嵐妄想小説です

*お話の前に。

このお話は、お名前をお借りしている方々とは、もちろん関係ありません。
妄想小説で全くのフィクションです。

しかし、このお話の中で、Nさんが亡くなっています。
恋愛要素や、BL要素は全くありません。
許せる方だけが、お読み下さいますようにお願いします。

 

 

 

 

3月がキライ・Another①(N)

 

 

 

side 二宮


『今日という日は、残りの人生の最初の一日』(映画アメリカンビューティーより)


 夏の暑さのせいだと思って見過ごした色々な事が、自分へと返ってきた。

治らない体調に、効かない薬。
予感のようなモノは確かに有ったけれど、気づかないフリしてた。

 

「残念ですが……このままだと3ヶ月から半年だと思われます」

 

医者になって間もない俺が、余命宣告されるなんて。

最初に浮かんだのは、優しい従兄弟と、真面目な先輩の顔だった。

 

 

悲しいのは、死ぬ事では無くて、もう二人に何もしてあげられなくなる事。

特に潤君は、家族を亡くして一人になった俺をずっと支えて来てくれた人だ。
死んだ母と潤君の母親は、姉妹だったから。
 

ーこれから、お返ししようと思っていたのに。

 

窓の外は、まだ残暑の色が濃く残っているはずなのに。
色も、音も、消えたようだった。

 

 

 

病院を出て、どうしようかと、ぼんやり大通りを歩いてたら、スマホに着信が来た。

画面の名前は従兄弟の潤君だった。

 

「カズ? まだ病院なの? 翔さんもう来てるよ」

 

ああ、そうだ、3人で会う約束だった。
真面目な先輩の翔ちゃんは、同じく真面目な従兄弟の潤君に紹介したら、すぐ意気投合した。

良い人は、すぐに同じモノに馴染み、溶けるのかもしれない。
できれば俺も、……溶けて二人の中に馴染んで無くなりたい。

 

子供の頃、東京の親戚の家に行くと必ず行く公園があった。
潤君が寄ってみようというから、3人で子供のように公園で遊んだ。

 

公園は、綺麗で、癒された。

 

たくさんの幸せそうな人が、通り過ぎる。

仕事が忙しくて、色んなことに目を向けられずにいた事へ気がついて、ドッと心を重くした。

悲しいことが有るたびに、心に蓋をするしか無かったから、綺麗なものを見たいとも思わなかった。

 

「今度の正月、どっか行かない? 予約とか俺がするからさ」

 

「本当? 何年も行った事ないなあ、カズも勉強ばっかりしていて、医者になったら仕事ばっかりだもんね。たまには行こうよ」

 

潤君の言葉に、泣きそうになった。

潤君は、普通の会社員だから、いつでも行けるのに、俺を置いて行くことが出来なくて、いつも断っていたのを知ってる。

 

二人の笑顔が優しくて、辛い。

 

なんで、潤君ともっと早く色々な所に、行ってあげなかったんだろう。
必ず明日も、明後日も普通に来て、生きている保証などなかったのに。

 

「正月が無理なら、3月でも良いかなあ。桜には早いかなあ」

 

「あー、3月は病院は、休めないかも……」

 

勝手に口から、言葉が溢れてしまった。

 

「……3月は、きらい……」

 

「え?」

 

何だか、頭が回らない。
言葉が、こぼれて止まらなくなった。

3月は、いつも辛いことしかなかった。
 

母親や、父親と祖母も、犬まで死んだのは3月で。

勝手に口が止まらなくなって、しゃべりまくる。
 

こんなこと、言いたくないのに。
こんな自分を見せたくなくて今まで我慢してきたのに。
 

潤君も、翔ちゃんも驚いてる。

 

「カズ? ……わかったよ、ごめん、ごめんね?」

 

何にも悪くない潤君が、俺を胸の中に隠すように抱きしめてくれて、やっと俺は止まることが出来た。

 

 

ーその夜、黙ってるのは、かえって残酷だと思って、潤君に病気のことを打ち明けた。
俺の母さんが、もうすぐ死ぬなんて知らなかったから、どうして教えてくれなかったんだと泣いた日を思い出したからだ。

 

俺の話に呆然としながらも、荷物を半分引き受けるように、潤君が泣きながら、大丈夫だからと一晩中慰めてくれた。

 

「カズは、大丈夫だよ。何だって、俺がしてあげるから。何でも俺に言うと良いよ。わかった?」

 

「うん、ありがとう、潤君……」

 

……ああ、また潤君に甘えてしまった。
 

もうすぐ、綺麗で優しい潤君に……会えなくなるなんて。
 

甘えてばかりいたから、罰が当たったんだ、きっと。

 

 

ー神様、ごめんなさい。
罰なら、ちゃんと受けるから。
……どうか、これから潤君を守ってあげてください。
……俺の代わりに。


 

 

 

病気は、待ってくれない。
死は、もっと急いで走らないと、追いつかれてしまう。

 

治療が始まることを、翔ちゃんに言わなくてはいけなかった。
同じ病院で、隠すのは不可能だ。

翔ちゃんに、仕事終わりに俺のマンションに来て貰って、できるだけ簡単に説明した。

 

「翔ちゃん、ごめんね。こんなこと聞かせて」

 

翔ちゃんは、言葉が出なくて、首を横に振りながら、両手を握りしめて咽び泣いていた。

何かを決めたように、顔をあげると、俺の手を握って、泣きながら言葉をくれる。

 

「ニノ、諦めないで。……きっと助かるよ、新しい薬を探すから。頑張ろう……」

 

責任を勝手に感じてくれているのが分かる。
悲しませてごめん。どうしたら、翔ちゃんを救えるんだろう……。

 

 

仕事帰りに、気まぐれに買った花が、花瓶に揺れていた。

何だか、今更ながら、何でも綺麗に見える。
 

この世は、こんなに綺麗なものがいっぱい有るんだ。

花を綺麗に思い、慰められる日がくるなんて。
 

だけど花瓶の花は、日に日に枯れていく。
ほとんど同じ日数しか保たない。
俺の残りの時間に似ていた。

 

枯れた花を花瓶から出しながら、俺のいなくなった後が気になった。

どうしてあげたら、どんなふうに別れたら、救われてくれるんだろう。

 

母さんが死んだ後、どうしようもなく悲しかった。
息をするのも忘れて、泣いたあの日。

 

あんな気持ちは、潤君や翔ちゃんに味あわせたくない。

最後まで仕事がしたくて、無理を言って勤めていた。

誰かの役に立つことが生きていた証であり、この短い人生に意味をくれる。

 

それでも、病気は進む、薬はどれも効かなかった。
奇跡を祈る翔ちゃんが、あちこちのツテを使って、薬を探してくれていた。

痛みは、日を追うごとにキツくなってきた。
だんだん痩せて、力が入らなくなってきた。

 

そんな俺を見て、翔ちゃんが焦っているのが分かるから、できるだけ元気なフリをする。

 

「カズ、我慢しないほうが良いよ。翔さんだって……」

 

「うん、ちょっとだけだよ。もう、あと少しだけ」

 

少しだけと言ってしまって、しまったと思ったけど遅かった。

潤君の目が涙で濡れてくる。

 

「ごめん、潤君。……潤君ばっかり辛いよね。ごめん……」

 

黙って泣く潤君を抱きしめた。

背中に回した手が自分で見ても細すぎた。

 

 

……確かに、あと少しみたいだ。

 


***

 


もうすぐ、入院しないといけないようだから、潤君の実家に潤君と一度帰ることになった。

入院する前に、生命保険や、色々な後のことを決めなくちゃいけなかった。
 

人は、死ぬのも大変だ。
 

ただ、こうして用意ができるのは、幸運と思うことにしよう。

 

こっそり、買い物に行くと置き手紙をして、近くの花屋を一軒ずつ見て回る。
なんか、ピンと来ないから、疲れた俺は公園のオープン・カフェで一休み。
 

季節は、巡ってもう寒いけれど、それも気持ち良かった。
頼んだだけで、飲めないコーヒーを前にぼうっとあちこち眺めている。

 

俺と同じくらい小柄な男性が、目の端に映った。

髪も肌も陽に焼けた健康そうな人。
カフェに、花を届けに来たみたい。

 

「大野さん、また焼けたねえ、海でも行ってきたの?」

 

「うん、48時間海釣りに行ってきたよ。帰ったら、仕事しろって母ちゃんにドヤされたけど」

 

あははと、明るく笑う。
健康で、元気で。俺とまるで違う。

 

潤君も、翔ちゃんも、釣り好きかなあ?
行ったとかは、聞いた事ないなあ……。

 

そんなこと考えてたら、その人が目の前にいた。

 

「落ちてるよ? 君のじゃない?」

 

ニコニコして、人懐っこい笑顔だった。
背もたれにかけてた、上着が下に落ちていたようだった。

 

「あ、すみません。ありがとう」

 

俺の手に上着を渡すと、そのまま手首を握られた。

 

「エライ、ほっそいなあ。飯もっと食えよ? コーヒーも飲んでないじゃん。これ以上痩せたら、その可愛い顔が台無しだぞ?」

 

口ぶりから、俺が随分、若い……というか子供に見えたようだった。
じゃあねと、勝手にしゃべって勝手に帰って行った。

 

「ふふ、何なの、今のは」

 

何だかおかしくて、一人で笑ってしまった。
初対面で、そんな事言うかな?
もし、相手が潤君や翔ちゃんでも、あの人は、あんな風に明るく話すんだろうか。

 

ーその時、思った。
 

これは、神様がくれた出会いだと。

 

結果は、俺には確認出来ないけれど、これに賭けようと思った。
 

何かは分からないけど、不思議な確信ができて、心の荷物がひとつ下ろせた気がする。

 

きっと、あの人なら、大丈夫だ。

 

 

 

***


 

 

思ったより、時間がかかって家に着いたら、潤君が心配して待っていた。

 

「どこ行ってたんだよ? 危ないだろう?」

 

「ごめん。あのね、お花頼んできたよ」

 

「何の?」

 

「俺の命日の花」

 

「はっ? 今、なんて言った?」

 

言い終わる前に、怒る顔が見たくなくて、潤君の腰に必死で抱きついた。
流石に潤君は、めちゃくちゃ怒ったけど、最後は諦めてくれた。

 

「何のためなの? わざわざ……」

 

「翔ちゃんに、お花をあげたいんだ」

 

ちょっと、嘘ついた。
お花は、翔ちゃんと潤君二人にだけど。

 

「きっと、元気になってくれるよ」

 

潤君、ごめんね。俺は、潤君には甘えちゃうみたいだ。
あともう少しだけ、甘えさせてね。

 

その後、仕事に戻っても、毎日忙しくて。
無理をしてるのは、分かってたけど、とうとう、動けなくなって入院してしまった。

 

潤君は、休まず毎日、病院にきてくれた。
それがすごく嬉しくて、毎日毎日、潤君がくるのは楽しみだった。
 

俺って、子供みたいなのは、顔だけじゃなかったみたい。
母さんが死んだ日に、諦めた子供の日が蘇ったようだった。

 

「明日さ、カズが観たいって言ってた映画のDVDが発売するから、持ってくるね」

 

「楽しみだなあ。一緒に観てね?」

 

潤君が嬉しそうに笑って、幸せな気持ちになった。
 

でも。
 

DVDは、観れなかった。
 

 

 

 

 

大きな発作と、激痛で正気でいるのがやっとで、何とか治った(おさまった)のは夜になってからだった。

 

痛み止めがあまり効いていないことは、潤君以外に言わなかったから、俺の状態の酷さがバレてしまった。
看護師に聞いたら、俺は何時間もの間、痛くて泣きながら、潤君の手に縋りついてたらしい。
 

 

やっと効いた鎮静剤で眠っていたけど、少しずつ戻る痛みと、潤君のいないことが気になって……目が覚めた。

 

翔さんと潤君の話し声がした。

新薬の話だ。
俺に試すか、どうか揉めていた。

 

……ああ、教える声がする。

弱ったこの体から答えが聞こえる。

 

多分、もうこれが最後だろう。

 

これを試さずに終わったら、翔ちゃんはきっと後悔する。
どの道、どうしたって、終わる日が来る。
治験の貴重な一人にぐらいは、この痩せた体でもなれるだろう。

 

ただ、潤君が心配だった。
潤君は、わかってるはずだ。
俺が苦しんで死んだら、どんなに心を傷めるだろうか。

 

ー奇跡と幸運なんて、もう欲しくない。

もし起こるなら、潤君と翔ちゃんの上に、どうか奇跡を。

必死に病室から出て、声を絞り出す。

 

「潤くん……ありがと。大丈夫、翔ちゃんの言う通りにして」

 

二人とも泣きそうな顔で見つめてくる。

もう十分だから。

 

もう、みんな長引かせたくなかった。

 

 

 

***

 

 

 

枕元の花は体に触るからと、空になった花瓶が窓からの光で、綺麗に光っていた。

定期的に来る痛みの間にも、静かな瞬間がある。
今は、その瞬間が幸せな時間だ。

 

いつも潤君は、そばにいてくれて、それだけで心が満たされた。
潤君を見ると、勝手に顔が笑ってるらしい。

 

「カズ、無理して笑うなよ」

 

「違うよ、……潤君を独り占めして……嬉しいんだよ」

 

潤君が複雑な顔で、俺の手を握ってくれた。
高熱の出てる体に、冷たい潤君の手は気持ち良い。

 

結局、新薬は効かなかった。
翔ちゃんは、また自分を責めてしまうかな。

 

「潤君、悪いんだけど……死んだら」

 

潤君が驚いた顔で見つめる。
潤君の手が震えてる。

 

「翔ちゃんに、謝っておいて……」

 

潤君が泣き出して、俺も涙が出てきた。

 

「それとね……」

 

真面目な翔ちゃんには、耐えられないだろうから。
 

死んでゆく母さんのことがいつまでも、目に焼きついたように。

 

……俺が死ぬときは、そばで看取るのは、潤君だけにして欲しい。

 

ごめんね、潤君がいないと、寂しくて堪らないから。

 

……最後までそばにいて。


「……また、潤君に甘えてしまうね」

 

ー翔ちゃんには、嘘つくことになっちゃうけど、ごめんね。

 

「いくらでも、甘えて良いんだよ。……カズだから」

 

潤君の泣き顔は、どんな花より綺麗だった。

 

 

 

②(O) へ続く