*嵐妄想小説
*BL小説
*お山妄想・大宮妄想・末ズ妄想
*ロバ丸(KAT-TUN)
*吸血鬼・ダーク・ファンタジー
*お話の全てはフィクションです。
(文字数の限界 11,000超文字) ^^; お暇な時間に。
第10章 「薔薇の選択。Hold on」
春の終わり、新緑の夏を迎える用意をする季節が近付いてきた。
翔たちの学校も色々忙しい。
さらに、勉強はもっと忙しい。
相変わらず大野は暇そうに、翔が暇になるのを待ちながら遊んでいる。
「勉強の邪魔っ」
と翔に怒られることも多くて、そのせいか最近は勉強に忙しい翔を置いて、大野一人で出かける日もある。
何だかそれも寂しいけれど、口に出せないでモヤモヤしていた。
今日も、翔が忙しそうなので、大野が出かけようとしていた。
「大野さん、いっつもどこ行くの?」
「ん? 色々かなあ。ああ、今日はあの亀梨 って子の家に行ってこようかなあ」
「ええ? 亀梨君の家に行ってるの?」
「たまに、気が向いたらね。あの掃除屋に頼まれてるし」
掃除屋とは、吸血鬼の暗殺組織だ。
亀梨は、その吸血鬼たちに攫われて育てられた。
ニッコリ笑う大野が、嬉しそうに言うのが何だか、寂しい。
「……亀梨君と、何して遊ぶの?」
「いや、あの子は俺を見ると『帰れ!』って怒るから、見守るだけ。怖えんだよねえ、人間とは思えない。あははは」
大野は思い出して、一人でケラケラ笑っている。
「そうなんだ……。大野さんが吸血鬼だから? 吸血鬼に育てられたのに?」
「まだ、この世界に慣れて無いからな。だけど、吸血鬼が一番好きなタイプだから危ないんだよね。掃除屋が心配してるし」
「亀梨君て、人間のままなんだよね? どうして、血を吸われなかったんだろう?」
大野は、ちょっと黙って微笑んだ。
「……愛されてたんだろうな」
「愛されてたの? すごく縛られて、死んだように暮らしてたみたいだよ?」
「吸血鬼は、自分以外を愛せない奴が、ほとんどだよ。きっとあの子のこと愛していても、どうしていいか分からなかったんだよ」
窓の外で、風が吹いて窓ガラスを揺らした。
「それじゃ、お互い可哀想……」
翔が悲しそうに呟いて、俯いた。
その顔が、とても綺麗だったから、大野がそっと頬に口付けた。
「可愛いな、翔ちゃん」
翔は、驚いて真っ赤になりながら、ふとニノと浅間の事を思い出した。
「ビックリするじゃんっ……! あ、あ、あのさ、浅間さんて浮気者なの?」
「へ? どうしたの?」
「ニノが怒ってたじゃん。あの時」
「ああ、あの騒ぎの時か」
また大野は、面白そうに笑い出した。
「浮気って。まあ他で血を吸うしなあ。人間も浅間に迫られたら逃げられないだろうし。浮気って言うより『狩り』かな? 血を吸って気に入ったら、抱いてって感じだろうなあ」
「それって、浮気じゃ無いんだ。ご飯食べるみたいな?」
「近いかなー。でも機嫌悪いと、血だけ吸って殺して終わる奴もいる。最悪な時ね」
昔は、俺もよくやったなあ……と思ったが、それは言えない。
翔は、複雑な気持ちになる。
「愛してると、血を吸わないのに。愛してないと何でもできるの?」
翔の言いたいことが分かって、大野は寂しそうに笑った。
「変だろ? でも、人間も一緒だと思うけど?」
今度は明るく笑って、『すぐ帰るよ』と大野は一人で出かけてしまった。
「大野さんも、そうなのかな……」
聞きたいけど、怖くて聞けなかった。
好きになる程、何も言えなくなるのは、どうしてなんだろうか。
本当はどうして欲しいのか、本心はどう思ってるんだろう。
大野に聞きたいけど、自分こそ答えを持っていないから、声に出来ないでいる。
(俺は。どうなりたいのかな……)
*********
誰もいない、広いビルの一部屋。
亀梨以外、誰も住んでいないビルは静かで、この世では無いようだ。
食事も、寝ることも好きじゃない。
遊びたいことも無い。
亀梨を育てた死んだ吸血鬼は、何もかも自分に従わせて、自由を与えずに来た。
今更自由になっても、どうしていいか分からなかった。
不健康な生活は、さらに肌を青白くさせて、表情を乏しくさせる。
自分が笑っているのかどうかも、分かっていないから、生きている実感もない。
死んだ吸血鬼は、毎日、指先から髪の毛一本まで支配していた。
全てが自由にならない代わり、心は1ミリも決して渡さなかった。
(いつまで、こうしてたら良いんだろう……)
ベッドへ横になりながら、ため息が出た。
今は仕事で海外に行ったユウイチとタツヤが、見たら怒りそうだと思った。
『和也! 毎日、食事して、毎日寝るんだぞ?』
「……毎日なんて、面倒だよ……」
そういえば、昨日から食事を忘れてるなあと思いながら、ウトウトし始めた。
ゆっくり、部屋のドアが開いたことも気が付かないまま、眠ってしまった。
「……寝てるのか。寝てる時は可愛いな」
大野がそっと、枕元に立っていた。
「顔色悪いなあ。食べてないのかなあ」
昔、まだ子供で病弱なニノに色々食べさせたなあと、懐かしく思い出した。
「やっぱ、人間の子は、育てんの大変だな」
そう言いながら、顔は知らずに笑っていた。
大野からすると、人間の子供は、仔犬や仔猫のようで、可愛かった。
部屋を見回して、窓を開けて外の気配を探る。
遠くに、吸血鬼はいるようだが、有名な掃除屋のテリトリーのビルには、近づかないようだった。
大野は窓を閉めて、亀梨に布団をかけるとそっと部屋を出ていった。
****
亀梨は、昔の夢を見ていた。
たまに、死んだ吸血鬼の男は、パーティーに亀梨を連れて行った。
「そこにいろ」
言われて薔薇の庭に立っていると、血の匂いを嗅ぎつけた吸血鬼が一人、二人と群がってくる。
危ない気配に、一人で庭を逃げ回る。
散々逃げて、力尽きると吸血鬼たちが襲ってくる。
何度と繰り返された、この遊び。
あの、主人たる吸血鬼は、離れた場所から、いつもその様子を見て楽しんでいる。
好きに触られて、吐き気がする。
力では勝てないが、気の強さは吸血鬼より上だった。
離れた男の顔を見ながらも、決して悲鳴をあげなかった。
悲鳴を上げて助けを呼ぶのを、男が待っているのが分かったから。
いっそ、ここで殺された方がマシだと思い、牙を向ける相手に体を差し出した。
もう少しで牙が首筋に届くところで、痺れを切らした男に、自分に跨った吸血鬼はバラバラにされて殺された。
血が乱れ飛び、最後は灰になった。
血に塗れた体の亀梨を見て、男は顔を手で打つと怒りに震えていた。
「……そんなに死にたいのか!」
酷く打たれて、立ち上げれない亀梨は、転がったまま黙っている。
死にたいと言うより、生きていたくなかった。
男の言いなりで、何の希望もない生活に未練などない。
「絶対に、死なせない、逃がさないからな」
恐ろしい顔で男は、亀梨にいう。
その後は家に連れ帰られて、男にメチャクチャにされて、数日間は起き上がれなかった。
それまでも、何度も死にかけたことが有った。
もう幻覚か、現実なのか分からない中で、責められる。
ひとりぼっちで攫われた少年には、地獄でしかない。
愛なんていっそ無ければ、男はもっと……優しかったかもしれない。
あの生活よりは、今はマシになったと夢の中で、少年は、ぼんやり思った。
*********
「翔ちゃん、ただいま」
大野が帰ると、翔がボウっとベッドに座っていた。
「もう、勉強終わった? ……? どうかした?」
元気の無い翔は、黙って大野を見ているだけ。
心配で、大野は隣に腰掛けると、抱き寄せた。
「何でも、言ってみ? なんかあるんだろ?」
翔は、大野に体を預けて甘えたまま、言いかけては、言えないでいる。
「思ってること、言って……?」
「大野さん……。大野さんはさ、もし俺が好きだって言って、今すぐ家族になりたいって言ったら……」
「まだ無理だよ。翔ちゃんは」
大野が、優しく笑って言った。
「なんで? 俺じゃ、無理? 血を吸ったり……色々するの」
「出来ないよ。血を吸ったら……を貰ったら、もう俺の言いなりになるだけだよ? 翔ちゃんの自由は無くなっちゃう」
泣きそうになって、大野を見つめると、困ったように翔の頬を撫でてくれる。
「俺は翔ちゃんに、自分で好きになって欲しいんだ。で、好きだって言われたいし、血を吸わなくても会いたいって思って欲しい」
「血を吸ったら、ダメなの?」
「血を吸ったら、吸血鬼を好きになる。体を繋いだら、毎日会わなきゃいられない体になる。もう、どこから本物の気持ちか誰も分からなくなるよ?」
そう言って、大野が優しく抱きしめた。
「……亀梨君の吸血鬼もそう思ったのかな……」
「もう……確かめられないけど。血を吸わないでいるのは、相当我慢しないと無理だからな。でも、それでも、あの子は相手を愛せなかったんだろう」
翔はますます、困ってしまう。
どうすれば、大野に答えられるんだろうか。
「俺……どうしたらいいか分かんないよ」
「翔ちゃんは、考えすぎだよ? 好きにして良いんだって。したいように、したいことしてよ」
優しい大野は、そう言って翔を小さな子供のように寝かせると、ポンポンとあやすように布団の上からリズムを刻む。
「翔ちゃんより、俺長く生きて来たよ。でも翔ちゃんだけなんだ、それを教えてくれたのは。だから翔ちゃんが、毎日幸せに暮らしてくれたら、それで良いんだよ?」
大野が優しいだけ、泣きたくなる。
自分にそんな価値があるとは、思えなかったから。
「……大野さん、ありがと……」
そう言って翔は布団に潜って声を殺して、泣き出した。
何だか子供っぽい自分が嫌で仕方なかった。
大野は、ただ優しく……いつまでも、布団の上から撫でてくれた。
「……翔ちゃん、泣かないで」
人よりも、人のように優しいのは、彼が愛情を知ったからで、それをハッキリと教えたのは翔だった。
*********
晴れた午後の学校の芝生の上。
翔と潤が、ゴロゴロしてると雅紀が、嬉しそうに走って来た。
「翔ちゃん! 潤! 俺、良いこと思いついた! 聞いて!」
「どうしたの?」
「えっとねえ、あれ? 亀梨君は?」
「もう、帰った。顔色悪かったから、帰って寝るって。何で?」
「亀梨君て、普通じゃ無いからさ、教えて上げないとって思って」
翔と潤の不思議そうな顔に、雅紀が明るく笑って言う。
「愛情とか友情とか、分かってなさそうじゃん?」
「まあ……。でもどうやって?」
「簡単にしたいなって。毎日一緒に過ごすんだよ! もう数で友情を見せるんだ!」
「数って、どうするの?」
突然、声がして、ニノがそばに立っていた。
「うわああ! カズ?! ど、どうしたんだよ?」
「ニノ?! 何でいるの?」
潤と翔が驚いて、悲鳴を上げた。
ニノは、たまの夜しか浅間に外出を許されていない。
バレたら、怒った浅間が、何をするか分からない。
「カズ、お前大丈夫か? 怒られて、大変なんだろ?」
「うん、逃げてきた。言うことなんか聞いてあげない。もう帰らない。家出してきた」
「ええ!」
雅紀が、交互に顔を見ていたが、ニッコリ言った。
「君が、潤の従兄弟?! 帰ってきたんだ? 良かったねえ!」
「え……それは……」
翔が説明に困っていると、ニノが明るく返事する。
「違うけど、そうかな。ねえ僕も行きたい」
「どこへ?」
「亀梨君て子の家、行くんでしょ?」
「そうだね! 行こうか!」
雅紀とニノが明るく意気投合するが、翔と潤は、ゾッとした。
もし、浅間と亀梨が再会したら、恐い。
「カズ、ダメだよ。何があるか分かんないぞ?」
「潤君、変なの。何があるか分かったら、面白くないよ?」
ニノが、笑って言う。
「だって……浅間さんが亀梨君を殺したら……」
翔も心配だ。
揉めたのはついこの間だ。
「その時は、代わりに僕が殺されるから、大丈夫! 早く行こうよ」
恐ろしいことを言ってニノが笑った。
*********
亀梨の家を訪ねると、普通のビルで驚いた。
一等地のビルなのに、亀梨しか居ないようだ。
「何? あいつビルに住んでんの?」
「本人が変わってるから、家まで変わってるなあ」
潤が驚いてる横で、雅紀とニノがなぜか受けて笑っている。
何でも楽しいらしく、二人は兄弟のように気が合うようだった。
翔と潤は、ヒヤヒヤしている。
ニノ、雅紀それぞれ一人だけでも色々起こるのに、二人もいる。
さらに、ここからは、亀梨まで。
「翔さん、これ……大丈夫かな……」
「分かんないけど……亀梨君も心配だし。さっさと済ませて、すぐ帰ろう?」
色々差し入れを買い込んできたし、明るく喋って帰れば何とかなる……はずだ。
(大野さんに言ってくれば、良かったかなあ……)
**
「何しに来たの?」
ビルに入ったものの、空いたフロアや部屋ばかりで、亀梨を探すのは大変だった。
やっと探し当てる頃には、結構疲れてしまった。
突然の客に驚いている亀梨を押しのけて、雅紀とニノがドンドン部屋に入ってしまう。
「疲れたああ……何でこんな広いとこにいるの?」
勝手に二人は、上がり込んで寝転んだ。
潤が驚いて、父親のようにニノを叱り出す。
「カズ! ダメだろ! お行儀悪いって!」
「雅紀君も! 亀梨君が驚いてるじゃん!」
翔も、雅紀に注意する。
亀梨は驚いていたが、怒る風でも無く黙ってリビングの床に座った。
「……いいよ。気にしないで座ってくれて」
普通が分からない亀梨は、怒る理由が無かった。
「え? いいの? ごめんね。あ、お腹空いてない? 色々買ってきたから、みんなで食べようよ」
翔が買ってきたものを、ローテーブルに並べる。
大量のハンバーガー、コーラ、ポテト、チキン。
まだまだ、果物や菓子類があって、のり切らなかった。
亀梨は、無反応で見ているが、テーブルを見て、ニノが仔犬のように飛んで来た。
「あ! 知ってる。……えっと」
「カズ? 食べたいの? 食べられるのかな?」
そんなニノの様子に、潤が気になって隣で顔を覗き込む。
ジッとテーブルを見つめて、ニノの瞳が揺れる。
何かが見えそうで……誰かの声が、聞こえてくる。
『ニノ、お腹空いたろ? これ買って来たから食べな』
『うん、ありがとう』
……優しい男性の声は、誰なんだろう。
思い出せそうなのが、恐い。
思い出さない方がいいんだと、もう一人の自分が言う。
急に、ニノの元気が無くなった。
「カズ……? 大丈夫か?」
「うん、潤君……僕って色々、忘れてる?」
「そうだな、でも気にしないでいいよ。関係ないから」
「……思い出したら、どうしよう」
「カズ?」
潤に急にくっ付いて、離れないニノを、亀梨が静かに見ていた。
雅紀が、嬉しそうに立ち上がった。
「亀梨君! 今日から、毎日俺らとご飯食べよう!」
「え? ご飯?」
「そう! ご飯食べて喋って、サッカーやバレーしたり、買い物したり。一緒に遊ぼう!」
「……人間て、みんな、そうしてるの?」
亀梨は無表情だが、真剣に聞いてるのを見て一同、黙ってしまう。
翔が、微笑んで亀梨の隣に座ると、肩を寄せて話す。
「そうだよ。みんな、一人じゃ生きられないんだ。だから一緒にいるんだよ」
「……わかった」
吸血鬼としか暮らしたことがない亀梨は頷いて、翔に渡されたハンバーガーを一口食べてみた。
「美味しい?」
「……多分」
美味しいとか、考えたことも無かったから、分からない。
それを見て、雅紀がニコニコしている。
「美味しいって、そういう味だよ。翔ちゃんが隣にいたら美味しいはずだよ?」
「……わかった」
翔は何か言いかけて、やめた。
これは、理屈じゃ教えようが無い。
ここは雅紀が正しいのかもしれない。
(雅紀君て、やっぱり凄いなあ)
みんなで、食事してお喋りして、日が暮れた。
元気の無くなったまま、潤の膝枕で寝てしまったニノは、眠ったままだ。
「カズ? 起きて? 帰るよ?」
「……ん、ヤダ」
「ダメだよ? ほら……」
小さな子供のように、イヤイヤと首を振る。
可哀想だが、起こさないと帰れない。
「じゃあ、おんぶしてあげる、帰ろう?」
「いいよ、寝かせとけば。明日迎えに来てよ。ここは俺しかいないから、大丈夫だろ?」
亀梨が思わぬことを言って、皆驚いた。
「でも……もし浅間さんが……」
「ああ、あの人か。大丈夫だよ、殺されるくらいだろ?」
薄く口元だけで笑う。
殺されるより辛いことを知ってるから、嘘ではなかった。
でもそれを見て、泣きそうな翔に亀梨が、困ったように言う。
「ごめん。心配しないで。何か有ったら電話する。連絡先教えて?」
「うん、そうだね、ありがとう」
「もし、カズが起きたら俺にも電話して? 迎えに来るよ」
潤がニノを、亀梨のベッドに運ぶ。
丸くなって、隠れるように眠る姿は、何だか寂しげだった。
「じゃあ、亀梨君また明日」
「うん、明日」
亀梨が明日の約束をするのは、初めてだ。
皆が出て行ってから、それに気が付いた。
「……また、明日」
呟いた声は、小さくて誰にも届かなかった。
*****
ニノがいないことに、帰宅した浅間が気付いて、イライラとソファに座った。
「……まったく。最近どうしたんだ、あの子は」
愛すべき大人しくて儚い少年は、今では浅間の苦手な大野のように、自由勝手に動くようになった。
言うことは聞かないし、すぐ怒るし、かと思うと浅間に甘えて仕方ない日もある。
昨日も外に出るなと言ったら、すぐに外に出て行ったらしく、今も帰らない。
最近は、何1つ、言いつけを守らない。
人間の反抗期の少年みたいだった。
浅間は誰より強いが、敵も多い。
ニノが狙われたらと、心配も尽きない。
こんなに、自分以外を心配して暮らすのは、ニノを手に入れてからだ。
浅間の長い人生で、もちろん初めてだった。
弱点にもなってしまうが仕方ない。
彼をどうしても手放せない。
支配するので無く、愛される幸せを知ってしまったから。
どこかで、彼のために死ぬのも、仕方ないと思っている自分がいる。
「……私も、あの人も、同じようだな」
大野とニノの顔が浮かんで、消えた。
********
「へ? ニノが家出?」
「うん、でも今夜は、亀梨君のとこに泊まってる」
「吸血鬼が家出……! ニノは面白いなあ!」
大野は、声を出して笑っている。
「家出って、面白い?」
「吸血鬼が、そんな発想しないだろ? 家出って、家だって思ってるって事だろ? 浅間に聞かせてやりたいよ、可愛いこと言うなあ」
「ああ、なるほど。……可愛いね、ニノって」
「ハハ……翔ちゃんも可愛いよ? すごくね?」
そんなに綺麗な顔で言うなんて、ずるい! と心の中で思いながら、翔は真っ赤になってしまう。
「まあ、また後で見に行くよ。子供二人じゃ、危ないからな。この町は結構他所から、吸血鬼が入ってくるから」
********
仕事の為に、ユウイチとタツヤはパリに来ていた。
浅間との取引で、亀梨の命と引き換えに、浅間を狙う依頼者を消しに来た。
「ユウイチ、最近この辺は浅間の噂で凄いよ」
「俺も聞いた。浅間はやっぱり、怖いなあ。あの子供のためにかなり殺したみたいだな」
曇った午後の短い晴れ間。
二人はカフェの外のテーブルで休憩中で、綺麗な二人は絵のようだった。
温かいカフェオーレは好きじゃないけど、和也が飲んでいたのを思い出して、タツヤが頼んでみた。
「うーん、何で和也は、こんなの飲むのかなあ……」
「なんだ? 珍しいもん頼んだと思ったら。無理して飲むなよ?」
「……飲む。和也と今度、一緒に飲んでやりたいから」
不味そうに飲み干すのを、ユウイチが笑って見ている。
「おまえ、和也には優しいな」
「何だよー! お前にもっ、俺は優しいだろ? 今回もわざわざ、一緒に来てるんだぞ? 感謝しろ!」
ユウイチを睨んでタツヤが言うが、可愛いばかりで、恐くなかった。
「タツヤ。もし俺が失敗したら、すぐ逃げろよ? 約束して?」
タツヤはユウイチが言い終わる前に、空のカップを投げつけた。
ゆっくりユウイチがカップを避けると、タツヤが立ち上がる。
「しねーよ! 俺がいて、失敗させるわけないだろう!」
「……そうだな、ごめん。でも、もしもがあるじゃん? あいつみたいにさ」
和也を攫って育てた吸血鬼も強かったが、突然死んでしまった。
彼は、二人の大事な友人だった。
「あれは……あいつが死にたがってたからだよ。自分の為に……和也を縛るために」
「うん、ごめん。……もう言わないから」
泣きそうなタツヤに、ユウイチが微笑んだ。
「何が有っても、死なない、約束するよ」
パリは、特別に吸血鬼が多い場所だが、誰より強く美しい吸血鬼は、この二人だった。
********
預けたニノが気になって、潤は眠れなかった。
何度も死んで、蘇った従兄弟の少年は、14歳のままで。
同じ歳の自分とは、段々歳が離れていく。
最近は、子供のような行動も拍車がかかっていて、今では自分の小さな弟のようだ。
人間だった彼のことは、諦めた。
後悔も、悲しみも、何とか乗り越えた。
彼が幸せに暮らせるなら、それで納得しようと、吸血鬼の彼を受け入れることを選んだ。
「でも……カズは、どうやって生きて行くんだろう。俺より長く生きて」
しかし、長く生きられるのか。
主人が死んだら、灰になる運命だ。
殺されることもあるかも知れない。
「いっそ、俺も吸血鬼になりたいよ」
そうしたら、守ってあげられるかも、と本気で思った。
……自分の幸せなんて、とっくに忘れてしまった。
幸せにすることでしか、もう幸せは無かった。
********
夜更けの薄暗い部屋。
目が覚めたニノは、自分がどこにいるか、すぐ分からなかった。
(あ……ここ、あの子の家だった)
キョロキョロすると、亀梨が見えた。
人形のように綺麗な姿で、ぼんやりソファに座っていた。
「何してるの?」
ニノが声をかけると、亀梨がゆっくりこちらを見た。
……人間とは思えない、吸血鬼と同じ気配だった。
「目が覚めた? 大丈夫?」
亀梨がそう言って微笑んで、ニノは誰かのようだと思ったが、誰か分からなかった。
「うん、起きた」
ベッドから降りると、亀梨の隣にピッタリとくっ付いて座った。
「ねえ……亀梨君」
「なに……?」
少し、躊躇って聞いてみた。
「忘れてること、ある?」
一瞬、目を見開いたが、フッと諦めたように笑って答える。
「あるよ。多分いっぱい」
「僕もあるみたい。……恐くない? 思い出したらどうしようって」
「無い……と思う。生きてる方が恐い。何して良いか分かんない」
人の子供のような吸血鬼のニノと、吸血鬼のような人の少年。
「したいことないの?」
「ないよ……分かんないけど」
顔色の悪い亀梨を見てニノは、考えて聞いた。
「今って、夜中? 人間の子なら、お腹空くんでしょ? 食べた?」
「お昼にみんなと食べたよ?」
食事が苦手な亀梨は、一日1回食べれば、いいと思ってるようだ。
ニノは、部屋の中を歩き回って、冷蔵庫を見つけた。
その中に翔が食べきれなかった、お菓子や果物を置いていった。
「食べた方がいいよ? 僕もよく倒れた……あれ?」
スルッと勝手に口からこぼれた言葉にドキッとする。
薄く覚えているけど、はっきりしない、昔の記憶だった。
「どうしたの?」
亀梨が、優しく首を傾げて聞いてくる。
「うん……分かんない」
冷蔵庫から、りんごを出して亀梨の隣にまた座った。
ちょっと考えて、ニノが微笑んで言う。
「ねえ、口開けてごらん?」
「……?」
不思議そうな顔で口を開ける。
ニノがリンゴを一口齧ると、口移しで亀梨の口に運んだ。
りんごのカケラが、口に入って『噛んで?』といわれる。
噛むと、喉を通ってりんごは、消えていった。
「あ……」
ニノがジッと亀梨を見ていた。
亀梨の前に、消えて飛んでいた記憶が蘇り、ぐるっと彼の周りを回った。
遠い日だ。
攫われて、食事を拒んでいた幼い子供だった亀梨は、弱って動けなくなった。
吸血鬼の男に、優しく抱かれて口移しに、リンゴを食べさせられた事があった。
『噛んで……? 少しでいいから食べて? 和也』
優しい低い声。
大きな手も、腕も、優しかった。
りんごは冷たくて、美味しかった。
ゆっくり、ゆっくり、長い時間をかけて、食べさせてくれた。
『お願い、和也。死にたくないなら……食べて?』
死にたくなかったから、口を開けた。
……ただ、生きたくは無かったけど。
「1つ、思い出したよ。こうして食べさせて貰ってた。死にたくないって、美味しいって思ってたよ」
「良かった。僕もこうして貰ってたみたい。ちゃんとは覚えてないけど……」
ニノが、寂しげに笑った。
「ちゃんと……思い出したいけど。……わかんない」
知らずに亀梨の目から、ハラハラと涙がこぼれた。
美しくて強くて残酷な男だった。
酷い目にあうたび、綺麗な思い出は、飛んで消えてしまっていた。
辛く渇き切った記憶の中に、優しい記憶が眠ったままだった。
「ふふ……俺……なんで泣いてるんだろ」
亀梨を見て、ニノの目からも涙がこぼれた。
「……僕は、わかるよ。だから泣いていいよ? 一緒に泣こう?」
「うん……」
寄り添って、声もなく泣く二人の子供を、月が窓から照らす。
――宗教画のようだった。
そっと、様子を見に来た大野が、ドアの影で見守っていた。
(ニノ、覚えてたんだ)
ニノが、まだ小さな頃、大野が同じように食べさせてやった事があった。
あの子には、大野の血と記憶が、体の中を流れている。
そう思うと、単純に嬉しかった。
覚えてなくても、無事ならそれで良かったけれど。
ニノが、あの日、別れを選んだのは、間違っていなかった。
そうするしか、二人とも、生きていなかっただろう。
生きている事が、何より正解を引き寄せる力に変わる。
殺さずに、死なせずに済んで、本当に良かったと大野は、感謝したくなった。
(ニノ……これからも、守ってやるから)
大野は、こっそり心で呟いて、部屋を後にした。
********
…………明け方。
辛抱強く待っていたが、少年は帰らない。
探しに行こうかと玄関まで行くと、ニノが立っていて、浅間が驚いた。
「ただいま」
何事もなかったように、浅間に飛びついて、上目遣いに甘えてきた。
「……りんご食べたい。食べさせて?」
「りんご? ……めずらしい」
「うん。浅間さんが食べさせて?」
「……わかったよ。その代わりに2度と勝手に消えるな。……いいか?」
「うん」
浅間は、ニノを選んで、大野から攫った。
そしてニノは、浅間を選んでくれた。
何かあっても、こうして帰ってくる。
浅間は、笑顔になっていることが、自分でもおかしかった。
長すぎる人生で、今が一番幸せだった。
********
雅紀は、宣言通りに亀梨を、毎日教室まで呼びに行っては、一緒に過ごしている。
もちろん、翔と潤も一緒だ。
そこへ大野が来たり、たまにニノが浅間に内緒で来たりしている。
雅紀が、何を思ってるのかは実の所、誰も分からない。
本人もわかってないかも知れない。
いつも、彼は優しくしたいとき、躊躇うことがない。
亀梨が、少しづつ柔らかく笑うようになって、皆も笑顔になった。
理由は分からないが、成果は出ている。
みんなで一緒に幸せを感じられるなんて、幸せだと翔は思った。
(このまま、ずーっと一緒にいたいなあ)
「今日は、この雅紀君が手品をします!」
おお! と盛り上がった2秒後には、手品のタネが見えて、全員で爆笑している。
大野が離れて見ていた。
(子供は、元気で可愛いなあ)
何より翔が嬉しそうだと、見てるだけで幸せになった。
それは、吸血鬼には、ありえない事だった。
********
「大野さん。俺も行く」
「どうしたの?」
また一人で、外出しようとする大野を翔が止める。
「……血とか吸いに行くの? 俺が行くと邪魔?」
大野が破顔する。
翔の気がつくような時に、そんなことはしない。
……バレたこともない。
置いていかれるのが、寂しいのだと、すぐに気が付いた。
「翔ちゃんも行く? まあ、見回りかな? ここはテリトリーだし」
「いいの?」
嬉しそうに笑う翔が、可愛かった。
「うん。翔ちゃん遠慮しないで、何でも言って? 何でもしてあげるから」
翔は、ちょっと考えて言ってみる。
「じゃあさ、キスしてって言ったら?」
そう言って、あははと笑う。しないと思ってるからだ。
「ああ、できるよ?」
「……えっ?」
いきなり抱き寄せて、口付ける。
「えええ?!」
翔がびっくりして、声をあげる。何とか大野から離れようとして転びそうになった。
「ほら、また好きになった?」
大野が笑って、翔の手をひいて、また抱き寄せた。
今度は、もう少し長いキス。
翔の息が上がったところで、そっと離した。
大野が、翔の顔を見ながら言う。
「……やっぱり、もうしない」
「ど、どういう意味?」
大野の言う意味が、分からない。
「したくなったら、翔ちゃんからキスしてよ? 俺、今まで自分からしか、したこと無いんだよね?」
悪戯っぽく笑って、翔の頬に軽くキスを落とした。
「早く、もっと好きになって?」
こんな綺麗な顔で、こんなこと言われたら瞬殺じゃ無いかと、翔は返事もできずに、腕の中から動けなかった。
「なんか……ずるい、大野さん」
「今頃、わかったの? 吸血鬼だからね? 俺」
そう言って、微笑んだ。
吸血鬼は、人のように、優しい悪魔のように、狙った獲物は逃さない。
幸せにするまで、きっと離してくれない。
綺麗な姿で、綺麗な心を捉えてしまう。
きっと魅入られたら逃げられないと、翔は改めて思った。
<end>第11章へ。