嵐妄想小説

大宮妄想 末ズ妄想

吸血鬼・ダークファンタジー

物語の全てはフィクションです。

(10,000超文字数)

 

 

 

第2章「それは血の約束・薔薇の葉の誓い前夜」

 

 

 

 

 

「……約束したよ?」

 

そう言った光る瞳と、見えない牙を持った綺麗な人。

 

約束が、頭の中を木霊する。

 

帰っておいでと、呼ぶ声がする。

 

これは愛情なのか、それともー。

 

 

 

***

 

 

 

春先。

桜がもうすぐ咲くと、ニュースが教える穏やかな午後だった。

小さな男の子が、一人で家の庭で遊んでいた。

 

「きみ、一人?」

 

声がして子供が、顔を上げる。

音もなく、綺麗な男性が目の前に立っていた。

 

「俺と遊ぼう?」

 

「うん、いいよ」

 

一人で寂しかったから嬉しくて、笑って子供は頷いた。

……その日から、毎日の様に子供が一人きりの時は、その男性がやって来て遊んでくれた。

 

「あら? その傷、治ったと思ってたのに、また引っ掻いたのかしら?」

 

母親が、息子の首筋の傷に気が付いた。

小さな息子は、なぜか首筋にだけ時々、傷がある。

まだ小さいから、その手で引っ掻く癖でもあるのだろうと思われていた。

 

「あまり、かかないでね?」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 季節は巡り、少しづつ男の子は成長して14歳になっていた。

色が白く小柄で華奢なのは、変わらない。

少女のように可愛らしい少年だった。

あの、いつも会いに来てくれる男の人は、何年経っても変わらない。

見計ったように、一人きりの時にだけ現れる。

 

「ニノ、お帰り」

 

「ただいま、大野さん」

 

 ニノと呼ばれた少年は、二宮和也 という中学生だ。

大野さんというのは、近くの高校の学生寮の管理人をしているらしい。

 

 ニノ少年の首筋には、小さな傷が今もある。

薄くなる頃、また傷になるから、ほとんどアザのようだ。

 

「大野さんは、いつもお昼は何してるの?」

 

「寝てるかな〜。たまに働くけど」

 

「変なの」

 

二人で、大野の勤める高校の大きな校庭にある公園スペースのベンチに座る。

 

「ニノ、お腹空いたろ? これ買って来たから食べな」

 

「うん、ありがとう」

 

 大野が、若い男の子の好きそうな物を毎日のように買ってくれるが、少食のニノには食べきれない事が多い。

今日は、新発売だってと、笑って分厚いハンバーガーを渡された。

 

「ニノは、もっと食べて、もう少し太れよ」

 

「大野さんだって、食べないじゃん」

 

「俺は、好きなものが偏ってるからな」

 

 大野は、そう言って一人で笑った。

ニノは、あまり丈夫じゃない。運動神経は良いけれど、スタミナが無かった。

線の細い、色の白い少年は、どこか浮世離れしている。

毎日のように、会いに来てくれる理由を聞いたことがあるけど、彼は笑って一言で済ます。

 

「ニノが好きだから」

 

 結局、ニノには理由は分からない。

記憶の始まりは曖昧で、ただ大野が美しい姿だった事しか残っていない。

 

 ただ、優しいこの人がいなくなったら、寂しくて堪らなくなるだろう事は、分かっている。

……だって、毎日、別れる時は泣きたくなるから。

 

「何か、恐いことがあったら、すぐに俺を呼べよ?」

 

家まで送ってくれた後は、別れ際に抱きしめて必ず言ってくれる。

 

「うん」

 

ニノは大野に別れを告げて、家に入った。

その姿を見届けて、彼は夕闇に消えていく。

 

消えていく背中は、人と違うオーラに変わっていた。

 

 

 

 

家には、仕事から帰った母親と、同じ歳で従兄弟の松本潤が居た。

 

「カズ(二宮和也)お帰り! 遅かったじゃん」

 

「ただいま潤君、……遅くなってごめんね」

 

「今日から、潤ちゃんと一緒に住むなんて、思わなかったわねえ」

 

 ニノの父親は、単身赴任しているので、今まで母子二人の家だった。

けれど、従兄弟の両親が海外に仕事の関係で引っ越すために、今日から潤はこの家で、ニノ母子と暮らすことになった。

広すぎて少し寂しい家だったが、明るい従兄弟が同居することになって、母親は嬉しそうだ。

なぜか、あまり友達と遊ぼうとしない息子を心配していたから。

 

 

 

 大野のことは、他人には、あまり話していない。

昔、母親たちに話してみたが、全く母親たちの前には大野は現れないので、妄想の友達だと思われてしまったからだった。

 

 

 

 

「明日から、学校も一緒だね」

 

「そうだね。潤君はカッコいいから、人気者になるよ、きっと」

 

「何それ? カズって変な事言うなあ」

 

潤は嬉しそうに、ニノの小さな頭を撫でる。

同じ歳だが潤は、小さな頃から体の弱かったニノのことを守っているつもりだった。

その目鼻立ちのハッキリした、顔の小さな従兄弟は、オシャレで華やかだ。

繊細なのに気が強くて、よく大人と衝突するが、友達からの人望が厚く、今回の転校は周りを悲しませたようだ。

 

(そうだった……明日から潤君がいるんだった。大野さんの事、どうしよう……)

 

あの綺麗な優しい人は、決して他人がいる時は、会いには来ない。

きっと、しばらく会えないと思うと寂しくなった。

 

 

 

 

朝は、潤と二人で学校に行き、帰りも二人で帰った。

社交的な潤は、あっという間に友人が出来た。

たくさんの友人が、その周りを囲むようになって、一緒に帰る人数は、毎日10人近くなった。

みんなで帰りに、食事に行ったり、ゲームセンターに行ったりと、彼はニノを離さずに連れ歩く。

他の友人たちが、ニノと初めて遊ぶと嬉しそうに言うのを聞いて、潤は驚いた。

 

「え? カズ、帰りに遊び……行ったことないの?」

 

「あるけど……」

 

ニノを知る男子生徒が、それを聞いて補足するように話す。

 

「ニノは、いつも誘っても帰っちゃうんだけど。誰と遊んでたの?」

 

「え……っと」

 

言葉に詰まるニノが、誰かのことを隠しているように見える。

家に帰ってから、二人きりのリビングで潤が、話を蒸し返した。

 

「カズ、そういえば、いつも帰りが遅いって叔母さん言ってたよ。会ってる人って……言えないような人なの?」

 

「そんなこと無いけど。ただ……その人は、あんまり他の人に会いたくないらしくて……」

 

「同じ学校?」

 

「大人の男の人だよ、近くの高校の学生寮の管理人さんなんだ。大野さんていうの」

 

「なんで、そんな人がカズと会うの?」

 

「え……? 何でだろ……」

 

「なんなの? 大丈夫? その人」

 

 日が経ち、大野と会わなくなって1ヶ月だ。

潤に聞かれるまで、会う理由なんて考えたことが無かった。

冷静になってしまうと、不思議なことばかりだった。

もう、10年以上前から知っているのに、大野は姿が変わっていない。

会ってる時は、いつも楽しいけど、帰る頃の記憶は大体が曖昧で、別れるのがすごく寂しかった。

 

大野は寂しく無いんだろうか……。

 

「今度、紹介してよ? その管理人てのに」

 

潤は、不機嫌そうに、そう言った。

 

大野と会わなくなってから、体調が良くなったようだった。

食欲も少し出てきて、顔色も良くなった。

母親は、従兄弟のお陰だと、喜んだ。

リビングに入って来た母親が嬉しそうに話し出す。

 

「あら、首にいつもあった傷も無くなったわね」

 

「カズ、傷って?」

 

「この子、昔から癖でいつも首筋に傷をつけちゃうのよ、引っ掻くみたいで。治ったんなら良かったわ」

 

「そうなの? 引っ掻いたりしてるの、俺は見たこと無いけど」

 

「…………」

 

 ニノは、潤に見つめられて困っても、何も言えなかった。

引っ掻いた記憶は、自分でも無いからだ。

 

 深く考えたことなど無かった首の傷。

お風呂で、自分の首を触ってみた。

うっすらと残る傷の跡を触ると、何かを思い出しそうだけど、急に甘く痺れて記憶は飛んでしまった。

甘い痺れは、そのまま寂しい感情を呼んで来て、泣きたく無いのに涙が溢れて仕方なかった。

お風呂から、出た後も涙は止まらなくて、バスタオルを被って隠しながら、部屋に戻ろうとする。

 

急に目の前の誰かにぶつかって、倒れそうになるのを抱き止められた。

 

「……カズ? どうした? なんで泣いてんの?」

 

「あの……大丈夫だよ」

 

 ニノと一緒に映画でも観ようかと、部屋から出てきた潤だった。

ニノは大丈夫と言いながらも、なぜか涙が止まらない。

驚いた顔の潤に笑おうとするが、上手くいかなかった。

 

「わかった。……言わなくて良いから。その代わりに今日は一緒に寝よう?」

 

彼は、優しく笑って、そう言ってくれた。

ニノのベッドで寄り添うように、二人で横になる。

涙が止まらないニノを胸に抱いて、優しくあやすように薄い背を撫でてくれた。

 

 窓から入る月明かりが、二人を照らす。

涙で滲んだ瞳に映る、潤の整った顔が綺麗だと思いながら、ニノは眠った。

 

 ……だがそれを、窓の外から眺めている人影があった。

人影は何か呟くと、ゆっくり去っていった。

 

 

 

 

 

 翌日ニノは一人、大野と会いに行くと言って、出かけてしまった。

潤は心配だったが、教師に頼まれた放課後の委員会の準備の為に、仕方なく頷いた。

 

ニノは、大野に会って聞くつもりだ。

今までの、疑問を。

 

どうして自分なのか。

どうして、こんなに大野に会いたいのか。

大野に会えないのは、寂しくて堪らない。

それは異常なほどに。

 

彼の勤める高校の校庭に入ると、すぐに後ろから抱きつかれた。

 

「ニノ、やっと会えた」

 

「大野さん……」

 

校庭は、なぜか誰もいなかった。

大野は、そっとニノを離すと言った。

 

「会えなくて、寂しかったろ?」

 

「うん」

 

 素直に頷くと、嬉しそうに笑った。

二人でいつものように、ベンチに座る。

ニノはなぜか、ぼんやりして来て、それを払うように頭を振った。

 

「ニノ、どうした?」

 

「大野さん。……あなたは、本当は誰なの?」

 

大野は、急に表情が無くなって、静かに答える。

 

「なんで、そんな事が聞きたいの?」

 

「知りたいから、分からないから。大野さんにどうして会えないと寂しいのか」

 

「寂しいのは、俺のことが好きだからだ!」

 

揺れる感情を掴むように、ニノの瞳を見つめながら、大野がハッキリ言う。

 

「それじゃ、ダメなのか?」

 

違う……そう言おうとしたけど、瞳の圧がすごくて。

 

そのうちに、頭がまたぼんやりして来て、記憶が飛ぶ。

 

……気が付いたら、ニノは家に帰っていた。

 

 

 

***

 

 

 

 ニノを家に送り届けてから、大野は悩んでいた。

あの子と出会ってから、もう10年以上になる。

 

一人で遊ぶ、あの子はまだ3歳で、とても可愛かった。

 

大野は、吸血鬼だ。

 

気が遠くなるような時間を生きてきたが、誰かと一緒にいて、いつまでも楽しいのは初めてだった。

 

離したくなくて、血を吸った。

血を吸えば吸うほど、その人間は大野に従順な人形のようになっていく。

血を吸われていることは、本人は覚えていない。

吸血鬼は、記憶を消してしまうからだ。

 

少しずつ、少しずつ成長するあの子は、色んな顔を見せてくれるから、飽きるような事は無かった。

 

何より心の優しいあの子は、いつも大野の錆びてきた感情を蘇らせてくれる。

 

体の弱い自分の事より、いつも大野の心配をしてくれる。

 

 けれど、毎日会えなくなった。

あの子の周りが、うるさくなって来たからだ。

どうしようかと思っていたところに、一人で会いに来てくれた。

嬉しくて堪らない。ほとんど忘れていた感情をいつも教えてくれる。

 

でも。

 

とうとう聞かれてしまった。

 

まだ先だと思っていたのに。

 

 どうやって、説明すればわかってくれるだろうか。

このまま別れない方法があるとしたら、それは1つしか無い。

 

吸血鬼の血の洗礼で、家族にする事だった。

 

 

***

 

 

ニノの帰りを、先に帰って落ち着かずに待っていた潤は、帰宅したのを出迎えてギョッとする。

 

「カズ……その首の傷、どうしたの?」

 

「え?」

 

ニノが自分で首を触ると、ツキンと軽く痛む。

 

潤が顔色を変えて、ニノの首を両手で触って確かめた。

 

「これ、何かに噛まれたみたいな……」

 

薄く、血のようなものが残っていた。

 

「噛まれては、無いはずだけど」

 

 言いながら、自信がない。

大野は、答えをくれなかった。

そして、最後の記憶は曖昧だ。

 

「管理人て、どんな人?」

 

「普通の、男の人だけど」

 

牙で、ついたような小さな傷。

人目を避ける理由は、これだろうか。

しかし、なんの為の傷なのか、分からなかった。

考えた潤が、ニノを抱き寄せると、その傷に自分の唇をあてて、噛む代わりに舌で舐めてみた。

 

「え……潤君?」

 

「多分、こういう事じゃない? それ以外でこの傷の理由ある? その管理人にされたんじゃ無いの?」

 

「まさか……」

 

「もしかして、覚えて無いの?」

 

「……わかんない」

 

 ニノの顔色は真っ青になった。

これ以上は可哀想で、潤はもう、聞かなかった。

 

管理人が誰かは知らないが、ニノは取り憑かれているらしい。

とても、普通の関係には思えなかった。

朝よりずっと、今は顔色が悪いのは、その男に会ったからだ。

昨日、泣いていたのも、その男のせいだろう。

……潤はどうしたらいいか、悩み出した。

このままで、済むとは到底思えなかった。

 

それから、ニノは寂しくて辛かったが、大野と会いに行くのを我慢している。

頭の中が混乱していた。

落ち着いて考えられるようになってから、会いに行くつもりだった。

まだ14歳には、消える記憶とこの傷は、言い知れぬ恐さがあった。

 

「カズ、カウンセリングについて来てくれない?」

 

「潤君、どうかしたの?」

 

「最近、不眠症でさ。カウンセリングで結構治るらしいんだけど、一人で行きたく無いんだよね」

 

ニノは明るく笑顔でいう潤と一緒に、電車で一時間の有名らしい医院の扉を潜った。

 

医者は、背の高い甘い雰囲気の優しい男性で、名前は浅間と名乗った。

小柄なニノからすると、大男に見えた。

潤と話す先生の声は、気持ちよくて眠くなる。

 

「……カズ、大丈夫?」

 

 

 

気が付くと、本当に眠ってしまったニノは、ソファに寝かされていた。

 

「うわ! ご、ごめんね。僕、寝ちゃったんだ?」

 

「良いんだよ。催眠療法だったから」

 

「どういうこと……?」

 

「ニノの記憶を、戻したくて。真実が知りたかった。……心配だったから」

 

「……それで……何かわかったの?」

 

「無理だった。カズが話そうとしても、苦しみ出すから。続けられなかった」

 

「……そうなんだ」

 

催眠より強い、暗示なのだろうか。それとも。

 

 

 

「カズ、管理人の男は危ないよ。二度と会っちゃダメだと思う」

 

 真剣な顔に、黙って頷く以外に無い。

彼をこれ以上心配させたくないから。

 

そこへ先程の担当医師がやって来た。

 

「もし、心配やお悩み事があったら、気軽にまた来てくださいね。ただ話すだけでも違いますから。」

 

優しい声で、話されると気持ちが良くて、なんでも頷きそうだった。

不意に、医師がニノの首の襟元をなぞった。

 

「……。この傷はどうしましたか?」

 

「……覚えてなくて」

 

「そうですか」

 

医師はそれ以上聞かずに、二人は帰宅した。

 

家に帰ってからは、潤は優しかった。

妹を可愛がる兄のように、大切にしてくれる。

大野のことが気になったが、潤から甘やかされるうちに、時間が経っていった。

 

 

新月の夜だった。

夜風が気持ち良くて、窓を開けたままニノは眠っていた。

窓から入って来たらしい誰かの気配で目が、醒めた。

 

「ニノ……」

 

「……大野さん?」

 

起きようとしても、体がだるくて動かない。

大野が、ベッドに腰掛けて顔を覗いている。

姿は、そのままで、大野の気配が別の生き物に変わるのが分かった。

動けないニノを座ったまま膝に抱き上げる。

 

「ニノがいないと、俺……ひとりぼっちで寂しいよ」

 

「ごめんね……」

 

「ニノ、俺のこと好き?」

 

「好きだよ」

 

「吸血鬼でも?」

 

「うん」

 

頭が回らない。吸血鬼って……。

 

動かない頭と体なのに、言葉は勝手に出てくる。

 

「俺、ずっと一人だった。これからはニノといたい。ダメかな?」

 

涙ぐんで、優しく聞いてくる。

ずっと大野に会いたくて寂しくて、堪らなかった気持ちが蘇る。

寂しい孤独な吸血鬼。

いろんな疑問が、消えていく。

 

「俺の家族になって?」

 

「……いいよ。僕を家族にして?」

 

「俺、嬉しい……。約束したよ?」

 

 

 

 

大野の笑顔を見て、ホッとしたら気が遠くなって、次には朝になっていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「カズ、食欲無いの?」

 

「うん、何だか食べたくない」

 

潤といるのが常なので、大野と会うのは夜中になった。

あまり眠れないために、段々、やつれて来てしまった。

首元の傷が有ると、バレてしまうので、噛むのは見えない場所になった。

皆が寝静まった頃、大野はニノの部屋にやってくる。

 

ある日、大野の家族になるとどうなるのか、聞いてみた。

 

「歳を取らなくなって、定期的に俺の分けた血だけで生きていくんだよ。だから、家族とは一緒にいられなくなる」

 

「どうやって、家族になるの?」

 

「俺が、ニノの血を全部吸って、ニノには俺の血を飲ませるんだ。ニノは一度死んで蘇る。」

 

「じゃあ、この家にはいられなくなるの?」

 

「うん。嫌か?」

 

「お母さんや、潤君はどうしよう……」

 

「悲しむだろうな。……ニノが辛いなら、大人になるまで待つよ」

 

寂しそうに大野は笑って、それを後に悔やむ事となる。

 

 

***

 

 

「潤君、これ潤君が使ってくれない?」

 

「なんで? このウォークマン新品じゃん、カズが使えば?」

 

「もういらないから、使って?」

 

誕生日でも無いのに、プレゼントされるのは初めてだった。

何だか、嫌な感じがした。

潤とは、いつも一緒にいるから、あの管理人には会えないはずだった。

 

ニノがやたら、自分の部屋の片付けを始めたのも、気になった。

 

……まるで、遠くへ行くように。

 

「ねえ、カズ。なんかあったの?」

 

「何にもないよ」

 

潤には、ニノが何だか儚くなったように見えて、説明できない怖い予感があった。

 

「カズ、お前が心配だよ」

 

「潤君は心配しすぎだから。もう大丈夫。たまには一人で遊びに行きなよ? ほら、昨日も誘われてたでしょ?」

 

「ああ、試合のピンチヒッターに呼ばれたけど」

 

「僕も試合を見に行くよ。引き受けてあげたら?」

 

「カズも来るんなら……」

 

すすめられて行くことにしたことを、潤も後悔することになる。

 

 

……運命の時が迫っていた。

 

 

 

***

 

 

 

潤の試合を見に行く準備をしながら、まだ大野に聞けて無いことを思い出した。

 

ーどうして、自分を選んだのか。

 

今夜……大野が来たら、聞いてみようと思いながら家を出る。

先に試合前の練習があるために、潤が出発して一時間遅れて行く予定だった。

ずいぶん、昼間に出かけるのは久しぶりだった。

晴れた午後は気持ち良くて、明るい気持ちになった。

 

昼間は会えない大野を一目、外から見たくなって高校の校庭に寄り道した。

 

……そのニノに音もなく近づく者があった。

 

 

***

 

 

大野は、おかしな予感がして顔を上げた。

管理人室で珍しく、真面目に仕事をしていた時だった。

 

声ではない、音では無い悲鳴のようなものを聴いた気がして、ニノの顔が浮かんだ。

 

「まさか……」

 

全て放り出して、部屋を飛び出した。

 

 

***

 

 

 

「二宮和也君」

 

呼ばれて振り返ると、潤と一緒に行った医院の医師がいた。

 

「浅間先生?」

 

「良かった、覚えてくれてた」

 

微笑んだ医師は、プライベートらしくカジュアルで上品なジャケット姿だった。

 

優しい声は、同じだったが、次の言葉は、ニノを氷つかせるようなものだった。

 

「迎えに来たよ」

 

その言葉を聞いた途端に、体が動かなくなった。

動けないニノに、浅間が迫ってくる。

立っていられなくなって、地面に座り込んだ。

 

「……迎え?」

 

「ああ。そうだよ、君は私の家族にする」

 

ブワッと鳥肌がたった。

 

冷や汗が噴き出してくる。

 

「僕は、大野さんの家族だよ……」

 

「まだだろう? まだ君は人間のままだ」

 

「どうして、僕なの……?」

 

大野に、聞くはずだった言葉だった。

 

「見てたんだよ、いつも君とあの男をね。偶然見かけた二人は幸せそうだった。羨ましかったよ。美しい光景だったからね。でも諦めてた」

 

そう言って、彼が微笑んだ。

 

「テリトリーを破るのは、ご法度だ。破れば殺し合いしかなくなるからね。でも、君は私の前に現れた。運命だと思ったよ」

 

「殺す……? 大野さんを?」

 

ニッコリ浅間は笑って、ニノを凄い力で引き寄せると、首に噛みついた。

 

隠されていた牙は、長く伸びて首を突き破りそうだった。

 

目の前が赤く染まっていった。

 

(大野さん……助けて……!)

 

 すぐに、血がなくなってゆくのがわかる。

身体中が痺れて、冷たくなっていく。

その時、何かが飛んできて、体を吹き飛ばされた。

地面に叩きつけられる寸前で、誰かに抱き止められた。

 

「お前……! 誰だ! 分かってるのか! この意味を!」

 

大野だった。

いつもの痩身ではなく、ひとまわり大きくなって、吸血鬼の本性を現していた。

 

「分かってるよ。あなたを殺しに来たんだから」

 

浅間の体も、さらに大きくなって、瞳が異様な光を放っていた。

 

「ニノ! しっかりしろ!」

 

「大野さん……」

 

血まみれで、ニノはもう虫の息だった。

容赦無く、浅間が凄い力と長い爪で、大野の脇腹を後ろから切り裂いた。

ニノに気を取られていた隙を突かれてしまった。

 

 それでも大野はニノを離さなかった。

再び浅間は、大野の体を切り裂こうとする。

膝をついて、ニノを抱いたままの大野の体からは、血が吹き出している。

 

……段々、大野も力が入らなくなっていく。

 

「やめて……殺さないで……僕なら好きにして良いから……」

 

絞り出すようにニノが言う。

 

「ニノ、それはダメだ……!」

 

「大野さんを……殺さないで……」

 

弱った大野からニノを奪うと、浅間は大野の目の前でその首に噛み付いて、絶命するまで血を搾り取った。

 

目の前で、命が消えていく。

 

「ニノ……」

 

 大野は、もう動けなかった。

脇腹の出血が多すぎる。

ただ、奪われていく様子を見ているだけだった。

 

「この子は心が綺麗だな。あなたは助けてあげるよ。この子の為にね」

 

死んだニノを抱いて、目の前から消えるのを見て、大野は気を失ってしまった。

 

 

 

***

 

 

 

潤は、いなくなったニノを気が狂ったように探したが、何日経っても見つからなかった。

 

確かに、家を出たと、LINEが来ていたのに、それきりだった。

 

「なんで、試合なんかOKしたんだ。俺は最悪だ」

 

ニノの母親はショックで、体調を崩して入院してしまった。

 

 なんの手がかりもなく、記憶から大野と浅間が消えてしまっていることにも、気が付かなかった。

なぜか、残っている診察券で浅間のいた病院に行ってみたが、担当医師はいなくなっていた。

 

儚くて可愛かった従兄弟は、もうどこにもいない。

 

残ったのは、後悔と圧倒的な絶望感だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

大怪我をした大野は、なんとか回復してまた、元のように暮らしていた。

 

あのあと、回復してすぐにニノを探して回った。

 

だが浅間も、ニノも、見つからなかった。

 

 

 

 

 

毎夜、ニノの血に声を送った。

 

「……帰っておいで」

 

ニノの体に10年以上かけて、血を吸いながら少しずつ飲ませていた自分の血が、あの体のどこかにいるはずだった。

 

 

後悔ばかりが押し寄せる。

奪われるくらいなら、血の洗礼を早く済ませれば良かった。

……たとえ、あの子が悲しんだとしても。

 

 

 獰猛な吸血鬼の考えが、全身を駆け巡る。

理性なんて、どこかに吹き飛んで、殺意だけが残っていた。

毎夜のように、血を吸って歩き、手加減ができなくて、殺してしまうこともあった。

 

 もう人を殺しても、何も感じない。

ニノと過ごした時間で覚えた、人への優しさも薄れていった。

そんな自分にも絶望していた。

それに反して、体は、血を吸った分だけ、以前にまして強く変わっていった。

 

 

 

***

 

 

 

季節が過ぎて、大野のいる高校の入学式だった。

 

 まだ寒い春の日、何百人といる子供たちが目の前を通り過ぎる。

本当なら、あの子の入学式だって、見られたかも知れなかった。

そう考えて、絶望した。

 

 ぼんやり桜のそばで、眺めていると、綺麗な顔をした頭の良さそうな1年生らしい男の子が来た。

友達と一緒に、財布を落とした生徒を探していた。

大野にも話しかけてきた。

 

「財布、落ちてたんですけど。探してる生徒を見ませんでしたか?」

 

「……見てないな。もらっとけば?」

 

「いやですよ、誰も見てなくても自分が嫌いになっちゃう」

 

明るく笑う、心の綺麗な少年は、ニノを思い出させた。

 

「そう。君の名前は?」

 

「1年A 組の、櫻井翔です。よろしくお願いします。それと学生寮で、今日からお世話になります」

 

その時、この少年の幼馴染らしい子が走ってきた。

 

「翔ちゃーん! 見つかったよお!」

 

「おお、良かった! あ、じゃあ、行ってきます!」

 

櫻井翔という少年は、友達と元気よく走り去っていった。

 

大野と、明るくて清らかな、少年二人との一瞬の出会いだった。

 

 

 

「……ニノも、あんな優しい良い子だろうなあ」

 

溢れた自分の声に、思わず笑って、『思いついた』ことがある。

 

引き裂かれて、血を流した心に、小さな希望が灯ったようだった。

 

 

 

***

 

 

 

見知らぬ家で、目が覚めて、優しい声に自分の名前を知った。

 

「ニノ、おいで」

 

浅間というらしい背の高い男が、自分を呼ぶ。

死から蘇り、目覚めると世界は変わっていた。

 

少しずつ動けるようになると、浅間は、ニノをあちこち旅行に連れ回った。

どこの土地に降りても、なぜか浅間は有力者なのか、大歓迎されてニノにも皆が優しい。

 

 

 

けれど、夜、ベッドに入ると、声が聴こえた。

 

どこからか、自分を呼ぶ。

 

「……帰っておいで」

 

 最初は、思い出せなかった。

家族のことも、ほとんど今は覚えていなかった。

その声は、日に日に大きくなり、ある夜の夢の中で形となって現れた。

 

 

 

大野が泣いていた。

ニノを呼んでいる。

一人で、いつまでも。

ニノは、大野が可哀想で名前を呼んだ。

 

 

……飛び起きて、息を切らすニノに気づいた浅間が、大きな体で抱きしめた。

ニノには、今は浅間だけだった。

優しくて、誰より強い吸血鬼だ。

 

「怖い夢でも見たの?」

 

小さな子供に話しかけるように、浅間がニノの頭を撫でて、もう一度寝かしつける。

 

「……呼んでる」

 

一言呟くと、眠ってしまった。

 

浅間は、ちょっと考えて、まさかと首を振ってニノの隣に滑り込んだ。

 

 血の洗礼を受けて、自分の意思で動ける人間など見たことが無かった。

記憶も、戻ることは無いはずだ。

 

 

 

だが、ニノは数ヶ月後、完全に戻った記憶を胸に、浅間の前から消えてしまう。

 

大野との再会が、迫っていた。

 

 

 

 

 

 

『帰っておいで』

 

この声は、愛情なのか、呪いなのか。

 

ニノはただ、呼ばれて答えるしかできなかった。

 

 

 

<end>

 

 

(時間は 第1章へ)物語は、第3章へ続く。

 

 

 

 

懐かしい。書き始めた頃は1章を書き上げるのもすぐで。

pixivに初稿をUPしていた頃は、書く情熱が凄かったなあ。

コロナ禍の始まりが、お話を書く始まりでした。

きっとあの時間がなければ一生書かなかったでしょう。

不思議です。照れラブラブ