えて飛んでいた記憶が蘇り、ぐるっと彼の周りを回った。

 

 

遠い日だ。

攫われて、食事を拒んでいた幼い子供だった亀梨は、弱って動けなくなった。

 

吸血鬼の男に、優しく抱かれて口移しに、リンゴを食べさせられた事があった。

 

『噛んで……? 少しでいいから食べて? 和也』

 

優しい低い声。

大きな手も、腕も、優しかった。

 

りんごは冷たくて、美味しかった。

ゆっくり、ゆっくり、長い時間をかけて、食べさせてくれた。

 

『お願い、和也。死にたくないなら……食べて?』

 

死にたくなかったから、口を開けた。

 

……ただ、生きたくは無かったけど。

 

「1つ、思い出したよ。こうして食べさせて貰ってた。死にたくないって、美味しいって思ってたよ」

 

「良かった。僕もこうして貰ってたみたい。ちゃんとは覚えてないけど……」

 

ニノが、寂しげに笑った。

 

「ちゃんと……思い出したいけど。……わかんない」

 

知らずに亀梨の目から、ハラハラと涙がこぼれた。

美しくて強くて残酷な男だった。

酷い目にあうたび、綺麗な思い出は、飛んで消えてしまっていた。

 

辛く渇き切った記憶の中に、優しい記憶が眠ったままだった。

 

 

 

「ふふ……俺……なんで泣いてるんだろ」

 

亀梨を見て、ニノの目からも涙がこぼれた。

 

「……僕は、わかるよ。だから泣いていいよ? 一緒に泣こう?」

 

「うん……」

 

寄り添って、声もなく泣く二人の子供を、月が窓から照らす。

 

――宗教画のようだった。

 

 

 

 

そっと、様子を見に来た大野が、ドアの影で見守っていた。

 

(ニノ、覚えてたんだ)

 

ニノが、まだ小さな頃、大野が同じように食べさせてやった事があった。

 

あの子には、大野の血と記憶が、体の中を流れている。

そう思うと、単純に嬉しかった。

覚えてなくても、無事ならそれで良かったけれど。

 

ニノが、あの日、別れを選んだのは、間違っていなかった。

そうするしか、二人とも、生きていなかっただろう。

 

生きている事が、何より正解を引き寄せる力に変わる。

 

殺さずに、死なせずに済んで、本当に良かったと大野は、感謝したくなった。

 

(ニノ……これからも、守ってやるから)

 

大野は、こっそり心で呟いて、部屋を後にした。

 

 

 

********

 

 

 

…………明け方。

 

辛抱強く待っていたが、少年は帰らない。

 

探しに行こうかと玄関まで行くと、ニノが立っていて、浅間が驚いた。

 

 

 

「ただいま」

 

何事もなかったように、浅間に飛びついて、上目遣いに甘えてきた。

 

「……りんご食べたい。食べさせて?」

 

「りんご? ……めずらしい」

 

「うん。浅間さんが食べさせて?」

 

「……わかったよ。その代わりに2度と勝手に消えるな。……いいか?」

 

「うん」

 

浅間は、ニノを選んで、大野から攫った。

そしてニノは、浅間を選んでくれた。

何かあっても、こうして帰ってくる。

 

浅間は、笑顔になっていることが、自分でもおかしかった。

 

長すぎる人生で、今が一番幸せだった。

 

 

 

********

 

 

 

雅紀は、宣言通りに亀梨を、毎日教室まで呼びに行っては、一緒に過ごしている。

もちろん、翔と潤も一緒だ。

そこへ大野が来たり、たまにニノが浅間に内緒で来たりしている。

 

雅紀が、何を思ってるのかは実の所、誰も分からない。

本人もわかってないかも知れない。

いつも、彼は優しくしたいとき、躊躇うことがない。

 

亀梨が、少しづつ柔らかく笑うようになって、皆も笑顔になった。

理由は分からないが、成果は出ている。

みんなで一緒に幸せを感じられるなんて、幸せだと翔は思った。

 

(このまま、ずーっと一緒にいたいなあ)

 

 

 

 

 

「今日は、この雅紀君が手品をします!」

 

おお! と盛り上がった2秒後には、手品のタネが見えて、全員で爆笑している。

 

大野が離れて見ていた。

 

 

 

(子供は、元気で可愛いなあ)

 

何より翔が嬉しそうだと、見てるだけで幸せになった。

 

それは、吸血鬼には、ありえない事だった。

 

 

 

********

 

 

 

「大野さん。俺も行く」

 

「どうしたの?」

 

また一人で、外出しようとする大野を翔が止める。

 

「……血とか吸いに行くの? 俺が行くと邪魔?」

 

大野が破顔する。

 

翔の気がつくような時に、そんなことはしない。

 

……バレたこともない。

 

置いていかれるのが、寂しいのだと、すぐに気が付いた。

 

 

 

「翔ちゃんも行く? まあ、見回りかな? ここはテリトリーだし」

 

「いいの?」

 

嬉しそうに笑う翔が、可愛かった。

 

「うん。翔ちゃん遠慮しないで、何でも言って? 何でもしてあげるから」

 

翔は、ちょっと考えて言ってみる。

 

「じゃあさ、キスしてって言ったら?」

 

そう言って、あははと笑う。しないと思ってるからだ。

 

「ああ、できるよ?」

 

「……えっ?」

 

いきなり抱き寄せて、口付ける。

 

「えええ?!」

 

翔がびっくりして、声をあげる。何とか大野から離れようとして転びそうになった。

 

「ほら、また好きになった?」

 

大野が笑って、翔の手をひいて、また抱き寄せた。

 

今度は、もう少し長いキス。

 

翔の息が上がったところで、そっと離した。

 

大野が、翔の顔を見ながら言う。

 

 

 

「……やっぱり、もうしない」

 

「ど、どういう意味?」

 

大野の言う意味が、分からない。

 

「したくなったら、翔ちゃんからキスしてよ? 俺、今まで自分からしか、したこと無いんだよね?」

 

悪戯っぽく笑って、翔の頬に軽くキスを落とした。

 

「早く、もっと好きになって?」

 

こんな綺麗な顔で、こんなこと言われたら瞬殺じゃ無いかと、翔は返事もできずに、腕の中から動けなかった。

 

「なんか……ずるい、大野さん」

 

「今頃、わかったの? 吸血鬼だからね? 俺」

 

そう言って、微笑んだ。

 

 

 

 

吸血鬼は、人のように、優しい悪魔のように、狙った獲物は逃さない。

 

幸せにするまで、きっと離してくれない。

 

綺麗な姿で、綺麗な心を捉えてしまう。

 

 

 

きっと魅入られたら逃げられないと、翔は改めて思った。

 

 

 

<end>第11章へ。