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吸血鬼・ダークファンタジー

お話の全てはフィクションです。

(12000超文字数)

 

 

 

 

 

櫻井翔 は、高校に入学して二度目の春がきた。

晴れて、2年生になって期待していた事がある。

 

それは、学生寮の管理人の代行業務のバイトが、終わることだ。

 

 2年は進学など色々忙しくなるし、去年は1年で拒否権など無かったから、校長から直々に頼まれたせいもあって、渋々引き受けた。

でも、今年は絶対にやらないぞ!

大体、おかしいだろ。

ちゃんと管理人がいるのに、その仕事の代行人なんて。

 

…………高校2年になった少年は、そう考えて浮かれていた。

 

 

 

 

第3章「赤い薔薇の葉」

 

 

 

 

「ダメ」

 

「えっ! なんで?」

 

「代行わっ、翔ちゃんしかダメっ」

 

「俺、今度2年だよ? 忙しくなるもんっ無理じゃんっ! 1年の子にすれば良いじゃん!」

 

「絶対に許さないから。絶対にダメ」

 

 学生寮の管理人室に、最後の挨拶をしにいったら、いきなり断られた。

管理人である大野智は、パンツ一枚で寝床に潜ったまま、最後の挨拶を拒否したのだった。

 

「えええ、なんでだよ? このまえ今年の一年の子、可愛い子いっぱいだって言ってたじゃん! 喜んでたじゃん! 新しい子に頼んでよ!」

 

「翔ちゃんが、一番可愛いから無理」

 

「はああ?! 適当なこと言うなよ!」

 

「ホントだもん。卒業するまで……なんなら一生やってもらう」

 

「はあああああ?! ……分かった。校長に言うよ! それなら良いだろ?」

 

「馬鹿だなあ……」

 

大野が、やっと寝床から起き上がって顔を出した。

 

「校長は、俺の言いなりなんだぞ?」

 

「あっ……!」

 

 大野は、謎の管理人と陰で呼ばれている。

校長より、力があるからだ。

 

そして、翔だけが知っている大きな秘密がある。

 

…………大野は、千年以上の寿命を持つ吸血鬼だった。

 

「もうっ、信じらんない!」

 

興奮した翔は大野に、そばにあったクッションを投げつけて部屋から出て行った。

 

「イテっ、乱暴だなあ」

 

小さな子供の癇癪のようだと思いながら、ぶつけられたクッションをゆっくり放る。

 

「相変わらず、可愛いなあ」

 

大野は、翔の真っ赤になって怒った顔を思い出して笑った。

 

 

 

 

***********

 

 

 

大野と翔が知り合って1年経った。

 

頭のおかしい怠け者の管理人だと思ったら、吸血鬼だった。

 

しかも、色々有って、将来は大野の家族になる約束をしてしまった。

 

 吸血鬼の家族になると約束したものの、翔はまだよく解っていないのが現実だ。

大野から逃げない限り、血を吸われることも、血の洗礼も受けなくていいと言われたからだ。

 

 吸血鬼の本性を現した時の大野は恐ろしいが、それ以外の時は、翔もそんなことは忘れてしまっている。

優しくて(ほぼ、日常はまるで役に立たないけど)穏やかな大野は、翔が最も信頼している大人だ。

 

 だが、それと管理人代行は別物だ。

なんとしても、辞めたい。

なんとかしなければ、翔は頭をフル回転していた。

 

 

 

**********

 

 

 

「翔ちゃんが今年も管理人代行なの? ってか、学生寮の生徒はみんな卒業まで、翔ちゃんがやると思ってるみたいだけど?」

 

「なんで?」

 

「管理人さんがやると、めちゃくちゃなんだって色々。郵便物や宅配物も届かないし、届出書類もなかなか見てくれないしって。やるって言うよりも、やって欲しいんじゃない?」

 

「……仕事する気ないんだもん、あの人」

 

 大野の適当な仕事ぶりが頭に浮かんで、ため息が出た。

幼馴染の相葉雅紀と、愚痴りながら食堂で購買のジュースを飲んでいると、生徒たちから、音のない感嘆のどよめきのような波がおきた。

見てみると、今年の1年生の一人が食堂に入ってきたようだ。

 

「お、あの子が噂の今年の新1年の松本潤だよ」

 

「へえ、試験もトップだったんじゃないかな、先生が言ってた」

 

 整って派手な目鼻立ちに、キツイ目は、印象的だった。

誰もまだ、彼の笑顔を見た事がないらしい。

黙って立っていても、ものすごく目立つ。

地元では、人気者で有名だったのに、最近は変わったと噂されている。

暗くなって、誰ともろくに話さないようだ。

 

 彼は黙って一人きりで窓際のテーブルに座り、ミネラルウォーターを飲んでいる。

そのテーブルに一番近いのが翔と雅紀だった。

 

「松本君、こっちで一緒に座らない?」

 

「いや、もう帰るんで大丈夫です。すみません」

 

笑顔で雅紀が誘ってみるが、礼儀正しく断られてしまう。

その彼の背中が、誰かを思わせた。

 

……似てると言うより誰かの影を見た気がして、翔はいつまでも見送っていた。

 

「なんか、カッコイイ子だね。翔ちゃん知ってた?」

 

「初めて見たよ。あんな子入学式にいたっけ?」

 

 すると隣のテーブルのクラスメートが教えてくれた。

 

「入学式は、お葬式で休んだらしいよ? 同居してる叔母さんが、亡くなったんだって」

 

「じゃあ大変だったんだね。だからあんな風なのかな……」

 

「そうかも。影があるよね」

 

 

その影の正体を自分が知るとは、翔は思わなかった。

 

 

 学校中の噂の新入生は、そんな事には興味も無く、友達と遊ぶ事もなく、黙って授業を受けるとすぐ帰ってしまう。

そんな潤が、校門を出て静かに帰って行くのを、見つめる者があった。

 

 

・・・・行方不明になった時の14歳のままの姿。

 

ニノと呼ばれていた二宮和也だった。

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

「……え?」

 

 窓から入ってきた風の匂いが変わった事に気が付いて、ベッドでゴロゴロしていた大野が飛び起きた。

 

「ニノ? まさかな……?」

 

 別の吸血鬼に殺されて攫われた……別れた時のニノの血まみれの姿が頭に浮かぶ。

同族のテリトリーを破ってきた男に殺されて攫われた。

 

 二度と、あの男は大野とニノを会わせないだろう。

 

 嫉妬深くテリトリーに厳しい吸血鬼は、ほとんど単独行動だ。

自分の血を与えて、蘇らせた家族だけをそばにおく。

家族は、主人である吸血鬼には逆らえない。

主人が死ぬ時は、一緒に灰となる運命だ。

 

 あの時、もう少し自分が強かったら。

先に血の洗礼を済ませて、家族にすれば良かったと後悔ばかりしてきた。

 

 その思いが強すぎて、昔のような獰猛な吸血鬼に「完全」に戻る寸前、翔を見つけた。

彼が、今は唯一の、癒しで希望だ。

彼が望まない限り、大野は家族には……しないつもりだ。

 

 血の洗礼は洗脳でもある。

家族にすれば彼の意思など、失くなってしまうからだ。

自分を癒してくれる、幸せに暮らす少年をただ、守ってやるつもりでいた。

 

 

 

**********

 

 

 潤は、叔母と暮らしていた家に今も一人で住んでいる。

叔母の夫は単身赴任の為、葬式の後帰って行き、潤の両親も仕事で海外に戻った。

叔母は、息子が行方不明になってから、体を病んで、先日とうとう亡くなった。

 

『あの世に行ったら、あの子に会えるかな』

 

 叔母は、よくそう言っていた。

 

「叔母さん、カズに会えたのかな……」

 

 仏壇の写真を見ながら、悲しい声で呟いた。

 

 

 

************

 

 

高い天井と大きな一面のガラスから入る光で、眩しい部屋。

 

その部屋の椅子で寛いでいるのは、背の高い上品な紳士に見える男性だ。

 

明るい部屋へ静かに、少年が帰宅して入ってきた。

 

「おかえり、会えたのか?」

 

「遠くから見たよ」

 

「そう。『あの人』は?」

 

「会ってないよ」

 

「そう」

 

 帰宅したニノを待っていたのは、浅間と名乗る吸血鬼だ。

 

管理人大野に重傷を負わせて、ニノを殺し、さらに自分の血の洗礼で家族にした。

彼の世界中にある家のひとつは、大野のいる高校から遠くない場所にも有った。

 

 ニノが、暗い顔で浅間に返事をすると、笑顔で椅子から立ち上がりそばに来た。

 

「どうした? お前がどうしても一目でも従兄弟に会いたいと言うから、行かせてやったのに。お礼はないの?」

 

「……ありがとう」

 

 吸血鬼の家族になったニノは、レアなケースだった。

死んで蘇ると、記憶は無くなり、ほとんど強い意思は持てなくなる。

主人の吸血鬼の思うまま生き、最後は一緒に死ぬ人形だ。

 

 だが、蘇ったニノは記憶を取り戻し、主人の血を拒み、浅間の元から逃げ出した事まである。

ある意味で、孤独な吸血鬼には、理想の家族だった。

浅間は、ニノが可愛くて仕方がない。

ニノは自分の意見を言い、人らしい感情を見せる。

だが、その命と運命を握っているのは主人の吸血鬼。

これ以上無い、理想的な人形だ。

 

 暗く元気の無いニノを抱きしめると、小さくて白い顔を上げさせる。

 

「口を開けて?」

 

「……はい」

 

 少し怯えた顔で、目を瞑って浅間に向かって口を開ける。

浅間は、自分の長い指を隠れた牙で噛むと、ニノに咥えさせる。

指から流れる血が、ニノの喉に流れていく。

吸血鬼の恐ろしくて、大切な命を保つための儀式だ。

主人の血だけが命を繋ぐ。

血を拒めば、そう持たずに、灰になって消えてしまう。

 

 血はそのまま呪縛を持つ。

いつもは、人間らしい感情のあるニノも血を与えられると、しばらくただの意思の無い人形になる。

 

 浅間は、笑顔で送り出しておきながら、嫉妬と怒りでいっぱいだった。

 

「……いい子だ」

 

ぐったりとして口元を血で汚し、意識の無くなったニノを抱きながら、吸血鬼は満足そうに笑った。

 

 

 

**********

 

 

 

「翔ちゃん、なんで怒ってんの?」

 

「別に」

 

「仕事する時は、そんな顔しちゃダメなんだよ? あれ? 俺、今良いこと言ったね?」

 

呑気な管理人が、声を出して笑う。

 

「良いこと言うより、仕事して下さい」

 

 不機嫌な顔しながらも、管理人代行の仕事はキチンとする翔に、全く働かない大野。

本物の管理人は、宅配物をせっせと仕分けしている横で、ぼーっと座ってる。

 

「……大野さん」

 

「なに?」

 

「なんで管理人してるの?」

 

「したいから」

 

「したいのに、働かないの?」

 

「働きたくないから」

 

「…………」

 

「あれ、翔ちゃん手が止まってるよ?」

 

翔は、手を止めると大野の前に座った。

 

「翔ちゃん、働くの好きなんだろ?」

 

「好きじゃないしっ、こんなバイトは辞めたいの! なんで分かんないのかな?」

 

大野は、真剣な顔の翔を見て、楽しそうに声を出して笑い出す。

 

「大野さん、人を操ったり色々出来るんでしょ? もっとお金儲けたり、凄いこと出来るんじゃないの?」

 

「出来るよ」

 

ニコニコ笑って大野が答えて、翔はびっくりする。

 

「なんで? 働かなくても良いのに、わざわざ管理人なの?」

 

「金持ちになれって言ってんのか? 意味ないよ。金なんかあってもさ。昔やってみたけど」

 

「どうだったの?」

 

「金なんか、ただの紙だった。血も吸えないし、人の命も買えないし」

 

「命は、助かるんじゃない? 病気ならお金で治るかも」

 

「ちょっと長くなるだけじゃん? 助かったって。時間も手に入らない。金目当てのバカばっかりに囲まれちゃうし。・・・すぐみんな死んじまうしね」

 

 寂しそうに大野が、俯いて零すように話す。

翔はちょっと考えて、聞いてみた。

 

「同じ吸血鬼で、家族にはなれないの?」

 

「無理だな。獰猛で、勝手で性格悪いからな。5分で殺し合いになるよ」

 

「勝手なのは、大野さんもじゃん」

 

あれ? と顔を見合わせると、思わず二人で大笑いした。

 

「翔ちゃんといると、楽しいな」

 

大野が嬉しそうに言うから、翔はドキッとしてしまう。

 

「そお……?」

 

「うん、ひとりぼっちは、寂しいもん」

 

「ここは、いっぱい人がいるから選んだの?」

 

「そんなに考えてなかったけど。どこでも良かったし……でも良かったよ。子供はいつも元気で幸せそうで。見てると元気が出る」

 

「そうなんだ。今年の1年生で、凄い男前の松本潤って知ってる?」

 

「え……?」

 

「大野さん、入学式しか見てないなら知らないかも。同居してる叔母さんが亡くなって、その子お休みだったらしいから」

 

「……なんて言った?」

 

「松本潤だよ」

 

 大野の様子が変わって、そのまま真剣な顔で考え出した。

翔は、どうしたのか分からず、大野の顔を見つめた。

 

ニノから、いつも聞いていた従兄弟の『潤君』

ニノ母子と、同居していた従兄弟。

死んだ叔母は、ニノの母親だろうか。

同居が始まって、従兄弟が常にそばに居るから、会えなかったことを思い出す。

 

「あれは、ニノが来てたんだ……」

 

「え?」

 

「その子、ひとりぼっちで、今は住んでるんじゃないか?」

 

「それは、聞いてないけど……どうかしたの?」

 

「今日、ニノの匂いがしたんだ」

 

「えええ? そんなの、わかるの?」

 

「ああ、ニノの体には俺の血も入ってるからな。あの男の気配は無かった。ニノが一人で、その子へ会いに来たのかもしれない」

 

ニノは社交的じゃ無かったが、必ず一人でいる友達に、優しくしていたことを覚えている。

 

『大野さんに似てたから』

 

いつもそう言ってた。

 

自分に懐いて可愛がっていた少年を思い出して、胸が痛かった。

 

ニノは、潤が一人になったと知ったら、無理をしてでも会いにくるかもしれない。

 

「ニノが……近くにいる」

 

「大野さん、何か……するつもり?」

 

翔は、以前ニノを渡したくないばかりに殺そうとした大野を覚えている。

 

「……分かんないけど。会いたい」

 

「殺さない……よね?」

 

「…………」

 

「殺しちゃダメだからね?」

 

「…………」

 

「大野さんてばっ!」

 

 

 

結局、大野は翔には『殺さない』とは言わなかった。

それが翔は不安だった。

 

大野が人を殺すのも、あの子が殺されるのも、絶対イヤだった。

 

潤に近づいて、もしニノに会えたとしたら、大野から逃がせるかもしれない。

ニノが殺されたら、あの吸血鬼と大野は今度こそ、殺し合いになるだろう。

翔はゾッとして、その時自分はどうするだろうかと、呆然とした。

 

大野が前にも言った、吸血鬼は獰猛で勝手で……嫉妬深い。

 

そこまで考えて、大野は自分のことを、どう思ってるんだろうかと……初めて考えた。

大野が自分を離さないのは、家族にするためだろうか。

 

「分かんないよ……。だって、俺は人間で、相手は吸血鬼なんだから。もう、考えるの止めよう……」

 

自分の部屋のベッドに入って、『悩んで眠れないかも』と思った瞬間に、疲れていた翔は、子供らしくグッスリ眠ってしまったのだった。

 

 

 

**********

 

 

 

 寝室で気を失ったように眠るニノを眺めながら、浅間は思い出していた。

逃げ出して連れ戻してからは、抜け殻のように静かだったこの子。

 

 何も興味がないようで、血を飲むのも従順過ぎた。

それは、大野を殺されない為にしているように思えて、苛立った。

 

 自分の勝手でしか、吸血鬼には判断出来ないことがある。

絶対的な力と命は、傲慢になるしかない。

 

 この子に自分のことだけを考えさせるには、過去の記憶が邪魔だった。

絶えず、心が元いた場所に飛んでしまうのが、気に入らない。

 

自分以外を消してしまいたい。

 

 残酷な吸血鬼は、母親の死をわざと知らせ、絶望する姿も楽しんだ。

これで家に帰る理由もないだろうと、思っていたら言われてしまった。

 

「潤君に会いたい」

 

1人になったかもしれない従兄弟に会いたいと言い出した。

 

「会うだけか?」

 

「見るだけでも良いから、会いたい」

 

「あの人、大野には会わないね?」

 

「うん」

 

「もし会えば、大野と従兄弟を殺すけど、良いかい?」

 

流石に真っ青になって震え出した姿は、可愛かった。

 

「大野さんには、会わない。だからお願い……潤君に会わせて……」

 

 涙をこぼす姿も綺麗で、吸血鬼は思わず微笑んだ。

恐ろしい本能が、ますます、心を遠ざけてしまう。

愛されたことが無い吸血鬼は、愛し方も知らないようだった。

もしかしたら、自分の愛情の存在にも、気づいていないかもしれない。

 

 

 

*************

 

 

 

「潤君。ちょっと良いかな?」

 

翔と雅紀は、どうやったら、潤に近付けるか話し合ったが、良い方法が思い付かなかった。

雅紀は、ストレートが良いんじゃ無いかと言い出した。

 

嘘はバレるよ、きっとね。

そう言われてそうかもと、食堂で翔は勇気を出して話しかけた。

 

「あの、ちょっと話したいことがあって」

 

「なんですか?」

 

「ニノって、男の子知ってる……?」

 

「…………?!」

 

声もなく驚いた顔で、食堂の椅子から勢い良く立ち上がった。

 

「カズを……二宮和也を知ってるんですか?」

 

「うん……。それが説明は難しいんだけど。この間、君のそばで見かけた気がして」

 

「え! 本当? どんな風に?」

 

「ちょっと、遠かったから。でも多分君を見てたと思うんだ。その……会ったりしてるのかな?」

 

潤は、息を呑んで一瞬黙ると、低い声になった。

 

「……嘘じゃないだろうな?」

 

彼が、急に恐ろしい顔で迫ってきた。

 

「カズに会ったかって? よく……よくそんな事聞けるな!」

 

「え……?」

 

これは、まずかったと思った時には、殴られていた。

 

「翔ちゃん!」

 

殴られて吹き飛んだ床に転がった翔へ、雅紀が駆け寄り、食堂は悲鳴が上がり騒然となった。

 

「この嘘だけは許せないんだよ!」

 

「うわーっ! 待って! 翔ちゃんは嘘ついてないってば!」

 

止めに入った雅紀も、いきなり殴られた。

 

「いって――――っ! お前! なんで殴るんだよ!」

 

「わっ! 殴っちゃダメだよ! 雅紀君!」

 

潤と雅紀が掴み合いになって、大騒ぎになった。

それを大勢の生徒たちが止めに入る。

もう、メチャクチャで、結局10人が喧嘩になり、全員が謹慎処分になってしまった。

 

 

 

 

 

「はああ……翔ちゃん、とんでも無かったね」

 

「ごめん、俺のせいで皆んな謹慎処分だよ」

 

「でも、ちょっと面白かったね。喧嘩なんて久しぶりだよ」

 

雅紀が嬉しそうに笑ってくれて、翔はホッとした。

 

「雅紀君て、昔から優しいよね」

 

「なあに? なんだよ急に」

 

 そう言ってまた笑う。

自分にはこんな友達がいるが、今頃、潤はどうしてるだろうか。

 

 確かに、言い方が不味かった。

あれでは、怒って当然だ。

何より、まだあんなに怒るほどニノを思っているのが、分かって辛かった。

 

 しかし、説明出来ない。

どんな風に説明しても、吸血鬼なんて言えば今度は殺されそうだった。

 

 

 

**********

 

 

 

 大野は、ニノを探して学校の周りを見回って歩いていた。

ニノの実家に行きたかったが、あの吸血鬼がいたら、どうなるか分からない。

一緒にいるのを見たことがある潤の顔を思い出しながら、近くを歩き回った。

けれど、ニノの匂いや気配もまるで無くて、諦めるしか無かった。

 

 もし、ニノに会ったら。

自分はどうすれば良いのか。

あの男から奪い返すのは、無理だ。

血の洗礼から助ける方法など無いからだ。

 

……また、殺したくなるかもしれない。

 

大野は、自分の気持ちが恐ろしかった。

翔は、許さないだろう。

あの時も、命懸けで止めてくれた。

 

(ニノ……。俺たちは、こういう運命なのかな)

 

 

 

**********

 

 

 

 そっと、真夜中に目を覚ましたニノは、どうしてこの家にいたのか思い出せないでいた。

血を貰った後は、いつもそうだった。

記憶は消えて、考えるのが億劫になってしまう。

思い出すのに時間がかかる。

 

浅間の姿が無かった。

 

 なぜ、浅間はいつも残酷な事ばかりするのか。

大野は、一度も残酷なことを、したり言ったりしなかった。

無性に、会いたくなったが、決してもう会うわけにはいかない。

大野には、あの少年がついてるはずだ。

そう思うと、寂しいが安心だった。

 

 ただ、優しい従兄弟が心配だった。

きっと、一人で辛いに違いない。

二度と会えなくなると知っていたら、もっと何かしてあげたかった。

試合を見に行ってあげられなかった。

母も、多分自分のせいで、早くに亡くなったのだろう。

 

ふうっと浅い息を吐いて、目を瞑った。

 

 本音を言えば、もう誰にも会えないのに、生きている意味は無かった。

でも、血を拒んで灰になれば、浅間は怒ってみんなを殺しかねない。

浅間は、自分を愛しているようにも、憎んでいるようにも見える。

ちゃんと自分は、主人になった彼を愛せるだろうか……。

そこまで考えて、不意に抱き上げられた。

 

「目が覚めた?」

 

「……うん。僕どれくらい寝てたかな?」

 

「3日かな、まだ眠いんじゃないか」

 

「うん……」

 

優しく浅間は微笑んで、背の高い彼は小柄なニノを抱いて、大きなソファに腰掛けた。

 

「少し、何か飲んだ方が良い」

 

そう言ってグラスに入った冷たい白ワインを飲ませてくれる。

上品で優しい笑顔は、人間の紳士そのものだ。

 

「浅間さん……僕をどう思ってるの?」

 

「……? どう言う意味?」

 

言葉だけ残して、ニノはまた深く、血の眠りに入ってしまった。

 

この言葉の意味も、心もまだ……孤独に生きてきた彼には、わからなかった。

 

 

 

***********

 

 

 

謹慎処分の最終日。

翔は潤が気になって、吸血鬼のことを知らない雅紀には内緒で、家を訪ねた。

 

(なんて言おうかなあ……。また殴られるかもなあ……)

 

玄関のモニターは、チャイムの音が鳴るだけで反応が無かった。

 

「留守かなあ。どうしよ……」

 

家からは、何の音も聞こえない。

ただ、あの神経質そうな彼が、帰宅しても一人でこの大きな家にいるのかと思うと、帰れなかった。

 

メモに自分の連絡先を書いて、ドアにメモを挟もうと、そっと動かすと鍵が開いていた。

 

「え? 鍵忘れてるのかな……」

 

恐る恐る、ドアを開けると、突然大きなガラスの割れる音がして、慌てて靴を脱ぐのも忘れて飛び込んだ。

玄関からリビングに入り、走って音がした方向にある奥の部屋に入った。

 

そこで見たのは、粉々のガラスの前に倒れている潤少年と、立ち尽くした大野の姿だった。

 

 

 

**********

 

 

 

 フッと突然何かに弾かれたように、ニノが目を開いた。

何かわからない、おかしな音が聞こえた。

 

「なに……? なんだろう?」

 

母が死んだ日も、こんな感じで目が覚めた。

 

……まさか? 今度は。

 

 家中探したが、浅間の姿が無い。

勝手に出かけたら、逃げたと思って皆殺しに来るのだろうか。

 

(でも……潤君が死んだら、もう僕が生きてる意味なんて無くなる)

 

必ず戻るから許して欲しい、とテーブルに書き置きして外に出た。

 

(潤君……死なないで!)

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

「大野さん、何したの?」

 

翔は、倒れている潤少年を大野と救急車を呼んで運び、落ち着いたところで、病院の待合の椅子で座る彼に聞いてみた。

 

「なんだよ、俺を疑うの?」

 

「……だって、いきなり大野さんがいるから」

 

ちぇっと、子供のように言うと大野は話し出した。

 

「たまたま、翔ちゃんと同じタイミングだったんだよ、俺が庭から覗いたら、あの子が倒れてたんだ。それでガラスを破って入ったの」

 

「そうなんだ。……良かった。大野さんが殺しに来たのかと思っちゃった」

 

「なんで、あの従兄弟を殺すんだよ。……ニノもいないのに」

 

「はあ? なにそれっ? ちょっと! やっぱりそうなんじゃん!」

 

「違うってば」

 

すると、少年の意識が戻ったと、看護師が言いに来て病室に向かった。

 

数日しか経ってないのに、彼はやつれていて、病人のようだった。

 

「松本君、大丈夫?」

 

「うん……迷惑かけたみたいで、ごめん」

 

「俺の方こそ、謝りたくて家に行ったんだけど……」

 

少年は、何日も眠れずに食事もしていなかった為に、倒れたようだった。

 

「……カズのことだけど」

 

「なに……?」

 

「本当に知ってるの? ……会えた? いつ?」

 

思い詰めた瞳で、少年が聞いてくる。

翔が困っていると、大野が先に答えた。

 

「ちゃんと会ったのは、1年前……去年の5月だよ。次はこの前で、君のそばだと思う。ニノの匂いがした」

 

「どういうこと……?」

 

理解できない説明に、困惑しているようだ。

 

「信じられないけど……もう、死んでんのかと思ってたよ……。本当に?」

 

「それは……」

 

急に、風向きが変わって、大野だけにその違いがわかった。

 

「ニノが、近くにいる。……あの男もだ」

 

大野が立ち上がって、すごい速さで外に出て行ってしまった。

 

「待って! 大野さん! 殺さないで!」

 

 翔が、後を追いかけて飛び出していった。

 

 

 

「カズが……?」

 

状況のわからない少年がベッドから起き上がって、よろけながら廊下を進む。

 

誰かの声が聞こえて裏の庭に出ると、目の前に恋しい気が狂うほど探した、従兄弟が立っていた。

 

「カズ……?」

 

「潤君」

 

「本当に……カズなの?」

 

 ニノは別れた時のままの姿だったが、さらに色が翔けるように白く唇が赤く、髪は艶めいて真っ黒に輝いて……この世のものでは無いように綺麗になっていた。

 

 微笑んでニノが、潤に駆け寄ると、思い切り抱きしめあった。

 

「……会いたかった、潤君……」

 

「カズ……夢じゃ無いよな?」

 

「うん、ごめんね、心配かけて」

 

 潤は、こんな都合の良い夢を何度見て、目が覚めて絶望したか分からない。

とても現実とは思えなかった。

ニノは、もともと浮世離れしていたが、確かに今の姿はもう、人間に見えなかった。

 

「潤君が死んだらどうしようかと思った……」

 

「俺も……カズはもう死んだかもしれないって……」

 

ニノが複雑な顔になって、潤を見上げた。

 

「うん、一度死んだんだよ、僕」

 

「え……?」

 

「そうして……違う生き物になったんだ。もう……人間には見えないでしょ?」

 

 潤が驚いて、ニノの顔を見つめると声がした。

 

 地を這うように、低く暗くよく響く。

 

 

 

「ニノ、探したよ。こっちにおいで」

 

 

 

……無表情で、大野が立っていた。

 

 さっき、潤と話していた穏やかな雰囲気はカケラもなく、殺気だけが伝わってくる。

 

 潤が思わずニノを、自分の背に隠した。

 

「ごめん……大野さん。僕もう大野さんとは会えないんだ」

 

ニノは、潤の背中に隠れながら、大野に返事をする。

 

 

大野は、ふふと冷たく笑うと、よく響く声で氷のような言葉を口にした。

 

「うん、わかってるよ。だから俺に『殺してもらいに帰ってきた』んだろ?」

 

「なんて……?」

 

潤は驚いて、大野とニノを交互に見た。

 

「何を言ってるの? カズ、どういうこと?」

 

「ニノは俺だけしか、いらないんだもん。俺のいない世界で生きてたくないよね?」

 

「ごめん、大野さん……わかって? 僕を殺したら、大野さんが……」

 

 言い終わる前に、大野が凄いスピードで潤からニノを拐うと、細い首を両手で掴んだ。

首を絞めながら持ち上げていくと、ニノの体が宙に浮く。

 

「大野……さん……」

 

「やめろ! カズを離せ!」

 

 潤が止めようとするが、まるで相手にならない。

簡単に払われて、地面に叩きつけられた。

 

大野は、先ほどと同じ人には思えなかった。

体が大きくなり、目は赤く光り、殺気がドス黒く見えるようだった。

 

「カズ、早くこうしてあげたかった。遅くなってごめんな?」

 

 もう、とても正気には見えなかった。

ニノの体から力が抜けて、息が止まりそうだった。

 

 

 

「やめて! 大野さんやめて!」

 

 その声に、大野の殺気がピタリと止まった。

翔の声だった。

叫びながら、大野に縋りつく。

 

「その子を殺さないで! 2回も殺すの?! 可哀想に思わないの! それも彼の前で殺すなんて!」

 

 最後は泣きながら、大野の腕を必死で掴んだ。

大野の手から力が抜けて、ニノがスルッと解放されて地面に落ちていこうとした。

それをどこからか走って来た浅間が抱き止めた。

ニノは、息を苦しそうに何度かすると意識が戻ってきた。

 

「ニノ……」

 

「浅間さん……ごめんなさい……。お願い……誰も殺さないで……」

 

「ああ……」

 

「ありがとう……」

 

やっと浅間を許せるような気持ちがして、ニノは覚悟が決まった。

 

 浅間は、すぐにニノを追って来たが、すぐには手出ししなかった。

ただ、ニノがどうするか、大野がどうするか見たかった。

いつもの彼なら発狂するほど怒りが押し寄せるのに、なぜかニノがどうしたいのか気になって、動けなかったからだ。

 

「カズ!」

 

潤の声に、ニノが浅間の顔を見る。

 

「構わない、行っておいで」

 

 浅間は穏やかに、ニノを潤に差し出した。

ニノは、微笑んで潤に抱きしめてもらう。

 

「カズ? 大丈夫?」

 

「うん、潤君こそ」

 

「俺は平気だけど。カズ……その」

 

「うん、僕、もう吸血鬼になったんだ……。この浅間さんのモノになったんだ」

 

 目を見開いて驚く潤を見て、ニノが昔のようにクスクス笑った。

浅間は黙ってそれを見ている。

 

大野は、翔に縋りつかれた格好のまま、固まっていた。

 

「だから、一緒にはいられないけど」

 

そう言って潤の首筋に歯を立てて、少しだけ血を啜った。

そして自分の指を噛んで、今度は潤に自分の指の血を舐めさせた。

 

 

「もし。会いたくなったら、この血を思い出して呼びかけて? 必ず会いにくるから」

 

「カズ……どこに行くの?」

 

「どこにも行かないよ。そばには、いなくても……潤君と繋がってるから、心配しないで?」

 

そう言って潤から離れて、浅間の元に帰った。

浅間は、ニノを優しく抱き上げる。

 

大野が、それを見つめている。

 

「大野さん、それと止めてくれた人、ありがとう。……大野さんが幸せになるのを祈ってるから。それと潤君をお願いします」

 

「ニノ……ひどいよ」

 

大野が、零した。

 

「吸血鬼は、勝手なんでしょ?」

 

 ニノがそう冗談ぽく言うと、笑った。

けれど限界だったようで目を閉じて、浅間の胸に甘えるように、静かに眠ってしまった。

 

「お前……ニノをどうするんだよ?」

 

「家族になったよ。少しね……」

 

 浅間自身も、不思議な気持ちでニノを抱きしめる。

初めて気持ちを預けられたことが分かって、嬉しいと思うなんて、まるで自分は人のようだと思った。

 

「ニノ……ごめんな」

 

 浅間の胸で眠るニノに、大野が名残惜しそうに声をかけた。

 

 潤がこの世のものと思えない者たちを、複雑な顔で見送っている。

 

「ニノ……。またな?」

 

 

 

浅間が立ち去り、潤もゆっくりと……泣きながら去っていった。

 

 

 

大野も泣きながら、翔の手を握り歩き出した。

 

 

 

月が照らすのは、人やモノだけでなく、するすると落ちて消えていく、たくさんの感情だ。

 

 

 

大野と潤は、長い後悔と苦しみから。

 

浅間は、嫉妬による憎しみから。

 

ニノは、置いてきた過去への心残りから。

 

それぞれ、束の間だが、解放されて自由になった。

 

 

 

翔だけが、それを呆然と眺めて、不思議な気持ちで帰っていった。

 

 

 

 

**********

 

 

 

「大野さんてば、寝すぎですよ!」

 

今日も、大野を起こすのが翔の1番の大仕事だ。

 

「もうっ、なんで働こうとしないんだよ!」

 

翔がエイっと布団を剥がしても、起きようともしない。

 

「仕事は、翔ちゃんがいるじゃん」

 

「管理人は、あなたなんですからね!」

 

相変わらずの日常が戻り、潤が翔の親友に加わった。

 

 

 

 なぜか、あの夜の話は、二人でしたことがない。

 

 話せば魔法が溶けて、あの日のニノが、ただの夢に変わってしまいそうだったから。

悲劇の傷を、愛情が癒してくれる。

治ることはないけれど、傷そのものが思い出として、輝く日もあるかもしれない。

 

 

 

潤はたまに、寂しくてニノを呼びたくなったけれど。

 

 大野は、昔のニノに似た子供を見ては、悲しかったけど……。

翔の明るい声を聞くと、諦めがついた。

その代わりのように、毎日聞いてみる。

 

「翔ちゃん、俺のこと好き?」

 

「はああ? 気持ち悪いこと聞くんじゃない!」

 

元気な高校生男子には、異形の者の孤独は難しかった。

 

 

 

永遠のように長い、今までの時間で分からなかったことを、大野は翔から学び、浅間はニノから教わった。

 

 

 

 

長い長い人生の中も、短い人生の中でも、1日は同じ時間と重さだ。

 

誰もがただ、ひたすらに、生きていく。

 

どんな薔薇も美しく咲いて、散る。

 

咲いた場所で、生きていく。

 

 

 

 

大野はやっと、心が静かな場所に落ち着いた気がした。

 

「ニノ、もう俺……寂しくないよ?」

 

今は遠くなってしまった人生の花に、孤独な吸血鬼は、一人つぶやく。

 

 

 

 

吸血鬼のような赤い薔薇とその葉。

 

あの薔薇の葉の誓いのように、人の考えた花言葉がある。

 

赤い薔薇の葉の言葉は。

 

「無垢の美しさ」

 

「あなたの幸せを祈る」

 

それは、そのまま吸血鬼たちの言葉でもあるなんて。

 

少年たちは勿論知ることなど無かった。

 

 

 

第4章へ続く

(長文読んで下さりありがとうございます)