嵐妄想小説
お山妄想(櫻葉・末ズ・大宮)
吸血鬼・ダークファンタジー
(ゆるい百合あり)
お話の全てはフィクションです。
(8600超文字数)
第4章『白い薔薇の蕾〜僕はまだ恋を知らない〜』
白い薔薇の蕾の花言葉は『恋をするには若すぎる』
「若すぎるなんて、おかしいわ」
たくさんの白い薔薇の蕾に囲まれて、美しい人が呟いた。
***
少し肌寒かった日々は終わり、暖かい日が増えてきた。
季節が移る間(はざま)は一瞬で、同じ月とは、思えない。
移りゆくものたちにも、まだ気が付かない高校生男子達は、有り余った元気の使い道を選ぶのに忙しい。
学生寮の管理人は、目を細めて微笑んで、そんな子供たちを眺めて暮らす。
どれも、これからの花の蕾のようだと毎日思う。
平和で幸せな時間だ。
ただ、唯一管理人の気掛かりは、管理人代行である一人の男子学生のことだ。
毎日、色々何かに追われて忙しそうなので、なかなか自分の相手をして貰えなかった。
今日も管理人室で、櫻井翔少年は忙しい。
その原因は、もちろん働かない管理人で、吸血鬼の大野智のせいである。
百人を越す人数の学生寮には、毎日毎日、恐ろしい数の荷物が届き、色々な手続きが山のようにある。
その仕分けで、毎日の放課後の貴重な時間は消えてしまう。
「翔ちゃん、まだ仕事終んないの?」
「はあっ? あなたの仕事なんですけど?! なに言ってんの?」
「でも代行は、翔ちゃんだもん。早く終わらせてね?」
呑気な大野は、翔が青筋立てて怒っても、ハハハと笑うだけで働かない。
翔は、なんとか最後の仕分けが終わると、大野のベッドに倒れ込んだ。
「だあああ……。疲れた。もうダメ」
「翔ちゃん、偉かったね」
大野は倒れている翔の頭を、いつもこうして撫ぜてくれる。
優しくて温かい手は、小さな子供へ帰ったような気持ちにさせてくれる。
本当はすごく嬉しいけど、大野に言ったことは無かった。
「大野さん、俺がいなくなったら、どうすんの? この仕事。また誰かを雇うの?」
「いなくならないから。このままだよ」
「なんで? このままなんて卒業したら無理じゃん」
「卒業すんの?」
「当たり前でしょう? それにさ、無い事だけど……もし、俺が死んだら……」
そこまで言いかけて、ギョッとする。
大野のオーラが、音が聞こえそうなほど赤く燃え上がった気配がして、怖くなって黙り込んだ。
「死ぬとか二度と言うな!」
「ご……ごめんなさい……」
滅多に無い大野の怖い顔を見て、翔は彼が『吸血鬼』なのだと、改めて思い出した。
大野は、しばらく黙って何もない空間を睨み付けていたが、ふっと息を1つ吐くと、纏う空気が変わった。
そして怯えて黙って動けずにいた翔を見て、優しい顔で微笑んだ。
「翔ちゃん、怒ってごめん」
「ううん……俺こそ変な事言って……」
「でも、二度と言わないで」
大野が優しく翔を抱きしめて、呟いた。
**********
日曜日は、翔の唯一の自由な時間だ。
学生寮にいる翔のところへ、毎週のように幼馴染の雅紀と、まだ1年の潤が遊びに来てくれる。
陽射しの気持ち良い校庭の公園のエリアにある芝生で、ダラダラ過ごす。
「翔ちゃん、彼女とか作んないの?」
「え? どうして?」
「いや、モテそうなのに女の子の話もした事ないじゃん? 興味ないのかなって」
「翔さんて、モテそう」
「潤に言われてもなあ。お前のがモテそうだけど」
「モテてるよ! この間も違う学校の女の子に、校門で告られてたでしょ?」
「な、なんで知ってんの?」
「すぐ、学校中の噂になってたよ」
「へええ。潤はすごいなあ」
この学生寮に入る前は、受験生だったから告白されても断っていたし、ここに来てからは管理人代行が忙しくて考えたことも無かった。
「俺は、管理人代行してるうちは、無理かなあ」
「翔ちゃんて、真面目だもんね」
「って言うかさ、あの人……管理人さんて……翔さんに恋人とか出来たら。どうするのかな……?」
「え……」
「潤、なんでそこに、管理人さんが出てくるの?」
管理人が吸血鬼だと知ってるのは、翔と潤だけなので、雅紀には意味が分からなかった。
「あの人、どうするかなあ」
「? なんで管理人さんが関係あるの?」
翔は、吸血鬼のことは、よく分からない。
聞いているのは、不死身では無くて、寿命が千年から、二千年あること。
その果てに細胞の寿命が尽きて、灰になって死んでしまうこと。
太陽も、何も怖いものは無いこと。
吸血鬼の本性が現れると体は、大きく変化して別人のモンスターのように獰猛になること。
単独行動しか取れないので、勝手でワガママで、嫉妬深い。
テリトリーは絶対で、同族はそれを破ると殺し合いになること。
たまに、血の洗礼で家族を作ること。
家族(吸血鬼)になったら二度と、戻れない。
主人の吸血鬼の血を分けて貰うことでしか生きていけない。
逃げたら、それは灰になって死ぬだけだ。
翔は成り行きで、大野の家族になることを約束してしまった。
大野は、そばにいる間は、人間のままで良いという。
血の洗礼は、一度死んで蘇ることだ。
もう、この世界にはいられなくなってしまう。
「翔さんは、管理人さんをどうするの?」
「う……ん、わかんないんだよな」
「ニノの時みたいに、ならなきゃいいんだけど」
潤の同じ歳の従兄弟の少年の二宮和也は、大野が大切にしていた家族にする約束をしていた子だ。
色々なことがあった挙句に、潤と大野から、別の吸血鬼が攫っていってしまった。
14歳のままで、この世界のどこかに連れていかれてしまった。
大野の愛情と執着は凄まじくて、他人に渡したくない為、ニノを自分の手で二度も殺そうとした。
翔が止めなかったらニノは、潤の前で殺されていただろう。
「よく、俺もわかんないけど、翔さん気をつけてね?」
潤が心配そうに言ったのを見て、雅紀が一人で、ぐるぐるしている。
「ねえ! 俺だけわかんないのは、嫌なんだけど!」
「あはは、ごめんごめん。そのうち話すから」
明るい陽射しと空の下では、自分が吸血鬼になるなんて、とても想像がつかなかった。
**********
「櫻井君、私と友達になってもらえませんか?」
突然、その日はやって来た。
それも、全く初めて行く大学に通う女性から声をかけられた。
「翔ちゃん、知り合い?」
「いや、初めて」
翔と雅紀2人で、学校からは離れた大学の食堂が美味しいと聞いて、ランチを食べに行った時だった。
突然、真っ白な色のワンピースを着た長い黒髪の細身の女性が、声をかけて来たのだった。
「ダメかな?」
翔と雅紀が2人、唖然とテーブルから固まってその女性を見上げていると、もう一度聞かれた。
雅紀が、翔を見て何か言えと、表情で語る。
見知らぬ人の申し出は、流石にどうして良いか、2人とも分からない。
「何で、俺を知ってるんですか?」
「前に、駅でお会いしたんだけど」
「駅……。あ?! もしかして?」
「そうですよ、地下鉄で貧血起こして動けなかったのを、助けてもらいました」
先週、買い物へ行った帰りに、地下鉄でしゃがみ込んでる女性を介抱して、駅員を呼んであげた。
「お名前は、駅員さんに聞きました」
「あれ、名前言ったっけ……」
「駅員さんが知ってたから、仰ったんじゃないかな。再会できて嬉しいです。まずは友達になってもらえませんか?」
「ええ? ……本当に?」
「翔ちゃん、友達なら良いんじゃない? ね?」
「うふふ、お友達の許可がおりましたよ? 取り敢えず連絡先渡しますから。今度遊びに行きませんか? お友達も」
彼女は、茜というココの大学生らしい。
美しい艶のある髪は、誰かを思わせた。
大きな瞳に、綺麗に引いた赤い口紅がよく似合う。
よく見れば高そうな洋服は、彼女の上品さを引き立てている。
翔は、美しく物怖じしない明るい彼女に圧倒されて、今度の土曜日に出かける約束をしてしまった。
「翔ちゃんっ、なんか年上って違うよね?」
「そうだね、でもどうしよう? 一緒に行くよね?」
「俺を置いて行ったら許さないからね!」
雅紀は、嬉しそうだ。
彼女は、他にも友達を連れてくると言った。
(ああ……でも、大野さんにどう言おうかな……)
大野のニノへの執着心を思い出すが、どうなのか。
***
翔は、大野が怒るかも……と思いながらも、隠したくなくて。
帰宅して管理人室ですぐに報告した。
「へえ、すごいじゃん! 良かったね、翔ちゃん」
拍子抜けするほど、大野は機嫌よく聞いてくれた。
「あの、嫌じゃない? 怒ったりしないの?」
「なんで? 年頃だろ? <発情期>なんだから、遊んでおいでよ」
「発情っ……?!」
「そうだよ、みんな女の子と色々付き合って、落ち着いたら結婚するんだろ? 普通のことだよ」
「俺、大野さんの家族になるんでしょ? 結婚て……」
「ああ、結婚して構わないけど? いつでも良いし」
「あの……じゃあ、なんでニノは……?」
フッと大野が、遠い目になった。
「ニノは、俺が作ったから。ニノが俺を選んでくれたんじゃない、俺が決めて俺を選ばせた。血も飲ませてた。だから今だって……ニノは俺のモノだと思ってるよ」
「大野さん……」
「でも、やっと最近になってニノは可哀想だったなって思う。……翔ちゃんに会ったから」
窓の外を見ながら、思い出すようにが話す。
翔は、初めてニノに会った時を思い出した。
あの吸血鬼と大野が対峙してる最中、自分が思ったことは、正解だった。
「翔ちゃんも、そう思ってたろ?」
「…………うん。ちょっと思ってた」
「ニノは、もうとっくに俺の人形にしてしまってた。ニノにも気持ちがあるとか、人生があるとか、考えたことなかった。……もう遅いけど」
寂しそうな大野の横顔は、長く生きて年老いた、生き物の哀愁があった。
「もう、誰にも可哀想なことはしない。翔ちゃんみたいに、吸血鬼にしなくても人間のまま、仲良くできる子がいるって分かったし」
大野は、笑っていたけど、翔には悲しそうに見える。
自分の間違いを認めるのは、辛かったに違いないからだ。
「翔ちゃん、ちゃんと自分の人生を生きて良いんだよ」
「…………うん」
恐ろしい吸血鬼が初めて、人へ歩み寄った瞬間だった。
*********
翔と美人と出かけるのに、雅紀は前日からお騒ぎで用意している。
潤もそれに付き合わされて、家に帰してもらえない。
学校の近くのショップで、翔と雅紀と潤は色々買い物していた。
「雅紀さん、もう俺は帰りたいんだけど?」
「待ってよ、服買いに来たんだから、選ぶの手伝ってよ。潤はこの間の子とデートしないの?」
雅紀と翔がジッと潤の返事を待つと、苦笑して答えた。
「そんな気にならないんだ、今は誰とも付き合いたくない」
「そうなの? 女の子可哀想じゃん?」
雅紀は、そう言うとまた店の奥に、何かを探しに行った。
ちょっと考えて、翔が小声で聞いた。
「潤。それってニノの……」
「……俺だけ、人生が前に進むのが……何だか嫌なんだ。……仕方ないんだけど。もう少しこのままでいる」
14歳で消えた従兄弟を思う、潤の綺麗な顔が切なかった。
***********
翔は、一人で学生寮の部屋で考えた。
自分の人生って。
何がしたいとか、特別なことは何も無かった。
本当言うと、大野に会って色々なことがあり過ぎて、普通のことは考えなくなった。
以前は、女の子も興味があったし、就職どうしようかとか、資格は……忙しく考えていたことが全て、今はもう古い雑誌のように思われた。
非現実を、多く見すぎた副作用かもしれない。
明日、雅紀とあの女性達に会うことも、億劫に思ってしまう。
大野と潤の顔が浮かぶ。
正解が出ないまま、翔は考え疲れて眠ってしまった。
**********
翌日。翔と雅紀は、大野に手を振って明るく出かけて行ったまま、門限を過ぎても、夜中になっても帰らなかった。
大野は、まあ若い子だから、はしゃいでるんだろうと、特に気にもせずにいた。
しかし夜中の3時を過ぎて、おかしいと思い始めた頃、突然、雷鳴がして大雨になった。
雨を見ながら、学生寮の玄関で大野が翔を待っていた。
「翔ちゃん、おっせえなあ。雨もひどいし、探しに行くか」
独り言を言い終わって、気がついた。
いつの間にか女性がそばに立っていた。
それは黒髪の美しい茜だった。
大雨なのに、一雫も彼女は、雨に濡れていなかった。
「……誰だ?」
「大野さん、こんばんは。お迎えに来ました。てっきり貴方なら、すぐ追いかけて来ると思っていたのですが、来られないようなので」
「……何したんだ?」
「何も。ただ貴方にお会いしたかったので、櫻井君をお預かりしました」
大野が黙って茜の首を片手で掴んで、殺気の籠った目で睨みつける。
「怒らないで。翔君は大切に預かっていますから。お願いを聞いて欲しいだけです」
「お前……誰なんだ? お前から知ってる奴の匂いがするぞ」
「ええ、大野さんの知り合いが、私の大切な人ですから。……大人しく一緒にいらして下さい」
彼女の夜の闇のように暗く黒い瞳は、大野よりも獰猛な光を放っていた。
**********
茜に案内されて、大野が大きなビルに入ると、ビルの中にある庭は、たくさんの白い薔薇の木が蕾をつけていた。
高層ビルは、不思議な作りのようで、庭を通り扉を超えると、景色が変わった。
まるで、昔の宮殿の中のようで、長い廊下を進むとさらに、からくり屋敷のようにドンドン扉も壁の色も変わる。
帰り道の方向が、わからなくなった。
最後のドアを開けると、大きな窓のある部屋の中央に、大きなベッドが有って、美しい女性が寝ていた。
「おまえ……ヒルダか?」
大野が女性に声をかけると女性が起き上がった。
グレーの艶やかな長い髪、真っ白な肌。透き通った薄いグレーの瞳に、真っ赤な唇。
20代に見える神々しいまでに美しい女性の目は、千年を生きた老婆のようで感情が読めない。ただ、随分弱っているために、吸血鬼のオーラはもう無かった。
「今は、貴方は『大野』って言うのね、探したわ。ごめんなさいね。驚いたでしょう?」
「翔ちゃんたちは、どこだよ?」
大野がベッドまで詰め寄ると、茜が二人の間に入って告げる。
「大丈夫、楽しそうにみなさん遊んだから、疲れて眠ってるだけ」
「嘘だったら、このビルごと壊すぞ? ヒルダ」
ヒルダと呼ばれた女性が、楽しそうに笑う。
「相変わらずだけど、随分優しくなったのね。貴方、昔は浅間の百倍恐ろしかったのに」
大野が、サッと顔色を変えた。
「浅間に会ったのか?」
「ええ。海外でね。びっくりしたわ、貴方の血の匂いのする子供をあの男が連れてたから」
考え深げにヒルダが、大野に話す。
「それで、どうして翔ちゃんを攫うことになるんだよ」
「浅間が連れた子供のように作って欲しいのよ、この茜を」
ヒルダは、茜をベッドに腰掛けさせる。
「どういう意味だよ」
「浅間の連れた子は、人形になっていなかった。人間の感情のまま吸血鬼になっていたわ。理想よね? 貴方の血がそうさせたんでしょ?」
大野は、心底嫌そうに顔を歪めた。
「偶然だ。やり方なんて分かんないよ。あの子には10年以上かけて血を与えてた。それをいきなり浅間に攫われただけだ。記憶や感情も、あの子の力だよ」
「そう、それならこの子にも貴方の血を与えてちょうだい。試す価値があるわ」
「お願いします。血の洗礼を受けさせて貰えないんです、私」
茜が、必死の顔でお願いをしてくる。
「なぜ? ヒルダに血を貰えば済むだろう?」
「この子を、人形にしたくないのよ、私」
「でも、私はなりたいんです。このまま一緒にいたいから。でも……」
大野は、ヒルダの気持ちがわかった。
この茜という子を、大切なだけ血の洗礼を与えたくないのだろう。
「茜は、わかっていないの。この子が私を好きなのは、私が血を吸ってきたからよ」
「ああ、そうかもな」
大野の頭にも、ニノの顔が浮かぶ。
今は、もう分からない。
大野を……自分を好きだと言ってくれたのは、ニノの本心なのか、血を吸い血を与えたからなのか。
多分、ニノ本人だって、わからないだろう。
今は浅間を愛してると、思い込んでいるかもしれない。
茜が、綺麗な髪を振り乱して、地団駄を踏んで叫んだ。
「違う!」
大野とヒルダを交互に見つめると、自分の胸に手を当てて泣き出した。
「……たとえ、そうだとしても、好きなのは変わらないでしょう? 誰がどうやって証明できるの? こんなに苦しいのは好きだからでしょう?」
「いいのか? ヒルダは……多分もうすぐ死ぬぞ? 血の洗礼を受けてヒルダが死ねば、お前も灰になる」
「一緒に死にたいから、頼んでるのよ!」
ヒルダが、悲しそうに笑う。
吸血鬼の彼女の弱り方は、すぐ近い死を感じさせた。
「やはり貴方には、わかっちゃうわね。浅間の連れた子にしたいっていうのは、ただの口実よ。貴方に会えば、この子も諦めるかと思ったんだけど……」
ヒルダの言葉に声もなく、茜が涙をただ流している。
大野はヒルダの前に跪き、白い手を握ってやると静かに言った。
「おまえのことは、よく分かってるよ。同族でも有名な薔薇の女王だった。綺麗で残酷で、たくさん愛されて、たくさん殺して千年だ。自分の為にだけ生きたんだ。最後くらいは、この子の責任をとってやれよ」
茜がその言葉に、ハッと顔をあげる。
「だって……私が辛いのよ。茜が可哀想なのは」
「それが、責任だろう? 俺も出来ることなら、浅間からあの子を取り返して、責任を取りたかったよ。良いじゃん、この子の気持ちを受け止めてやれよ」
大野は、騎士が姫にするように、ヒルダの手に口づけを落とすと立ち上がった。
ヒルダは、その大野を見て不思議そうだ。
「本当に変わったのね。貴方こそ、美しい残酷なキングだったのに。茜の連れてきた子の血を吸ってないでしょう? 与えてもないわね? どうして?」
大野は、優しい笑顔で冷たく言い放った。
「俺は、間に合ったからな。気が付いたんだ。……選ばれて愛される方が、嬉しいことに。さあ! 分かったならヒルダ、あの子達を返せ! でなきゃ今すぐ、この女も、お前も殺す!」
冷たく美しい彼の昔の姿が、ヒルダの目には今の大野に重なった。
茜がそっと、翔たちのいる部屋を指さした。
「大野さん、私は謝らないわ。でもありがとう。ヒルダと死ねそうよ」
美しくて恐ろしくて、自分のためだけに、生きて死ぬ吸血鬼。
茜は、心はとっくに吸血鬼になっていた。
これから、咲くはずの薔薇は、蕾のまま死ぬことを選んだのだった。
**********
翔と雅紀は、目が覚めたら学生寮の翔の部屋で寝ていた。
「あれ、俺たちどうやって帰ったっけ?」
二人とも、帰る時のことは、まるで覚えてなかった。
昨日、茜たちと白い薔薇の蕾のあるビルへ遊びに行って、お茶しながらたくさんおしゃべりした。
人形のように綺麗な女性が3人もいて、雅紀と翔のために話し、お茶を淹れ、ビルの中の施設を色々使わせてくれた。
綺麗な女性の中でも、一際、茜は知的で、優しく綺麗だった。
その美しい姿の影に、見えるモノがあった。
それが誰かに、似てると翔は思いながら、彼女の恋の話を聞いていた。
「会ったのは、子供の頃なの。綺麗で優しくてね。毎日会いに来てくれたのよ。だからもう、10年以上好きなのよ」
「え? じゃあ、翔ちゃんと付き合いたいんじゃなかったの?」
「ふふふ、ごめんなさい。でも友達になりたいのは本当よ? 櫻井君と私の好きな人は多分とても似てるから」
「え? 俺……好きな人なんて、今はいないんだけど……」
「そうなの? じゃあ、まだ恋を知らないんじゃない? だから分からないんだわ」
「ど、どういう意味?」
茜が笑うと、他の女性たちも合わせて笑う。
それこそ人形のように。
笑い声と白い薔薇の蕾が、グルグル回って、景色が歪んでいった。
その後は、雅紀も翔にも……記憶が無かった。
**********
その日のうちに、大野が翔に言い渡した。
「翔ちゃん、門限破ったから1ヶ月外出禁止ね?」
「えええええ! やだよお!」
「ルールだからね。俺が管理人だから」
「勝手な時だけ、管理人なんだから」
勝手な管理人にブツブツ言いながらも、翔は渋々、納得する。
大野は、嬉しそうに笑う。
拗ねた翔も可愛いからだ。
天気が良いから、二人で校庭の公園の芝生で、暇を潰す。
「翔ちゃん、それよりデートは楽しかったのか?」
「うん、多分。でも彼女、他に好きな人がいるって言ってたから、デートじゃなかったよ」
「ふーん。まあ、女の子はいっぱいいるからな。次があるよ」
「……大野さんて、恋人いないの?」
「恋人かあ。どうかなあ。まあ今は、翔ちゃんといる方がいいよ」
翔は、ちょっと考えるが、よく分からない。
「茜さんに言われたんだ。まだ恋を知らないって」
大野は、一瞬その名前に冷たく反応したが、翔は気づかない。
そのまま大真面目に翔が呟く。
「……何人くらい恋愛したら大人かなあ?」
「ハハハ……翔ちゃんは、面白えなあ」
大野が笑いながら、芝生に寝転がる。
翔が、大野の隣に不満顔で寝転がった。
「ねえ、大野さんは、結婚しないの?」
「は?」
大野は今度こそ笑いが止まらなくなって、転げ回って受けている。
「えええ? なんなの? そんなにおかしい?」
茜に案内されたビルは1ヶ月後、オーナーが変わったらしく、別のビルになるため改装されていた。
あの大学に行っても彼女は……もういなかった。
翔と雅紀は、どうしたのかと心配したが、探しようも無かった。
……ただ覚えているのは、美しい茜の笑顔と白い薔薇の蕾。
綺麗で恐ろしい、残酷な吸血鬼。
愛することで、人は吸血鬼に、吸血鬼は人に近づいていくのかもしれない。
<end>
第5章へ。
編集しようとして、こんな話も書いてたっけ?
と驚きました。やはり保管庫作って良かったかも。
書いた本人も忘れてたなんて。^^;
しかし、全編を今の新章の最終回までに投稿できるんだろうか。
切ないお話ですが、彼女たちの生前のお話は、また出てきます。
いつも最後まで読んで下さってありがとうございます。