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吸血鬼・ダークファンタジー
お話の全てはフィクションです。
(12000超文字数)
櫻井翔 は、高校に入学して二度目の春がきた。
晴れて、2年生になって期待していた事がある。
それは、学生寮の管理人の代行業務のバイトが、終わることだ。
2年は進学など色々忙しくなるし、去年は1年で拒否権など無かったから、校長から直々に頼まれたせいもあって、渋々引き受けた。
でも、今年は絶対にやらないぞ!
大体、おかしいだろ。
ちゃんと管理人がいるのに、その仕事の代行人なんて。
…………高校2年になった少年は、そう考えて浮かれていた。
第3章「赤い薔薇の葉」
「ダメ」
「えっ! なんで?」
「代行わっ、翔ちゃんしかダメっ」
「俺、今度2年だよ? 忙しくなるもんっ無理じゃんっ! 1年の子にすれば良いじゃん!」
「絶対に許さないから。絶対にダメ」
学生寮の管理人室に、最後の挨拶をしにいったら、いきなり断られた。
管理人である大野智は、パンツ一枚で寝床に潜ったまま、最後の挨拶を拒否したのだった。
「えええ、なんでだよ? このまえ今年の一年の子、可愛い子いっぱいだって言ってたじゃん! 喜んでたじゃん! 新しい子に頼んでよ!」
「翔ちゃんが、一番可愛いから無理」
「はああ?! 適当なこと言うなよ!」
「ホントだもん。卒業するまで……なんなら一生やってもらう」
「はあああああ?! ……分かった。校長に言うよ! それなら良いだろ?」
「馬鹿だなあ……」
大野が、やっと寝床から起き上がって顔を出した。
「校長は、俺の言いなりなんだぞ?」
「あっ……!」
大野は、謎の管理人と陰で呼ばれている。
校長より、力があるからだ。
そして、翔だけが知っている大きな秘密がある。
…………大野は、千年以上の寿命を持つ吸血鬼だった。
「もうっ、信じらんない!」
興奮した翔は大野に、そばにあったクッションを投げつけて部屋から出て行った。
「イテっ、乱暴だなあ」
小さな子供の癇癪のようだと思いながら、ぶつけられたクッションをゆっくり放る。
「相変わらず、可愛いなあ」
大野は、翔の真っ赤になって怒った顔を思い出して笑った。
***********
大野と翔が知り合って1年経った。
頭のおかしい怠け者の管理人だと思ったら、吸血鬼だった。
しかも、色々有って、将来は大野の家族になる約束をしてしまった。
吸血鬼の家族になると約束したものの、翔はまだよく解っていないのが現実だ。
大野から逃げない限り、血を吸われることも、血の洗礼も受けなくていいと言われたからだ。
吸血鬼の本性を現した時の大野は恐ろしいが、それ以外の時は、翔もそんなことは忘れてしまっている。
優しくて(ほぼ、日常はまるで役に立たないけど)穏やかな大野は、翔が最も信頼している大人だ。
だが、それと管理人代行は別物だ。
なんとしても、辞めたい。
なんとかしなければ、翔は頭をフル回転していた。
**********
「翔ちゃんが今年も管理人代行なの? ってか、学生寮の生徒はみんな卒業まで、翔ちゃんがやると思ってるみたいだけど?」
「なんで?」
「管理人さんがやると、めちゃくちゃなんだって色々。郵便物や宅配物も届かないし、届出書類もなかなか見てくれないしって。やるって言うよりも、やって欲しいんじゃない?」
「……仕事する気ないんだもん、あの人」
大野の適当な仕事ぶりが頭に浮かんで、ため息が出た。
幼馴染の相葉雅紀と、愚痴りながら食堂で購買のジュースを飲んでいると、生徒たちから、音のない感嘆のどよめきのような波がおきた。
見てみると、今年の1年生の一人が食堂に入ってきたようだ。
「お、あの子が噂の今年の新1年の松本潤だよ」
「へえ、試験もトップだったんじゃないかな、先生が言ってた」
整って派手な目鼻立ちに、キツイ目は、印象的だった。
誰もまだ、彼の笑顔を見た事がないらしい。
黙って立っていても、ものすごく目立つ。
地元では、人気者で有名だったのに、最近は変わったと噂されている。
暗くなって、誰ともろくに話さないようだ。
彼は黙って一人きりで窓際のテーブルに座り、ミネラルウォーターを飲んでいる。
そのテーブルに一番近いのが翔と雅紀だった。
「松本君、こっちで一緒に座らない?」
「いや、もう帰るんで大丈夫です。すみません」
笑顔で雅紀が誘ってみるが、礼儀正しく断られてしまう。
その彼の背中が、誰かを思わせた。
……似てると言うより誰かの影を見た気がして、翔はいつまでも見送っていた。
「なんか、カッコイイ子だね。翔ちゃん知ってた?」
「初めて見たよ。あんな子入学式にいたっけ?」
すると隣のテーブルのクラスメートが教えてくれた。
「入学式は、お葬式で休んだらしいよ? 同居してる叔母さんが、亡くなったんだって」
「じゃあ大変だったんだね。だからあんな風なのかな……」
「そうかも。影があるよね」
その影の正体を自分が知るとは、翔は思わなかった。
学校中の噂の新入生は、そんな事には興味も無く、友達と遊ぶ事もなく、黙って授業を受けるとすぐ帰ってしまう。
そんな潤が、校門を出て静かに帰って行くのを、見つめる者があった。
・・・・行方不明になった時の14歳のままの姿。
ニノと呼ばれていた二宮和也だった。
*********
「……え?」
窓から入ってきた風の匂いが変わった事に気が付いて、ベッドでゴロゴロしていた大野が飛び起きた。
「ニノ? まさかな……?」
別の吸血鬼に殺されて攫われた……別れた時のニノの血まみれの姿が頭に浮かぶ。
同族のテリトリーを破ってきた男に殺されて攫われた。
二度と、あの男は大野とニノを会わせないだろう。
嫉妬深くテリトリーに厳しい吸血鬼は、ほとんど単独行動だ。
自分の血を与えて、蘇らせた家族だけをそばにおく。
家族は、主人である吸血鬼には逆らえない。
主人が死ぬ時は、一緒に灰となる運命だ。
あの時、もう少し自分が強かったら。
先に血の洗礼を済ませて、家族にすれば良かったと後悔ばかりしてきた。
その思いが強すぎて、昔のような獰猛な吸血鬼に「完全」に戻る寸前、翔を見つけた。
彼が、今は唯一の、癒しで希望だ。
彼が望まない限り、大野は家族には……しないつもりだ。
血の洗礼は洗脳でもある。
家族にすれば彼の意思など、失くなってしまうからだ。
自分を癒してくれる、幸せに暮らす少年をただ、守ってやるつもりでいた。
**********
潤は、叔母と暮らしていた家に今も一人で住んでいる。
叔母の夫は単身赴任の為、葬式の後帰って行き、潤の両親も仕事で海外に戻った。
叔母は、息子が行方不明になってから、体を病んで、先日とうとう亡くなった。
『あの世に行ったら、あの子に会えるかな』
叔母は、よくそう言っていた。
「叔母さん、カズに会えたのかな……」
仏壇の写真を見ながら、悲しい声で呟いた。
************
高い天井と大きな一面のガラスから入る光で、眩しい部屋。
その部屋の椅子で寛いでいるのは、背の高い上品な紳士に見える男性だ。
明るい部屋へ静かに、少年が帰宅して入ってきた。
「おかえり、会えたのか?」
「遠くから見たよ」
「そう。『あの人』は?」
「会ってないよ」
「そう」
帰宅したニノを待っていたのは、浅間と名乗る吸血鬼だ。
管理人大野に重傷を負わせて、ニノを殺し、さらに自分の血の洗礼で家族にした。
彼の世界中にある家のひとつは、大野のいる高校から遠くない場所にも有った。
ニノが、暗い顔で浅間に返事をすると、笑顔で椅子から立ち上がりそばに来た。
「どうした? お前がどうしても一目でも従兄弟に会いたいと言うから、行かせてやったのに。お礼はないの?」
「……ありがとう」
吸血鬼の家族になったニノは、レアなケースだった。
死んで蘇ると、記憶は無くなり、ほとんど強い意思は持てなくなる。
主人の吸血鬼の思うまま生き、最後は一緒に死ぬ人形だ。
だが、蘇ったニノは記憶を取り戻し、主人の血を拒み、浅間の元から逃げ出した事まである。
ある意味で、孤独な吸血鬼には、理想の家族だった。
浅間は、ニノが可愛くて仕方がない。
ニノは自分の意見を言い、人らしい感情を見せる。
だが、その命と運命を握っているのは主人の吸血鬼。
これ以上無い、理想的な人形だ。
暗く元気の無いニノを抱きしめると、小さくて白い顔を上げさせる。
「口を開けて?」
「……はい」
少し怯えた顔で、目を瞑って浅間に向かって口を開ける。
浅間は、自分の長い指を隠れた牙で噛むと、ニノに咥えさせる。
指から流れる血が、ニノの喉に流れていく。
吸血鬼の恐ろしくて、大切な命を保つための儀式だ。
主人の血だけが命を繋ぐ。
血を拒めば、そう持たずに、灰になって消えてしまう。
血はそのまま呪縛を持つ。
いつもは、人間らしい感情のあるニノも血を与えられると、しばらくただの意思の無い人形になる。
浅間は、笑顔で送り出しておきながら、嫉妬と怒りでいっぱいだった。
「……いい子だ」
ぐったりとして口元を血で汚し、意識の無くなったニノを抱きながら、吸血鬼は満足そうに笑った。
**********
「翔ちゃん、なんで怒ってんの?」
「別に」
「仕事する時は、そんな顔しちゃダメなんだよ? あれ? 俺、今良いこと言ったね?」
呑気な管理人が、声を出して笑う。
「良いこと言うより、仕事して下さい」
不機嫌な顔しながらも、管理人代行の仕事はキチンとする翔に、全く働かない大野。
本物の管理人は、宅配物をせっせと仕分けしている横で、ぼーっと座ってる。
「……大野さん」
「なに?」
「なんで管理人してるの?」
「したいから」
「したいのに、働かないの?」
「働きたくないから」
「…………」
「あれ、翔ちゃん手が止まってるよ?」
翔は、手を止めると大野の前に座った。
「翔ちゃん、働くの好きなんだろ?」
「好きじゃないしっ、こんなバイトは辞めたいの! なんで分かんないのかな?」
大野は、真剣な顔の翔を見て、楽しそうに声を出して笑い出す。
「大野さん、人を操ったり色々出来るんでしょ? もっとお金儲けたり、凄いこと出来るんじゃないの?」
「出来るよ」
ニコニコ笑って大野が答えて、翔はびっくりする。
「なんで? 働かなくても良いのに、わざわざ管理人なの?」
「金持ちになれって言ってんのか? 意味ないよ。金なんかあってもさ。昔やってみたけど」
「どうだったの?」
「金なんか、ただの紙だった。血も吸えないし、人の命も買えないし」
「命は、助かるんじゃない? 病気ならお金で治るかも」
「ちょっと長くなるだけじゃん? 助かったって。時間も手に入らない。金目当てのバカばっかりに囲まれちゃうし。・・・すぐみんな死んじまうしね」
寂しそうに大野が、俯いて零すように話す。
翔はちょっと考えて、聞いてみた。
「同じ吸血鬼で、家族にはなれないの?」
「無理だな。獰猛で、勝手で性格悪いからな。5分で殺し合いになるよ」
「勝手なのは、大野さんもじゃん」
あれ? と顔を見合わせると、思わず二人で大笑いした。
「翔ちゃんといると、楽しいな」
大野が嬉しそうに言うから、翔はドキッとしてしまう。
「そお……?」
「うん、ひとりぼっちは、寂しいもん」
「ここは、いっぱい人がいるから選んだの?」
「そんなに考えてなかったけど。どこでも良かったし……でも良かったよ。子供はいつも元気で幸せそうで。見てると元気が出る」
「そうなんだ。今年の1年生で、凄い男前の松本潤って知ってる?」
「え……?」
「大野さん、入学式しか見てないなら知らないかも。同居してる叔母さんが亡くなって、その子お休みだったらしいから」
「……なんて言った?」
「松本潤だよ」
大野の様子が変わって、そのまま真剣な顔で考え出した。
翔は、どうしたのか分からず、大野の顔を見つめた。
ニノから、いつも聞いていた従兄弟の『潤君』
ニノ母子と、同居していた従兄弟。
死んだ叔母は、ニノの母親だろうか。
同居が始まって、従兄弟が常にそばに居るから、会えなかったことを思い出す。
「あれは、ニノが来てたんだ……」
「え?」
「その子、ひとりぼっちで、今は住んでるんじゃないか?」
「それは、聞いてないけど……どうかしたの?」
「今日、ニノの匂いがしたんだ」
「えええ? そんなの、わかるの?」
「ああ、ニノの体には俺の血も入ってるからな。あの男の気配は無かった。ニノが一人で、その子へ会いに来たのかもしれない」
ニノは社交的じゃ無かったが、必ず一人でいる友達に、優しくしていたことを覚えている。
『大野さんに似てたから』
いつもそう言ってた。
自分に懐いて可愛がっていた少年を思い出して、胸が痛かった。
ニノは、潤が一人になったと知ったら、無理をしてでも会いにくるかもしれない。
「ニノが……近くにいる」
「大野さん、何か……するつもり?」
翔は、以前ニノを渡したくないばかりに殺そうとした大野を覚えている。
「……分かんないけど。会いたい」
「殺さない……よね?」
「…………」
「殺しちゃダメだからね?」
「…………」
「大野さんてばっ!」
結局、大野は翔には『殺さない』とは言わなかった。
それが翔は不安だった。
大野が人を殺すのも、あの子が殺されるのも、絶対イヤだった。
潤に近づいて、もしニノに会えたとしたら、大野から逃がせるかもしれない。
ニノが殺されたら、あの吸血鬼と大野は今度こそ、殺し合いになるだろう。
翔はゾッとして、その時自分はどうするだろうかと、呆然とした。
大野が前にも言った、吸血鬼は獰猛で勝手で……嫉妬深い。
そこまで考えて、大野は自分のことを、どう思ってるんだろうかと……初めて考えた。
大野が自分を離さないのは、家族にするためだろうか。
「分かんないよ……。だって、俺は人間で、相手は吸血鬼なんだから。もう、考えるの止めよう……」
自分の部屋のベッドに入って、『悩んで眠れないかも』と思った瞬間に、疲れていた翔は、子供らしくグッスリ眠ってしまったのだった。
**********
寝室で気を失ったように眠るニノを眺めながら、浅間は思い出していた。
逃げ出して連れ戻してからは、抜け殻のように静かだったこの子。
何も興味がないようで、血を飲むのも従順過ぎた。
それは、大野を殺されない為にしているように思えて、苛立った。
自分の勝手でしか、吸血鬼には判断出来ないことがある。
絶対的な力と命は、傲慢になるしかない。
この子に自分のことだけを考えさせるには、過去の記憶が邪魔だった。
絶えず、心が元いた場所に飛んでしまうのが、気に入らない。
自分以外を消してしまいたい。
残酷な吸血鬼は、母親の死をわざと知らせ、絶望する姿も楽しんだ。
これで家に帰る理由もないだろうと、思っていたら言われてしまった。
「潤君に会いたい」
1人になったかもしれない従兄弟に会いたいと言い出した。
「会うだけか?」
「見るだけでも良いから、会いたい」
「あの人、大野には会わないね?」
「うん」
「もし会えば、大野と従兄弟を殺すけど、良いかい?」
流石に真っ青になって震え出した姿は、可愛かった。
「大野さんには、会わない。だからお願い……潤君に会わせて……」
涙をこぼす姿も綺麗で、吸血鬼は思わず微笑んだ。
恐ろしい本能が、ますます、心を遠ざけてしまう。
愛されたことが無い吸血鬼は、愛し方も知らないようだった。
もしかしたら、自分の愛情の存在にも、気づいていないかもしれない。
*************
「潤君。ちょっと良いかな?」
翔と雅紀は、どうやったら、潤に近付けるか話し合ったが、良い方法が思い付かなかった。
雅紀は、ストレートが良いんじゃ無いかと言い出した。
嘘はバレるよ、きっとね。
そう言われてそうかもと、食堂で翔は勇気を出して話しかけた。
「あの、ちょっと話したいことがあって」
「なんですか?」
「ニノって、男の子知ってる……?」
「…………?!」
声もなく驚いた顔で、食堂の椅子から勢い良く立ち上がった。
「カズを……二宮和也を知ってるんですか?」
「うん……。それが説明は難しいんだけど。この間、君のそばで見かけた気がして」
「え! 本当? どんな風に?」
「ちょっと、遠かったから。でも多分君を見てたと思うんだ。その……会ったりしてるのかな?」
潤は、息を呑んで一瞬黙ると、低い声になった。
「……嘘じゃないだろうな?」
彼が、急に恐ろしい顔で迫ってきた。
「カズに会ったかって? よく……よくそんな事聞けるな!」
「え……?」
これは、まずかったと思った時には、殴られていた。
「翔ちゃん!」
殴られて吹き飛んだ床に転がった翔へ、雅紀が駆け寄り、食堂は悲鳴が上がり騒然となった。
「この嘘だけは許せないんだよ!」
「うわーっ! 待って! 翔ちゃんは嘘ついてないってば!」
止めに入った雅紀も、いきなり殴られた。
「いって――――っ! お前! なんで殴るんだよ!」
「わっ! 殴っちゃダメだよ! 雅紀君!」
潤と雅紀が掴み合いになって、大騒ぎになった。
それを大勢の生徒たちが止めに入る。
もう、メチャクチャで、結局10人が喧嘩になり、全員が謹慎処分になってしまった。
「はああ……翔ちゃん、とんでも無かったね」
「ごめん、俺のせいで皆んな謹慎処分だよ」
「でも、ちょっと面白かったね。喧嘩なんて久しぶりだよ」
雅紀が嬉しそうに笑ってくれて、翔はホッとした。
「雅紀君て、昔から優しいよね」
「なあに? なんだよ急に」
そう言ってまた笑う。
自分にはこんな友達がいるが、今頃、潤はどうしてるだろうか。
確かに、言い方が不味かった。
あれでは、怒って当然だ。
何より、まだあんなに怒るほどニノを思っているのが、分かって辛かった。
しかし、説明出来ない。
どんな風に説明しても、吸血鬼なんて言えば今度は殺されそうだった。
**********
大野は、ニノを探して学校の周りを見回って歩いていた。
ニノの実家に行きたかったが、あの吸血鬼がいたら、どうなるか分からない。
一緒にいるのを見たことがある潤の顔を思い出しながら、近くを歩き回った。
けれど、ニノの匂いや気配もまるで無くて、諦めるしか無かった。
もし、ニノに会ったら。
自分はどうすれば良いのか。
あの男から奪い返すのは、無理だ。
血の洗礼から助ける方法など無いからだ。
……また、殺したくなるかもしれない。
大野は、自分の気持ちが恐ろしかった。
翔は、許さないだろう。
あの時も、命懸けで止めてくれた。
(ニノ……。俺たちは、こういう運命なのかな)
**********
そっと、真夜中に目を覚ましたニノは、どうしてこの家にいたのか思い出せないでいた。
血を貰った後は、いつもそうだった。
記憶は消えて、考えるのが億劫になってしまう。
思い出すのに時間がかかる。
浅間の姿が無かった。
なぜ、浅間はいつも残酷な事ばかりするのか。
大野は、一度も残酷なことを、したり言ったりしなかった。
無性に、会いたくなったが、決してもう会うわけにはいかない。
大野には、あの少年がついてるはずだ。
そう思うと、寂しいが安心だった。
ただ、優しい従兄弟が心配だった。
きっと、一人で辛いに違いない。
二度と会えなくなると知っていたら、もっと何かしてあげたかった。
試合を見に行ってあげられなかった。
母も、多分自分のせいで、早くに亡くなったのだろう。
ふうっと浅い息を吐いて、目を瞑った。
本音を言えば、もう誰にも会えないのに、生きている意味は無かった。
でも、血を拒んで灰になれば、浅間は怒ってみんなを殺しかねない。
浅間は、自分を愛しているようにも、憎んでいるようにも見える。
ちゃんと自分は、主人になった彼を愛せるだろうか……。
そこまで考えて、不意に抱き上げられた。
「目が覚めた?」
「……うん。僕どれくらい寝てたかな?」
「3日かな、まだ眠いんじゃないか」
「うん……」
優しく浅間は微笑んで、背の高い彼は小柄なニノを抱いて、大きなソファに腰掛けた。
「少し、何か飲んだ方が良い」
そう言ってグラスに入った冷たい白ワインを飲ませてくれる。
上品で優しい笑顔は、人間の紳士そのものだ。
「浅間さん……僕をどう思ってるの?」
「……? どう言う意味?」
言葉だけ残して、ニノはまた深く、血の眠りに入ってしまった。
この言葉の意味も、心もまだ……孤独に生きてきた彼には、わからなかった。
***********
謹慎処分の最終日。
翔は潤が気になって、吸血鬼のことを知らない雅紀には内緒で、家を訪ねた。
(なんて言おうかなあ……。また殴られるかもなあ……)
玄関のモニターは、チャイムの音が鳴るだけで反応が無かった。
「留守かなあ。どうしよ……」
家からは、何の音も聞こえない。
ただ、あの神経質そうな彼が、帰宅しても一人でこの大きな家にいるのかと思うと、帰れなかった。
メモに自分の連絡先を書いて、ドアにメモを挟もうと、そっと動かすと鍵が開いていた。
「え? 鍵忘れてるのかな……」
恐る恐る、ドアを開けると、突然大きなガラスの割れる音がして、慌てて靴を脱ぐのも忘れて飛び込んだ。
玄関からリビングに入り、走って音がした方向にある奥の部屋に入った。
そこで見たのは、粉々のガラスの前に倒れている潤少年と、立ち尽くした大野の姿だった。
**********
フッと突然何かに弾かれたように、ニノが目を開いた。
何かわからない、おかしな音が聞こえた。
「なに……? なんだろう?」
母が死んだ日も、こんな感じで目が覚めた。
……まさか? 今度は。
家中探したが、浅間の姿が無い。
勝手に出かけたら、逃げたと思って皆殺しに来るのだろうか。
(でも……潤君が死んだら、もう僕が生きてる意味なんて無くなる)
必ず戻るから許して欲しい、とテーブルに書き置きして外に出た。
(潤君……死なないで!)
**********
「大野さん、何したの?」
翔は、倒れている潤少年を大野と救急車を呼んで運び、落ち着いたところで、病院の待合の椅子で座る彼に聞いてみた。
「なんだよ、俺を疑うの?」
「……だって、いきなり大野さんがいるから」
ちぇっと、子供のように言うと大野は話し出した。
「たまたま、翔ちゃんと同じタイミングだったんだよ、俺が庭から覗いたら、あの子が倒れてたんだ。それでガラスを破って入ったの」
「そうなんだ。……良かった。大野さんが殺しに来たのかと思っちゃった」
「なんで、あの従兄弟を殺すんだよ。……ニノもいないのに」
「はあ? なにそれっ? ちょっと! やっぱりそうなんじゃん!」
「違うってば」
すると、少年の意識が戻ったと、看護師が言いに来て病室に向かった。
数日しか経ってないのに、彼はやつれていて、病人のようだった。
「松本君、大丈夫?」
「うん……迷惑かけたみたいで、ごめん」
「俺の方こそ、謝りたくて家に行ったんだけど……」
少年は、何日も眠れずに食事もしていなかった為に、倒れたようだった。
「……カズのことだけど」
「なに……?」
「本当に知ってるの? ……会えた? いつ?」
思い詰めた瞳で、少年が聞いてくる。
翔が困っていると、大野が先に答えた。
「ちゃんと会ったのは、1年前……去年の5月だよ。次はこの前で、君のそばだと思う。ニノの匂いがした」
「どういうこと……?」
理解できない説明に、困惑しているようだ。
「信じられないけど……もう、死んでんのかと思ってたよ……。本当に?」
「それは……」
急に、風向きが変わって、大野だけにその違いがわかった。
「ニノが、近くにいる。……あの男もだ」
大野が立ち上がって、すごい速さで外に出て行ってしまった。
「待って! 大野さん! 殺さないで!」
翔が、後を追いかけて飛び出していった。
「カズが……?」
状況のわからない少年がベッドから起き上がって、よろけながら廊下を進む。
誰かの声が聞こえて裏の庭に出ると、目の前に恋しい気が狂うほど探した、従兄弟が立っていた。
「カズ……?」
「潤君」
「本当に……カズなの?」
ニノは別れた時のままの姿だったが、さらに色が翔けるように白く唇が赤く、髪は艶めいて真っ黒に輝いて……この世のものでは無いように綺麗になっていた。
微笑んでニノが、潤に駆け寄ると、思い切り抱きしめあった。
「……会いたかった、潤君……」
「カズ……夢じゃ無いよな?」
「うん、ごめんね、心配かけて」
潤は、こんな都合の良い夢を何度見て、目が覚めて絶望したか分からない。
とても現実とは思えなかった。
ニノは、もともと浮世離れしていたが、確かに今の姿はもう、人間に見えなかった。
「潤君が死んだらどうしようかと思った……」
「俺も……カズはもう死んだかもしれないって……」
ニノが複雑な顔になって、潤を見上げた。
「うん、一度死んだんだよ、僕」
「え……?」
「そうして……違う生き物になったんだ。もう……人間には見えないでしょ?」
潤が驚いて、ニノの顔を見つめると声がした。
地を這うように、低く暗くよく響く。
「ニノ、探したよ。こっちにおいで」
……無表情で、大野が立っていた。
さっき、潤と話していた穏やかな雰囲気はカケラもなく、殺気だけが伝わってくる。
潤が思わずニノを、自分の背に隠した。
「ごめん……大野さん。僕もう大野さんとは会えないんだ」
ニノは、潤の背中に隠れながら、大野に返事をする。
大野は、ふふと冷たく笑うと、よく響く声で氷のような言葉を口にした。
「うん、わかってるよ。だから俺に『殺してもらいに帰ってきた』んだろ?」
「なんて……?」
潤は驚いて、大野とニノを交互に見た。
「何を言ってるの? カズ、どういうこと?」
「ニノは俺だけしか、いらないんだもん。俺のいない世界で生きてたくないよね?」
「ごめん、大野さん……わかって? 僕を殺したら、大野さんが……」
言い終わる前に、大野が凄いスピードで潤からニノを拐うと、細い首を両手で掴んだ。
首を絞めながら持ち上げていくと、ニノの体が宙に浮く。
「大野……さん……」
「やめろ! カズを離せ!」
潤が止めようとするが、まるで相手にならない。
簡単に払われて、地面に叩きつけられた。
大野は、先ほどと同じ人には思えなかった。
体が大きくなり、目は赤く光り、殺気がドス黒く見えるようだった。
「カズ、早くこうしてあげたかった。遅くなってごめんな?」
もう、とても正気には見えなかった。
ニノの体から力が抜けて、息が止まりそうだった。
「やめて! 大野さんやめて!」
その声に、大野の殺気がピタリと止まった。
翔の声だった。
叫びながら、大野に縋りつく。
「その子を殺さないで! 2回も殺すの?! 可哀想に思わないの! それも彼の前で殺すなんて!」
最後は泣きながら、大野の腕を必死で掴んだ。
大野の手から力が抜けて、ニノがスルッと解放されて地面に落ちていこうとした。
それをどこからか走って来た浅間が抱き止めた。
ニノは、息を苦しそうに何度かすると意識が戻ってきた。
「ニノ……」
「浅間さん……ごめんなさい……。お願い……誰も殺さないで……」
「ああ……」
「ありがとう……」
やっと浅間を許せるような気持ちがして、ニノは覚悟が決まった。
浅間は、すぐにニノを追って来たが、すぐには手出ししなかった。
ただ、ニノがどうするか、大野がどうするか見たかった。
いつもの彼なら発狂するほど怒りが押し寄せるのに、なぜかニノがどうしたいのか気になって、動けなかったからだ。
「カズ!」
潤の声に、ニノが浅間の顔を見る。
「構わない、行っておいで」
浅間は穏やかに、ニノを潤に差し出した。
ニノは、微笑んで潤に抱きしめてもらう。
「カズ? 大丈夫?」
「うん、潤君こそ」
「俺は平気だけど。カズ……その」
「うん、僕、もう吸血鬼になったんだ……。この浅間さんのモノになったんだ」
目を見開いて驚く潤を見て、ニノが昔のようにクスクス笑った。
浅間は黙ってそれを見ている。
大野は、翔に縋りつかれた格好のまま、固まっていた。
「だから、一緒にはいられないけど」
そう言って潤の首筋に歯を立てて、少しだけ血を啜った。
そして自分の指を噛んで、今度は潤に自分の指の血を舐めさせた。
「もし。会いたくなったら、この血を思い出して呼びかけて? 必ず会いにくるから」
「カズ……どこに行くの?」
「どこにも行かないよ。そばには、いなくても……潤君と繋がってるから、心配しないで?」
そう言って潤から離れて、浅間の元に帰った。
浅間は、ニノを優しく抱き上げる。
大野が、それを見つめている。
「大野さん、それと止めてくれた人、ありがとう。……大野さんが幸せになるのを祈ってるから。それと潤君をお願いします」
「ニノ……ひどいよ」
大野が、零した。
「吸血鬼は、勝手なんでしょ?」
ニノがそう冗談ぽく言うと、笑った。
けれど限界だったようで目を閉じて、浅間の胸に甘えるように、静かに眠ってしまった。
「お前……ニノをどうするんだよ?」
「家族になったよ。少しね……」
浅間自身も、不思議な気持ちでニノを抱きしめる。
初めて気持ちを預けられたことが分かって、嬉しいと思うなんて、まるで自分は人のようだと思った。
「ニノ……ごめんな」
浅間の胸で眠るニノに、大野が名残惜しそうに声をかけた。
潤がこの世のものと思えない者たちを、複雑な顔で見送っている。
「ニノ……。またな?」
浅間が立ち去り、潤もゆっくりと……泣きながら去っていった。
大野も泣きながら、翔の手を握り歩き出した。
月が照らすのは、人やモノだけでなく、するすると落ちて消えていく、たくさんの感情だ。
大野と潤は、長い後悔と苦しみから。
浅間は、嫉妬による憎しみから。
ニノは、置いてきた過去への心残りから。
それぞれ、束の間だが、解放されて自由になった。
翔だけが、それを呆然と眺めて、不思議な気持ちで帰っていった。
**********
「大野さんてば、寝すぎですよ!」
今日も、大野を起こすのが翔の1番の大仕事だ。
「もうっ、なんで働こうとしないんだよ!」
翔がエイっと布団を剥がしても、起きようともしない。
「仕事は、翔ちゃんがいるじゃん」
「管理人は、あなたなんですからね!」
相変わらずの日常が戻り、潤が翔の親友に加わった。
なぜか、あの夜の話は、二人でしたことがない。
話せば魔法が溶けて、あの日のニノが、ただの夢に変わってしまいそうだったから。
悲劇の傷を、愛情が癒してくれる。
治ることはないけれど、傷そのものが思い出として、輝く日もあるかもしれない。
潤はたまに、寂しくてニノを呼びたくなったけれど。
大野は、昔のニノに似た子供を見ては、悲しかったけど……。
翔の明るい声を聞くと、諦めがついた。
その代わりのように、毎日聞いてみる。
「翔ちゃん、俺のこと好き?」
「はああ? 気持ち悪いこと聞くんじゃない!」
元気な高校生男子には、異形の者の孤独は難しかった。
永遠のように長い、今までの時間で分からなかったことを、大野は翔から学び、浅間はニノから教わった。
長い長い人生の中も、短い人生の中でも、1日は同じ時間と重さだ。
誰もがただ、ひたすらに、生きていく。
どんな薔薇も美しく咲いて、散る。
咲いた場所で、生きていく。
大野はやっと、心が静かな場所に落ち着いた気がした。
「ニノ、もう俺……寂しくないよ?」
今は遠くなってしまった人生の花に、孤独な吸血鬼は、一人つぶやく。
吸血鬼のような赤い薔薇とその葉。
あの薔薇の葉の誓いのように、人の考えた花言葉がある。
赤い薔薇の葉の言葉は。
「無垢の美しさ」
「あなたの幸せを祈る」
それは、そのまま吸血鬼たちの言葉でもあるなんて。
少年たちは勿論知ることなど無かった。
第4章へ続く
(長文読んで下さりありがとうございます)