嵐妄想小説

大宮・末ズ妄想

吸血鬼たちと少年たちの物語

登場人物等全てフィクションです

 

 

 

 

愛しているなら、私を呼んで欲しい。

 

どんなに遠くても、必ず会いに行くから。

 

その愛に応えてあげるから。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

「カズ? どこ?」

 

まだ小さな男の子。

 

大きな目とはっきりした眉が、この子を印象付けていた。

 

一軒家の庭を一人で歩く。

 

子供が左右を見渡すのと、風が吹き抜けるのは同時だった。

 

風の吹いて来た方を見ても、誰もいない。

 

今日は、母親と従兄弟の家へ遊びに来ていた。

 

この子の同い年の従兄弟は、たまに一人でいなくなる。

 

さっきまで、庭で一緒に遊んでいたのに。

 

少しだけ、母親のいる居間へ行って戻ると消えていた。

 

 

 

「あら、潤くん? カズと遊んでたんじゃないの?」

 

「いないの……」

 

カズという子の母親は困った風だが、心配してはいないよう。

 

「部屋かしら? いつの間にか部屋にいることがあるのよね」

 

誰にも気付かれず部屋へ入るのは難しいが、時々いなくなった後、子供は部屋にいるのだった。

 

 

 

「部屋へ行ってみましょう? きっと、いるから」

 

「うん」

 

叔母に手を引かれて、家へ入る。

 

でも。

 

小さな男の子は、不安になる。

 

いつか、消えてしまう。

 

そんな気がした。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

平日の昼間。

 

なぜか、誰もいない薔薇のある公園のベンチ。

 

ベンチに座るのは、カズと呼ばれる小さな男の子。

 

その男の子の前には、美しい男性が立っていた。

 

優しい眼差しの瞳は、澄んで美しく。

 

動く所作は、優雅に上品で……音がしない。

 

 

 

「ねえ」

 

「なあに?」

 

目尻を優しく下げて、男性は男の子の隣へ座った。

 

「今日は、何して遊ぶ?」

 

「もう帰る」

 

「どうして? まだ早いよ?」

 

「あのね、潤くんと、遊ぶお約束なの」

 

「ふーん、俺、寂しいなあ」

 

「寂しい? じゃあ、潤くんと3人で遊ぶ?」

 

「うーん、お前と二人でしか……遊べないんだ」

 

微笑んだ人は、男の子の首筋に唇をあてる。

 

「ん……」

 

首筋には、赤い痕が残る。

 

微かに血の匂い。

 

薔薇の香りと混ざると、独特な気分になって。

 

帰ると言っていたことも忘れてしまった。

 

「……抱っこして?」

 

「いいよ」

 

膝に乗せてもらって、抱いてもらうと眠くなる。

 

親よりも、誰よりも、一緒にいたくなる。

 

男の子は、ぎゅっと彼にしがみついた。

 

「……可愛い。俺と一緒にいたい?」

 

「うん」

 

「ずっと?」

 

「うん、ずっと」

 

生まれる前から、知ってるみたい。

 

「いつまでも、一緒にいようね……」

 

美しく響く、優しい声が落ちて来たのを合図に……子供は眠ってしまった。

 

 

 

――――――

 

 

子供は急に目が覚めて、起き上がると自分の部屋だった。

 

部屋のドアが開いて、誰かが飛び込んで来た音で目が覚めた。

 

「カズっ」

 

「潤くん……」

 

「あら、一人で寝ちゃってたのね? ね? いたでしょう?」

 

目の前には、母親と優しい従兄弟の男の子・潤がいた。

 

さっきまで、優しい人の膝で眠っていたのに。

 

「ずっと一緒って言ったのに……」

 

寂しくて悲しくて、カズは泣き出してしまった。

 

ポロポロと溢れる涙に、潤と母親も驚いてしまう。

 

「い、一緒だよ? ボク一緒にいるよ?」

 

「そうよ? みーんな一緒にいるわよ? どうしたの?」

 

「いないの……さっきまで一緒だったのに……」

 

「誰?」

 

「えっ……あの」

 

その時初めて気が付いた。

 

自分は、あの愛しい美しい人の名前を知らない事に。

 

「名前……」

 

カズは、説明できなくて。

 

ただ黙ってしまった。

 

黙って泣くだけ。

 

「カズ……?」

 

潤は、どうしていいか分からずに、カズの手を握ってあげる事しか出来なかった。

 

 

 

――――――

 

 

 

一人きりでいると、あの人は会いに来てくれる。

 

カズは、そのルールが分かるようになった。

 

誰もいない、静かな時間。

 

あの人は会いに来てくれる。

 

一人でいると、寂しくて。

 

でも、名前が分からないから呼び出せなかった。

 

 

 

「カズ」

 

優しく名前を呼ばれて、嬉しくなる。

 

「寂しかった?」

 

駆け寄るカズを抱き上げて、彼はいつも嬉しそう。

 

でも、彼がどこの誰かは、しばらく知らなかった。

 

 

 

 

 

漢字が読めるようになるのは、頭の良い子供のカズは早かった。

 

国語の辞書が好きで、毎日一人で読む。

 

百科事典も好きだった。

 

その膨大な知識は、同じ年頃の子供とは、レベルが違っていった。

 

「こんな難しい字が読めるの? 偉いねえ」

 

大人に褒められたことも大きかった。

 

体が弱くて心配をかけていたから、母親が褒めて喜んでくれるのが、嬉しかったからだ。

 

 

 

 

 

「名前?」

 

「うん、お名前……知らないから、教えて?」

 

「名前かあ……何にしようかなあ」

 

彼はちょっと考えて、楽しそうに微笑んだ。

 

「なんでも良いけど。その辺に書いてある名前で良いよ」

 

適当に彼が指さしたのは、たくさんの名前が刻まれた墓碑にも似た記念碑だった。

 

「あきやま」

 

「いいづか」

 

「えもと」

 

カズは、覚えていた知識でその名前を読んでいく。

 

「おおの?」

 

「それで良いよ」

 

興味もなさそうに、彼が言う。

 

「何でもいいの? 漢字……変えても良い?」

 

「? いいよ? お前の好きにして」

 

「うん」

 

色んな漢字を思い浮かべた。

 

何かで読んだ一文。

 

寂しくて会いたいのに、彼と会えない日に読んだ。

 

 

「会う」「逢う」は、人と対面するときに使う。 「会う」は、2人以上が集まるさまざまな場面で使うことができるが、「逢う」は親しい人・好ましい人と1対1で対面する場合など、使うシーンが限られる。 そして、「逢う」は常用漢字ではないので、「会う」と表記されることが多い。

 

 

「逢野って書いてもいいの? 逢うって。漢字には意味があるから」

 

「何でも良いんだよ? カズが呼んでくれたらさ」

 

「おおの……さん」

 

「ふふ……カズ、嬉しそう」

 

「うん、嬉しい」

 

 

 

「じゃあさ、お前にも名前つけて良い?」

 

「うん」

 

「ニノ……ニノって呼ぶ」

 

「うん」

 

彼が付けてくれたから、新しい友達に聞かれると言った。

 

『ニノ』って呼んでねって。

 

名前をあげたことも、名前を貰ったことも。

 

なんだか楽しくて、嬉しかった。

 

 

 

ただ、潤だけが拒否した。

 

『カズって呼びたい』

 

そう言って譲らなかった。

 

何か、勘があったのだろう。

 

 

 

カズは、まだ幼かったから。

 

自分が付けた名前だなんて、すぐ忘れてしまったけれど。

 

 

 

 

 

どうして、彼に名前が無いのか。

 

そんな疑問すら、浮かばない。

 

彼は、自分にとって特別な人。

 

その彼の名前は、「おおの」になった。

 

カズが、その漢字を使ったり見ることは無かったから。

 

実際に、その漢字の名前を名乗っていたかは、分からない。

 

ただ、愛おしい人の名前を呼ぶと嬉しくなるのは、どこかに残ったこの思い出のせい。

 

自分の声に応えてくれる彼が、優しいせいだった。

 

 

 

――――――

 

 

私が好きなら。

 

私を愛しているなら、呼んで欲しい。

 

その愛に、私は応えてあげるから。

 

その愛の為に、生きていけるから。

 

名前を呼んで。

 

その名前が、愛のしるし。

 

それが吸血鬼……魔物に

愛されるということかもしれない。

 

 

 

 

番外編・薔薇の名前<end>