この前にも記事をUPしています。(第24章の10)

 

 

 

嵐妄想小説

お山・大宮・ほか(後々・末ズ・ロバ丸・磁石等)

吸血鬼・ダークファンタジー

物語の全てはフィクションです。

 

ここから始まりましたね。初稿は、3、4年前になりますね。

今読んで下さってる方は、昔に読んだ方がほとんどだと思うのですが。

なのでこのアカウントは新章から載せたのですけれど^^;。

でも、初めましての方も読みたい方がいらしたら読んで欲しいので。

 

お試し的に。第1章は、約9000文字。

(第1章〜第23章と番外編で31万文字数ほどあります。新しい方は読めるかなあ?様子を見て考えます。迷いながらUP)

 

 

 

 

むかしむかし。

 

誰かに聞いた気がする。

 

薔薇は、花びらも、茎も、葉も。

 

その全てに意味が有る。

 

その意味を作ったのは、人間だって。

 

吸血鬼は、その薔薇に似ている。

 

だから。

 

吸血鬼の意味も、有るのかもしれない。

 

だって、吸血鬼こそ。

 

人が作り出したものなんだから。

 

 

第1章『薔薇の葉の誓い』

 


高校に入学したての1年生の櫻井翔が、学生寮の管理人の大野智に初めて会った時は驚いた。

第一印象は、木みたいな人だなあと思った。
 

ジーッと動かないにも、ほどがある。
それでも、石みたいに固くもない。しなやかな感じ。

 

彼の背丈は特別大きくないが、それなりの背丈に痩身で、筋肉質なバランスの良い美しいフォルムだ。
 

若くも見えるし、老成した雰囲気のある日もあって、年齢が分からない男である。
見る分には、美しいと言える彼だが、一緒に仕事をするには、大変だった。

 

授業が終わった1年生の翔は、必ず管理人室に行かなくてはならない。
なぜなら翔は、管理人の大野の仕事を代行するのに、雇われたバイトだから。

 

管理人の大野は、ほとんど昼間は寝てるかボーッとして過ごす。
高校の学生寮で、管理人をしているのが大野で、櫻井翔はこの学校の生徒。
 
だが、大野はこの通り昼間使い物にならない。
大野は、この管理人が本職のはずなのに、バイトを雇って代行しているのが、謎だった。

 

翔は、大きな目にふっくらした唇を持った、整った顔立ちが知的に見える少年だ。
その顔を歪ませて、毎日管理人を怒鳴るのに、自分でも飽き飽きしていた。


「管理人さんっ、いい加減に起きて貰えませんか?」

 

「やだ、眠い」

 

「何で、早く寝ないんですか?」

 

「寝られないもん」

 

「こんな風に、昼間に寝るからでしょう?」

 

無理矢理布団を捲っても、管理人は平気で寝たままだ。

 

「明日から、俺はテストだから、もう帰りたいんですけどっ」

 

「えー? じゃあ、今日のここの管理人いないじゃん」

 

大野の使っている学生寮の一番奥の部屋に来て、管理人の仕事や予定を聞いて代行するのが日常だが、テストの期間は免除の約束だ。

 

「そういう約束でしょ? 大体何で貴方は仕事しないんですか?」

 

「したくないから」

 

はあっと、翔はため息をつく。
 
彼は、別にこんなバイトがしたい訳じゃない。
ここの学校の校長に頼まれてしまった。
校長の頼みを断ることもできずに、今日に至る。
しかも、翔を選んだのは、大野の指名らしい。

 


「大野さん、前から聞きたかったんですけど」

 

大野は、自分のベッドでゴロゴロして起きようとしない。

パンツ一枚の男の姿にも慣れてしまった。
授業が終わったばかりで学生服の翔は、そばの椅子に腰掛けた。

 

「何で、俺を指名したんですか?」

 

「なんでって?」

 

大野は、やっとベッドで起き上がって、背もたれに体を預ける。

 

「八百人以上いるんですよ? この学校の生徒。学生寮だけで百人もいるのに、入学したばっかりの俺を何で選んだの? 」

 

「そんなの、可愛いから」

 

「……は?」

 

「可愛い子のがいいでしょ? それに真面目だし、頭もいいし。悪いとこは……ちょっとドジだけどね」

 

「意味が、よくわかんないんですけど。とにかく今日は仕事お願いしますよ」

 

「真面目だなあ、分かったよ。なんか困ったら言えよ?」

 

「毎日、あなたに困ってるんですけどっ?」(怒)

 

大野は、嬉しそうに目尻を下げてゲラゲラ笑う。
翔には、全く理解できないと思いながら、部屋をでていった。

怒って赤くなった顔も、ふっくらした唇が尖っているのも、綺麗な顔をさらに魅力的にしている事は、本人だけが知らないことだ。

 

「可愛いなあ……」

 

大野は、呟くと立ち上がって、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して一気飲みした。

 

「水じゃあ、足りないや。でもしばらくは我慢しないと」

 

目が覚めてきた。
オーラの温度が静かに下がっていく。
目の奥の光が暗く変わる。

 

「……気配がするな。誰かな」

 

大野は、ゆっくり窓の外に目を向けた。

 窓の外は、花の終わった桜並木が、風に揺れている。
風に乗って微かに匂ってくるのは、血の匂い。
誰かが血を吸っている匂いだった。

 

「人のテリトリーに……。仕方ねえなあ」

 

別人のような優雅な動きで着替えると、彼は部屋を出て行った。

 

 

 

 

***


 

 

 

「大変……翔ちゃん!」

 

学生寮の自分の部屋で翔が勉強していると、幼馴染の相葉雅紀が飛び込んできた。
雅紀は、サラサラの茶色い髪をセンターで分けた、背の高いモデルのような少年だ。

 

「どうしたの?」

 

顔色を変えてノックもせずに、部屋に飛び込んで来てドアに鍵を慌ててかけた。

 

「危ないじゃん! 何で鍵かけないの?」

 

「ああ、すぐ忘れちゃうんだ。って自分も勝手に入って来たくせに」

 

「ホントだ、ってそうじゃない! 大変なの見ちゃった!」

 

「なに?」

 

ノートにペンを走らせるのを、止めもせずに翔が聞く。

 

「吸血鬼がいた!」

 

「……なんかの隠語?」

 

「違う! 外で本当に見たの!」

 

「血でも、吸ってたの?」

 

「そうっ!」

 

翔は、ペンを置いて、雅紀に向き直った。

 

「全然、わかんない。日本語で説明して?」

 

「俺、日本語しか喋ってないってば!」

 

ぜえぜえ、言いながら雅紀が身振り手振りで話す。


――――――


 外出していた雅紀は、学生寮のすぐ隣の自宅に帰る為、近道しようと学校の校庭を通り抜けようとした。
校庭は広くて、一部は公園のようになっていて、たくさんの木が植えてあった。
暗くなり始めたその辺りは、誰もいないようだった。なのに、急に人影が見えた。

 木の影で誰かが抱き合っているようだった。
小さな悲鳴がしたと思ったら、ガサガサと葉の動くような音が響き、すぐ静かになった。
気になってそっと人影に近づいてみた。
背の高い男がその逞しい腕で、獲物のように抱きしめた学生服の女の子の首に噛みついていた。

 

「うわああっ!」

 

雅紀が思わず大声をあげると、男がこちらを見た。
その瞳は、暗闇なのに、猫のように光っている。
赤い口は、血で真っ赤だ。女の子の首からは、血が滴っていた。

あとは、必死で走って翔のいる寮の部屋まで走って来たのだった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

「本当だって! ねえ、こういうのって何処に言えばいいの?」

 

「どこって・・、警察かなあ? でも何て言うの? 人が血を吸われてますって?」

 

「だって・・どうしよう、女の子死んじゃったかも・・」

 

雅紀が嘘を言うとも思えない。

 

「とにかく、見にいこうか」

 

二人でそっと、学生寮を抜け出した。
基本、ここは勝手に外出できない。
管理人室に届けを出さなければならなかった。
時間がかかる上に、テスト前は夜間の外出は禁止だった。

 

いつの間にか、陽はすっかり沈んで校庭は、真っ暗だった。
スマホだけをポケットに入れて、雅紀が見た場所まで走って行った。

 

「この辺なんだけど……」

 

翔と雅紀が二人で、探してみるが誰もいない。

 

「これ……」

 

雅紀が見たらしい場所には、葉がたくさん落ちていた。

その葉は全て、真新しい血で濡れていた。

二人は、顔を見合わせる。

 

「これって、血だよね」

 

「多分、でも誰もいないし」

 

しばらくその辺りを、急いで見て回るが何も無かった。

 

仕方なく雅紀は自宅に帰り、血のついた葉は、翔が預かって学生寮の前まで歩いて来た。

 

寮の玄関に人影が見えてドキッとした。

 

 

 

 

 

 

 

「……何してた?」

 

近づいてみるとそれは、管理人の大野だった。

翔は、ホッとして駆け寄るが、大野が恐ろしく怒った顔をしていて、思わず立ち止まった。

すると、いつもと違う雰囲気の大野から近付いて来た。

 見たことのない怒った顔で、言い知れぬ怖さが滲んでいて、翔は怖くて後ずさった。
後ずさった翔の腕を掴み、その手に握られた葉を見て、大野はカッと目を見開いた。

 

(・・殴られるっ)

 

 そう思って翔が目を瞑ったが、大野は翔の手から葉を取り上げると地面に投げ捨てただけだった。
そっと目を開けると目の前に大野の顔があって、ドキッとした。
彼は、翔の頭を逃げられないように、綺麗な両手で押さえると、初めて聞く低い声で問う。

 

「どこで、何してた?」

 

「あの……校庭の公園の辺りに……」

 

「何で? 外出禁止だろ? 今までそんな事しなかったのに」

 

「……ごめんなさい」

 

翔は、見たことの無い恐ろしい顔をした大野に体が震えて止まらなかった。
 

段々、血の気が引いてくる。

 

本当に別人だった。
 

 

 

いつも穏やかで、優しく笑っていたのは、同じ人なのか。
大野の手が、頭から首元に降りてくる。
翔のシャツの襟をいきなり剥がすように寛げる。

 

 

「え……?」

 

 

首の周りを、シツコイくらい手と目で調べられると、何も無かったらしく、やっと解放された。

 

「二度と、勝手に出かけるな、いいな?」

 

大野に手を引かれて、翔は自分の部屋に帰った。
とても、反抗出来るような空気では無かった。

 

大野は、翔を部屋に返すと、黙って帰って行った。
呆然としたまま、翔はベッドに入ったが、緊張が解けてくると、訳もなく涙が溢れた。
まだ、ショックがおさまらない。

 

血まみれの葉が、捨てられる場面がフラッシュバックする。
 

……いつの間にか、泣きながら翔は眠ってしまった。

 

 

 

 

***


 

 

 

次の日は、管理人室に行くのが躊躇われた。
別人のような大野が怖かった。

 

テスト中は、バイトは行かなくてイイ事になっているが、気になって仕方ない。
昼間に、昨日の場所に行ってみるけれど、何も見つからなかった。

 

食欲も無くて、ぼんやり校庭のベンチに一人で座っていると、知らない男性がいつの間にか側に立っている。

 

「ここの学生さんかな?」

 

薄いサマーセーターを着た、緩くパーマがかかった髪の背の高い綺麗な男性だ。
瞳は、翔き通った茶色で吸い込まれそうに、美しかった。

 

「……はい。学校のお客様ですか?」

 

「ええ、用事が終わったんで、校内を見て回りたいんだけど、広くてね。ピアノのある教室知らない?」

 

「音楽室なら、案内しましょうか?」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 翔より、ひと回りは体の大きい男性は、笑顔が爽やかで、身のこなしも上品だ。

大きな校舎の三階の一番奥まった場所が音楽室だった。
どんどん、生徒の姿は無くなり、音楽室の周りには、誰もいない。

 

薄暗い教室の扉を開けると、ムッとする空気が籠っていた。
翔は先に教室へ入ると、シンと静まった教室の窓を開けた。
すると窓から入った5月の涼しい風が教室の中を一気に吹き抜けていった。

 

「ここで、イイですか?」

 

翔が、男性を振り返った。
彼は、微笑んで立っているが、何も言わない。
ただ、美しい瞳が光っている。

 

「あの……?」

 

 ゆっくり翔に近付いて来る。
この感じは、昨日の大野に似ていた。
大野と違って、男性は微笑んでいるはずなのに、背筋がゾっとした。

体が震えてくる。

声が出ない。

腰が、抜けたようになって、床に座り込んだ。

 

「ねえ、君は吸血鬼を見たことある?」

 

この男は何の話をしてるのか?

 

「吸血鬼に攫われたら、どうなると思う?」

 

謳うように言って、真っ赤な唇が、形だけ笑う。
まさか、雅紀が見たと言う吸血鬼は……。

 

「吸血鬼は、攫った子供を家族にするんだよ。血を分けて一緒に生きて行くんだ。血を分けた子供は、抵抗することが出来なくなるからね?」

 

攫って、血を? 抵抗出来ないって?
……そんなのは家族じゃ無い。
ただの奴隷人形だ。

 

「君も、家族になる?」

 

震えながら、後ずさる。

楽しそうに、男がそれを眺めている。

 


その時、教室に大野が飛び込んできた。

 

「お前か! どういうつもりだっ!」

 

「大野さんっ……」

 

やっと声が出たけど、翔は動けない。
大野が翔のそばに駆け寄った。

 

「久しぶりだね、『大野さん』。ふふふ……遅いんじゃない? こんなに遅いと『また』私に盗られちゃうよ?」

 

「お前なんかに用は無いが、ここに入って来るなら、俺は許さない」

 

「その子、気に入ってるんだね。すぐ分かったよ、あなたのお気に入りだって。ちょっと……あの子に似てるから」

 

大野から、怒りが溢れたようにオーラが燃え上がった。

 

「おまえ……? 本当に何しに来たんだ?」

 

男の顔から、形だけの笑みが消えて、冷たい暗い顔になった。

 

「……ニノが逃げたよ」

 

翔を抱き起しながら、大野が男を驚いた顔で、見つめる。

 

「まさか……どうやって?」

 

「私の血を拒んで、死にかけてた。目を離した隙に、血の呪縛が解けたんだろう、消えたんだ」

 

「何の為に? おまえの洗礼を受けたのに、定期的に血を貰わなかったら、死んじまうじゃないか?」

 

「あなたのところに、帰ろうとしたのかと思ったんだが。……もし、見つけたら私に返してくれ」

 

最後の言葉には、ニノと呼んだ子への愛情が微かに滲んでいた。

 

 

「……おまえにやったつもりは、無い」

 

 

翔には、分からないことばかりだ。
あの男は、吸血鬼で、大野さんを知っている。
大野さんから攫った、誰かを探しに来た……?

 

「それでも、あの子が死ぬのは嫌だろう? ……それとも他人のモノになるなら、死なせた方が良いと思ってるの?」

 

「イイ加減にしろ、出て行け!」

 

男は、黙って静かに出て行った。

翔は、大野に立たせてもらったが、フラフラだ。

 

「ごめんな、恐かっただろ? 。もう大丈夫だから」

 

「ううん、あの人……吸血鬼なの? 大野さんは……?」

 

「知らない方がいいぞ。この事は、忘れろ」

 

「でも……」

 

突然、翔のスマホが鳴った、画面に表示されたのは、雅紀だった。

 

「……はい、え?」

 

「どうしたんだ?」

 

「男の子が倒れてるって。校庭に」

 

それは、もしかして。

 

翔と大野が校庭に急いだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

校庭のベンチに、小柄な高校生か、もっと若いぐらいの少年が寝かされていた。

 

「聞かれたんだ。大野さんは、この中にいるかって。でもすぐ倒れちゃって」

 

「ニノ……」

 

大野がその少年に縋りついた。

 

「馬鹿だな……何でこんな事を……」

 

大野は少年を凄い力で、軽々と抱き上げると、管理人室へ急いで運んだ。
少年はベッドに寝かせても、ピクリとも動かない。
息は、止まってるかのように、凄くゆっくりだ。

 

真っ白な顔に肌。
唇だけ異様に赤くて、小さな顔を艶のある黒髪が縁取っている。
綺麗な死体を眺めてるようだった。
雅紀を、また連絡するからと家に帰してから、翔が大野に向き直り、何か言いたそうに見つめた。

 

「いいのか? 聞いたら、おまえを家族……人形に、しなきゃならなくなる」

 

「本当に、吸血鬼は人間を人形にできるの?」

 

「ああ。血の洗礼だ。人間は抵抗出来ない。もし、逃げたら死ぬだけだ」

 

「でも、もう遅いよ。大野さん」

 

大野が、翔を見て、フッと笑った。

 

「……そうかもしれないな」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

ニノと呼んだ少年の額を愛おしそうに、撫ぜてから大野が話し出した。

 大野たちは、吸血鬼で不死身だが、永遠に生きるわけでは無いこと。
 

大体、見て来たものは、千年生きる。長い者で二千年だ。
太陽も怖くない。灰になるのは、細胞が長い人生の果てに終わった時だけだ。

 

血を吸った相手を殺すのは稀で、死なない程度に血を貰っている。
ただ、血を吸った相手の事は催眠をかけるように記憶を操れる。
年齢が増すごとに、色々できるようになる。
ここの校長も血を貰って、大野の居場所を作ってもらった。

 

ニノは、二宮和也 と言う名前で、普通の人たちの家の子供だった。

出会った時は、まだ3歳で可愛いくて。
愛おしくて、毎日会いにいった。

 

いつか許してくれたら家族にしようと思っていた。
ニノが大きくなって、吸血鬼なんだと打ち明けた。
ずっと一人で生きて来たことを、聞いたニノが言った。

 

「僕を、家族にして」

 

嬉しかったけど、家族のいるニノを攫うのは躊躇われた。
何より、人形にするのは、可哀想だった。
そんな時、あの吸血鬼が先に攫って、それきりだった。

 

「俺が、悪かったんだ。いつかもっと大人になるまで待とうと、待てると思ってた。甘かったよ。テリトリーを破ってアイツが攫いに来た」

 

「何で、この子を?」

 

「俺が、可愛がりすぎたんだ。吸血鬼は鼻がいい。俺の匂いの付いた人間は、目立つんだ。長く生きる吸血鬼は、嫉妬深い。盗みに来るんだよ、わざとね」

 

「人のものが欲しいてっこと?」

 

「人間にもいるだろう? 人の夫や妻や恋人ばかり、欲しがる壊れた奴が」

 

永遠のように生きて、それ故に孤独に苦しむ。
家族は、人形しか手に入らない。

 

この人が、木に見えたのは、間違いでは無かった。
木のように、止まったように、佇んで一人で立っていた。

 

そこまで考えて、ハッとする。

この子は、どうなるの?

 

「大野さん、この子はどうなるの?」

 

「このまま、死んで灰になる」

 

「そんな……」

 

「逃げて来たんだ。自分から俺のところに帰って来たんだ。だから……もう助けるのは無理だ」

 

どこか、嬉しそうな大野が、怖かった。
 

あの男も言っていた。

 

 

『……それとも他人のモノになるなら、死なせた方が良いと思ってるの?』

 

 

 

大野自身が今も言った、吸血鬼は嫉妬深いと。

 

「ダメだよ、この子を死なせないで? あの人の血を貰ってあげてよ。死なせるなんて嫌だよ」

 

「……人形になっちまうのに? この子は俺んとこに来たかったんだよ?」

 

「あの人、この子を探しに来たじゃないか! 好きで大切にしてるからじゃ無い? ねえ、お願い助けてあげてよ」

 

 

人形かもしれないが、死ぬなんて見過ごせない。
たとえこの子が、どう思っていても。
何より、この子を渡したくない、大野の気持ちが怖かった。
それこそ、吸血鬼だと言ってるようだ。

 

 

 

「……大野さん」

 

少年が目を覚ましたようだった。

 

「ニノ、俺だよ。わかるか?」

 

「うん……」

 

大野は嬉しそうに話しかけて微笑んだ。
とても深くて……冷たい愛情を感じて、翔はゾッとした。
そして翔には、分かった気がした。

 

大野は、分かっているだろうか、この子は長い時間かけて、とっくに彼の人形になっていたのではないか。

 

「もうっ……お願いっ……大野さん! 人形なら俺がなるよ! この子を……殺さないで!」

 


その時、轟音とともにあの男が、窓から部屋に入って来た。

 

「やはりここに……返してくれ、その子は私のものだ」

 

「助けてあげて……大野さん!」


冷たい顔で、男を一瞥すると、大野は冷たく微笑んで少年に話しかけた。

 

「ニノ……どうしたい? 帰りたく無いなら、俺が殺してあげる」

 

「大野さん! ダメだよ!」

 

少年が大野と、翔を見て微笑んだ。

 

「良かった……大野さん、ひとりぼっちじゃ無くなって……」

 

「ニノ……?」

 

男が自分の腕を牙で噛んで、血を吹き出させた。
大野を押し退けるように、少年に近づく。

 

「やめろ!」

 

止めようとする大野を必死で翔が、しがみ付いて止める。
普段なら、とても出ないような力が出て、翔本人も驚いた。

 

男は、腕から滴る血を少年の口に溢れさせて、それは飲み込まれていった。
白い喉が、コクンコクンと、動いている。
少年の顔や瞳、体に、生気が蘇る。
彼が起き上がると、男が本当に嬉しそうに笑った。

 

「……おいで、帰ろう」

 

大切そうに少年を抱くと、大きくジャンプして窓から男は消えてしまった。

 

「ニノ!」

 

大野が叫んだが、遅かった。

 

「どうして……? 帰って来たのに……」

 

崩れ落ちた大野の背中を翔が、どうしていいか分からずに抱きしめた。

 

「ごめん……大野さん、ごめんなさい……」

 

いつまでも、抱きしめて謝るしか無かった。
今まで、どれだけ、寂しく辛かったんだろう。

 

でも、どうしても殺すのは、許せなかった。
大野が殺したらと思うと、恐ろしかった。

 


朝まで、呆然とした大野と床に座り込んで過ごした。

 

ただあの時、少年は翔を見て微笑んだ。

 

それは、間違いなかった。

 

それだけで、彼を助ける理由になると、翔は信じている。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

次の日は、風邪といって授業を休んで、一日中を翔は眠って過ごした。
こんなに、人間は眠れるのかと自分でも驚いた。

さらに翌日に、雅紀と会った。
だが、雅紀は少年や吸血鬼を覚えてなかった。

 

「え? なに? 翔ちゃん、寝過ぎて夢を見てたんじゃない?」

 

「ほら、あの日、血のついた葉っぱを拾ったじゃん!」

 

「えええ? なに? わかんないよ。ああ、そうだ薔薇の葉っぱはさ、意味があるんだって」

 

「意味?」

 

「確かねえ、どっかで聞いたんだ。『あきらめないで』、と『あなたは希望を持ち帰る』だったかなあ?」

 

首を雅紀がのけぞらせて、翔はギョッとした。その首の襟元に牙の跡のような傷が見えた。
大野が……?
じゃあ、覚えてないっていうのは?

 

思わず、雅紀に別れを告げると翔は洗面所に走って、自分の首を確認した。

……傷は無かった。

 

「あきらめない、持ち帰るって……そのまま吸血鬼の……」

 

あれはメッセージだったのか。
大野は、今何を考えているんだろう。
どうして、翔の記憶は消してないんだろうか。

 

――――

 

そっと、久しぶりに管理人室へ行った。

 

「大野さん?」

 

ベッドで大野は眠っていた。
小さな声で話しかけた。

 

「大野さん、この間は、ごめん。……どうして俺の記憶は消さないの?」

 

急に伸びてきた腕が、翔の腕をつかんで、ベッドの大野の上に引き倒された。

 

「うわあっ!」

 

大野が笑って起き上がって、翔と向かい合うように座った。

 

「記憶、消したりしないよ。だってさ、約束しただろ? 俺の家族になるって?」

 

大野は、明るく嬉しそうに笑う。

小さな子供のように。

 

「た、確かに。そういう事か……」

 

翔は、どう考えていいのか分からない。

 

「じゃあ……俺の血は、いつ吸うの? いつ家族になるの?」

 

「そうだなあ……俺から逃げようとしたら。その時にするよ。約束だから」

 

それは、そばにいる限り、許してくれるということだ。

薔薇の花は、その葉まで吸血鬼そのものだ。

愛情深く美しく、人は、魅せられて逃げられない。

 


大野は、窓から差す陽に照らされて、輝くように笑う。

翔も、自分では分かっていないけれど、それに負けず美しい。

 

「分かったよ。約束します」

 

翔が、微笑んで言うと、大野はさらに嬉しそうに笑う。

 

その誓いは、あの少年とは果たせなかった、彼が初めて手に入れた、家族の証になった。

 

この日から、この誓いを守るための長い旅が始まったことを、二人はまだ知らなかった。

 

 

 

 


むかしむかし。

 

誰かに聞いた気がする。

 

薔薇は、花びらも、茎も、葉も。

 

その全てに意味が有る。

 

その意味を作ったのは、人間だって。

 

吸血鬼は、その薔薇に似ている。

 

だから。

 

吸血鬼の意味も、有るのかもしれない。

 

だって、吸血鬼こそ。

 

人が作り出したものなんだから。

 

薔薇の葉に誓った言葉は、やはり人が作った言葉で。

 

薔薇のような吸血鬼は、その言葉を覚えていた。

 

 

 

 

本当に長い旅になりました。。。泣くうさぎキラキラ