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*お話の全てはフィクションです。
第7章「薔薇の悪戯」(1)
(1)
薔薇の香りに誘われて、
悪戯に手折ってしまいそう。
これから咲き誇るかもしれないけれど、
今のままで手に入れたかったから。
だけど。
昔、手折ったばかりに、
盗まれた薔薇を想って我慢した。
*********
翔少年は、寝不足だ。
最近は、何故か管理人さん(大野)が、翔の学生寮の部屋で勝手に同居しているからだ。
自分の部屋に帰れと言っても、『ヤダ』の一言で聞いてくれなかった。
「あれ、翔ちゃんまた寝られなかったの?」
昼休みの校庭の芝生で、お昼ご飯もソコソコに、なんとか寝ようとしている。
その様子を見て、親友の雅紀と後輩の潤が笑う。
潤は、ニノの従兄弟だ。
「うん、だって大野さん朝まで、俺の部屋でバタバタ遊んでるんだもん」
「なにそれ? 何してんの?」
「テレビ見たり、漫画読んだり、ゲームしたり」
「あはは、楽しそうだねえ! 映画のBD貸したげようか?」
「俺、夜は眠りたいんだってば! あの人は、俺の授業中寝てるから元気だけどさあ」
雅紀と翔の会話を、潤が笑顔で聞いている。
「俺も楽しそうだと思うよ。よく俺もカズと一緒に寝てたなあ」
「潤の従兄弟の子? いなくなった子?」
「うん、可愛かった。同い年なのにね」
雅紀に微笑んで答える潤に、翔は心臓がキュッとした。
ニノは、浅間という吸血鬼に攫われた少年だった。
「翔さんの事も、管理人さん可愛いからじゃない?」
「可愛い……って感じじゃ無いけど」
翔に大野はまるで、遠慮が無い。
大野は、ワガママで、気まぐれで。
気が付くと自分は、こき使われてる気がする。
「なんか、こき使われてるよ? 俺」
「ふふ、羨ましいよ。俺もカズにワガママ言われたい」
「潤の従兄弟なら、可愛いよね。俺も会いたかったな」
本当は、潤の知らない所で、雅紀はニノと会った事がある。
ただ、記憶を消されてしまって覚えていなかった。
翔は、潤の気持ちが切なくて、悲しかった。
**
大野は、翔の授業中は、ひたすら翔のベッドを占領して寝ている。
何か知らないが、翔が最近は少し変わったからだ。
悩み事でもあるのかと、できるだけ側にいるつもりだ。
先日、自分が留守にして帰ったら、泣きながら寝ていたのも心配だった。
大野の思いやりは、そのまま翔を困らせているが気にしていない。
思いやりそのものが、大野のワガママでもあったからだ。
大野は吸血鬼だ。
強くて、長い寿命と体力を持ち、獰猛さ勝手さも、単独で生きる生物そのもの。
望めば何でも出来るのに、わざわざ隠れてこんなところで、静かに暮らすのは彼だけだ。
**
「大野さん」
「ん? なあに」
夕食の後は毎日、大野と部屋でココアやコーヒーを飲んでいる。
ホッとする癒しの時間でもある。
少し前までは、こんな時間が戻らないように思って悲しかったけど。
「あのさ、大野さんて何歳?」
「年ぃ? ……ええ〜分かんないなあ。もう長いからなあ。なんで?」
大野が、飲み終わったカップを机に置いて、翔の方へ向き直った。
このカップは、翔が新しく買ってくれて、お気に入りになった。
「いや、吸血鬼でも死ぬことあるんでしょ? 俺、大野さんの家族になったらどうなんの?」
「吸血鬼だって、生き物だからな。病気は無いけど、同族と争って死ぬ奴は多いよ。事故で大怪我したら、普通に死ぬし」
翔に笑ってそう言う。
「翔ちゃんの生きてる間は、死なないから大丈夫。家族になるのも急がないよ。おじいちゃんになってからでも、良いよ」
「おじいちゃんて……。人間を家族にするとどうなるの?」
大野は、少し黙ってから、翔に言った。
「聞いたら、嫌じゃない? 俺のこと嫌いにならない?」
「ならないよ?」
「……翔ちゃん、年頃だよね? 女の子とまだ付き合ってないの?」
「い……いきなり。付き合ってないよ、なんで?」
うーんと、困った風に大野が唸る。
「俺みたいに、家族が欲しい奴よりも、人形を欲しい奴が多いんだよね」
「……なんか違うの?」
翔は、大野が珍しく、話しずらそうにするのが不安になる。
思わず、両手を握りしめた。
「……人形はさ、主人と関係するんだ。人間みたいにね。そうして主人が教えるんだよ、人間を誘惑させる為に」
「誘惑させる?」
「言い方はよく無いけど。生贄を攫って来させるんだよ、誘惑して吸血鬼に引き合わせるんだ。後は単純にその子を自分のものにしたいってのもある」
「え……。家族は違うの? ニノは……?」
翔は知らないうちに、冷や汗が出てきて、自分の襟元を握りしめた。
「……普通、違わない。ニノは……家族になるって言ってくれた日に、全部俺のモノにした。攫われるあの日まで、毎夜……会いに行った」
翔は、ショックで言葉が出なかった。
気が付いたら、涙を流していて、身体中震えて止まらなかった。
「…………嘘」
大野は、翔を辛そうに見つめて、優しく抱きしめた。
「ごめん……。言うんじゃ無かったな」
翔は、頭が働かない。
優しい大野が、吸血鬼だと改めて思い知らされた。
「……それって、ニノも同意したの?」
「そんな考えは無いんだよ。血を吸われた人間は拒否できない。こっちの思い通りにできるから」
年齢よりも、さらに幼い子供みたいだった少年が思い出された。
潤が知ったら、どうするだろうか。
きっと翔のように、いやそれ以上のショックを受ける。
大野が悲しそうに、翔を見つめて涙を拭ってくれるが、さらに涙が溢れてくる。
「ひどい話だよね? ……俺も今なら分かるよ。吸血鬼は、皆そうなんだ。……でも、もうしないから。俺の事を嫌いにならないで?」
「大野さん……」
その夜は、その後一言も話せなかった。
話そうとすると涙が止まらないから。
大野に抱きしめられたまま、泣き疲れてその日は眠ってしまった。
まだ、恋も知らない少年には、理解できないし、ショックが大き過ぎた。
吸血鬼は、気まぐれに人の人生を奪う。
人格も、意思も、大切な人からも、奪い去り人形にする。
そして多分、その後は……。
翔は、理解できないけれど、大野を嫌いになることが出来ないことだけは分かっていた。
それが少年を、よけいに悲しくさせる。
大野は、いつも翔に優しくて、色んな驚きを見せてくれた。
振り回されて、喜びと悲しみを繰り返し、分からなくなって抱き締められる。
抱きしめられた腕からは、もう逃げ方なんて、わからなかった。
+裏話+
このお話の大野さんは吸血鬼です。
同族に恐れられる伝説の人です。
その大野さんと張り合える
怖い人が浅間さんです。
大野さんは純粋です。
でも、吸血鬼で大人なんです。
翔くんがお気に入りなのです。
だから翔くんが、
驚きすぎないように。
自分が嫌われないように。
ちょこちょこ嘘をつきます。
ここまでも、ニノちゃんの話は
嘘ついてましたね?
悪気もなく嘘ついちゃうんです。
優しくしたいから。
泣かせたくないから。
可愛い子のため。
大人の愛情表現です。
翔くんが信じる大野さんと。
恐ろしい魔物の大野さん。
大野さんの本当の心の底。
純粋な心は、時に恐ろしい。
その怖さが、吸血鬼の怖さ。
このシリーズの怖さです。
幸せな結末まで少し長いです。
でも最後は、
皆が幸せになりますからね。