嵐妄想小説です
お話の登場人物等全てフィクションです。
Nさんがお話の中では、亡くなっています。
許せる方だけが、お読みくださいますように。
3月がキライ(後編)
久しぶりに思い出した。
彼が呟いた、小さな声。
「3月は嫌い」
いつの間にか、もう3月になっていて、次の命日も近い。
「もう、後悔したく無いんだ」
寂しそうに笑った彼の顔も、はっきりと思い出す。
「ごめん、ニノ。俺は後悔ばっかりで……」
彼は、一度も櫻井を責めなかった。
これからも永遠に、責めてくれないから。
自分で自分を責めるしか無くなってしまった。
***
櫻井の早くに亡くなった親友の名前は、二宮和也という。
小柄で、肌の色の白い大人しい青年だった。
同じ学校を出て、櫻井の2才年下の二宮は、2年後輩で同じ医科大学の医者だった。
医者になった頃から、少しずつあった違和感。
病気でも無いのに、よく二宮は体調を崩すようになった。
一応調べてみるが、悪いところは見つからなかった。
櫻井は、内科で二宮も同じだった。
検査もキチンとしていたし、どこも悪い筈がなかった。
それでも櫻井は、心配で二宮に再検査をすすめた。
「ニノ、もう少し詳しく調べない?」
「俺、一応医者だからなあ。患者さんより、検査で時間取りたくないよ」
子供の頃からよく遊んだ公園に、松本と3人で行った事があった。
大きな公園は、芝生の広がった森のようだった。
木陰で、3人で子供のように話して、はしゃいで過ごした。
「3月は、嫌いなんだよね」
「ニノ、嫌いなものあるんだ? 言った事ないんじゃ無い? そんなこと」
「そうだね。……母さんを俺のせいで死なせたんだ、それが3月なんだ」
松本が顔色を変える。
「違うだろ? カズ! おばさんは、病気になって亡くなったんだから!」
櫻井も、学生時代に二宮の母親が早くに亡くなったことは知っていた。
去年、父親と祖母も亡くした。でもニノは泣かなくて。
強い子だと思っていた。……この日まで。
「俺がいなきゃ、もっと長生きできたんだ。俺が遅くなって帰ったりしたから、弱った体で探し回った母さんが倒れて……」
「ニノ……」
淡々と二宮が話す。
「何でかな、何でも3月なんだ、母さんが倒れたのも、死んだのも。犬が死んだのも、交通事故で父さんと、ばあちゃんが死んだのもさ」
「ニノ……偶然だよ、きっと……」
「馬鹿みたいだろ? こんな子供みたいな事言ってさ。でも毎年思うんだ。こんなにみんなを早く見送るために、生まれたのかなって」
「カズ、これからだよ、頑張って来たじゃん? これから良いこといっぱいあるからさ」
(ニノは、初めて俺たちの前で、弱音を吐いた。俺には理由は分からなかった。だって、どんな時もニノは誰よりも、冷静で大人だったから)
櫻井は今は、どうしてあの日だったか分かる。
亡くなってから知ったけれど、あの日……二宮は自分の余命宣告を受けていた。
***
「3月は嫌い」
その言葉を訳すとしたら、『もっと、生きたかった』に違いない。
二宮は、その後すぐ治療が始まった。
仕事は最後までしたいと言って、亡くなるひと月前まで櫻井と働いていた。
二宮は、まだ体力があるうちに新薬を試すか打診されていた。
櫻井は、可能性に賭けて試そうとすすめた。
痩せた彼は、ちょっと考えて、『翔ちゃんの思う治療にして』と言ってくれた。
「……もしかしたら、この治験が誰かを助けるかもしれないし」
新薬には、松本が反対していた。
二宮と血が繋がった彼には予感のようなモノがあったのかもしれない。
「翔さん、俺は反対だよ。カズをこれ以上苦しませないでやってくれよ、もう十分辛いのに」
「でも、このままじゃあ……待つだけじゃん。助けたいんだよ」
ずっと後で聞いた。
日に日に痛みが増す二宮は、櫻井が心配しないように、彼がいる間は元気なフリをしていた。
どうやったって新薬を試す気力など、もう無い筈だった。
櫻井も知っていたら、すすめなかっただろう。
痛いと苦しんでいるのを見ていたのは、松本だけだった。
廊下で揉めている櫻井と松本の声を聞いて、病室から二宮が出てきた。
「潤くん……ありがと。大丈夫、翔ちゃんの言う通りにして」
「無理だよ! もし、何かあったら……」
「もうさ、後悔したく無いんだ。きっと無駄にはならないよ、誰かを助ける事になるんだから」
人としても、医者としても、二宮は櫻井にとって尊敬するべき人だった。
ー最後まで。
新薬の初日は効いたように見えて、喜んだのも束の間、すぐに大きな副反応が出て、高熱と痛みで二宮は連日苦しむ事になってしまった。
一日中、うなされて苦しむ二宮を櫻井にはどうすることも出来なかった。
「ごめん……ニノ。死なないで。……代わってあげたいよ……!」
櫻井に応えるように、朦朧とする意識の中で、二宮が急に目を開いた。
「翔ちゃん……」
「何? 何でもするよ。言って……? ニノ」
「お花……母さんの命日なんだ、もうすぐ。……買って来てくれない?」
「お花……?」
「うん……。お願い、……待ってるから」
今にも死にそうなのに、どうして? と思ったが急いで花屋に走った。
それは、二宮から櫻井への最後の思いやりだった。
花を持ち帰るまで、ほんの30分だった。
その間に、二宮は松本に見守られて、この世を去ってしまった。
「翔ちゃんが、頑張ってくれたのに、死んで申し訳ないから……。翔ちゃんに謝っておいてね」
松本から、新薬の副反応が出た初日に言われたと聞いた。
死ぬところは、見せられないと思ったのだろうと、松本が呟いた。
「……待ってるって……嘘だったの?」
辛いのは、松本の方が辛い筈なのに、櫻井の肩を抱いて、静かに泣かせてくれた。
松本は、一度も櫻井を責めなかった。
だから、櫻井は自分を責めるしか無くなってしまった。
どうして、再検査をもっとすすめなかったのか。
二宮が辛いと言えないのは、いつも、櫻井は『ニノは凄いと思うよ』と言い続けていたから。
弱音を吐く機会を、知らずに潰していたのかもしれなかった。
新薬なんて、間違っていた。もう時期が遅過ぎた。
まだ、彼はまだ20代だった。
きっと、櫻井を責めたりしないし、櫻井に後悔してないで前を向けと言うだろう。
それでも、3月が来る度に、より一層、悲しくて堪らない。
「3月は、嫌い」
彼の悲しい顔しか、思い出せなかった。
***
久しぶりに松本の家に、二宮の墓参りのために訪れた櫻井の前に、大野が現れた。
「智くん……? どうしてココにいるの?」
「翔ちゃんだったのか……。びっくりしたなあ」
大野は、実家の花屋から松本の家に花を届けに来たのだった。
「智君て花屋なの? え? 家も? この近くなの?」
「知り合い? じゃあさ、一緒に入って? カズも喜ぶよ」
家族を亡くしていた二宮を最後までみて、今も墓を守っているのは、松本の家だ。
月命日に、いつも花束が届いているのは見ていたが、大野が運ぶのは見た事がなかった。
「翔ちゃんの友達だったか」
大野は、仏壇に手を合わせながら、呟いた。
「ニノの知り合いだったの?」
松本が、話し出した。
「大野さん、翔さんにカズの事を言ったげてよ」
櫻井は、ドキドキして心臓が止まりそうだ。
「二宮さん……ニノって子が、自分で言いに来たんだ。毎月花を届けるようにって」
「自分の花を……?」
「まさか、翔ちゃんにだよ?」
「え?」
***
二宮は入院する前、松本の家を訪れた際に、花屋にやって来ていた。
小柄で、痩せた青年は、明るい顔で言った。
「僕の命日に、毎月お花を頼みます。できるだけ明るくて派手なのを」
たまたま、実家に帰って来ていた大野が、その注文を受けた。
「はじめ、何を言ってるか分からなかったんだよ。
自分の命日って、いつなんだ? って聞いたら、きっと3月だって言うんだ。
日付は、従兄弟が電話してくれるからって、札束渡すんだよ。
届けた時に貰うからって、それは返したんだ」
大野が優しく笑った。
「なんで、俺だったのかな、いっつもいないのに。あの日だけ。俺がいたんだよな、店に」
櫻井は、言葉が出ない。
松本が、話し始めた。
「俺もさ、縁起でもないから、最初怒ったんだよ。でも、心配だから頼むって言われてさ……」
「ニノってあの子、翔ちゃんが心配だったんだよな」
「そう、翔さんは、きっと苦しむって思ったんじゃ無いかな。それできっと、命日に真面目な翔さんは、来るって思ったんだよ」
「それで、いっつも、俺に花を分けて持って帰れって……」
「カズが、言うなって言ってたから。でも花の意味を伝えたかったんだ、俺は」
松本は、仏壇の写真を見ながら、穏やかに言う。
櫻井は、花を貰うたびに責められているようで、辛かった。
それが、二宮からの励ましだとは、思いも寄らなかった。
大野が、不思議そうに話す。
「翔ちゃんと初めて会った日は、ココにくる筈だったんだ。毎月、この日だけ俺が運ぶことに決めてたから。でも翔ちゃんに会ったせいで来られなかった。今日、分かった。俺に頼んだのは、花じゃなかった、翔ちゃんを頼まれてたんだな」
大野の目に涙が溢れた。
「可愛い、年よりずっと子供みたいに見える子だった。でもずっと大人だったんだな……」
それを聞きながら、櫻井は、ひたすら涙が止まらなくなっていた。
「ニノ……ごめん、心配ばっかりかけて……」
ずっとずっと、許されることは無い筈だった。
自分を許すことは、出来なかった。
だから、大野に引き合わされたのか。
花束は、可愛いチューリップが何色もあって、明るく笑っているようだった。
***
次の月命日から、松本の家には櫻井が花を送り、櫻井には1日遅れて、二宮からの花束が届くようになった。
***
いつも通り、櫻井の家に大野が花を届けてくれる。
「翔ちゃん、また相葉ちゃんちに行こうか?」
「そうだね、何食べようかなあ」
3月は、やっぱり今も、悲しい。
でも、何でもない、こんな幸せな日もあるのだ。
可愛かった親友からの花を、新しい親友が届けてくれる。
きっと、いつか、僕たちも君に会う日が来るだろう。
その時は、今度は、君にたくさんの花束を届けるから。
その日まで……寂しいけど、待っていて。
櫻井は、二宮に心の中で呟いた。
「3月がキライ」 <end> Another編へ続く。
このお話は特別です。
悲しいお話でもありますが、色々な思い出があります。
当時の反応が大きくてAnother編を描くことになりました。
書いても読んでもお互い辛いという^^;
でも好きだと言ってくださる方の熱量が大きかった。
続編を書く理由は、結局読んでくださる方次第だと思います。