オマージュは尊敬や賞賛を意味する。
パクリは盗作とか作品をまんま流用する時に使われる。
インスパイアは或る作品に影響を受けて独自の表現でもって
同じテーマ創作をする事らしい。
さて、まだ夏だから
らしいテーマで語り部になっちゃおうかなと。ふふふ。
茶化してないですよーオマージュですよー。うふふ。
 

これはねえ。
最近ネットで心霊スポットって検索すると、ぶわーっと情報がいっぱい出てるんですよ。
動画もいっぱい増えてきた。地方で必ずと言っていいほど出てくるのは、
隧道…トンネルですね。あと、ダムとか。必ずってほど出てきます。ええ。
見てるとね。なんだか気になるなあって以前から思ってた池の事が書いてあって、
友達と行ってみようか、なんて話になったんですね。
国道から県道って、ずーっと車で走って行くんだけれども、国道のとこでね。
たまたま右隣に走っていた乗用車の助手席をちらっと目にした友達が、
「おい、隣の車あれ何が乗ってる?」って言うから見てみたんだけど何もない。
「何も。何かあった?」「いや助手席だよ」「何も無いって」「隣だぞ?」
見たけど何も無いんです。なんでそんな事を聞くんだって訊いたら
黒い影にしか見えなくて男性なのか女性なのか分かんなくて。って言うんです。
私には誰も乗っているように見えなかったので、じーっと凝視してたんですが
隣の車が右折してしまって確認までは出来なかったんですね。
気のせいだよって笑いながら、後は何もなく池に着きまして。
この時季なもんだから草なんか鬱蒼としてるんですよ。伸びきっちゃって
ちょっとした風なんかでもゆらゆら揺れてるんですよね。こう、さわさわとね。
ここの池で昔、釣りをしに来た近所の子供達の1人が入って溺れピー死しちゃい
そっから姿を見たとか声が聞こえたとか、しまいには髪の長い女性が現れるとか、
そんな噂が広まってる場所だったんです。それはネットに出ていました。
まだ明るいうちに行ったんですが、空気が重々しい。
池に近付くと水辺の、なんか独特な香りも感じられて気持ち悪いなあって思ってて。
伸びきった草を掻き分けるように進んで行くと、なんだかその音が、
あっちでガサガサ、その向こうでガサガサ。
私と友達が歩いてる音にしちゃ、なんか多くないか?って思うようになって
「誰か他にも来てるのかな」と友達が言い出したんです。友達もそう思ってたらしい。
で、止まってみたら遠くでもガサって言うんで風のせいかもなって思うようにしたんです。
するとまた「誰か来てるよね?」って言いだして、私もキョロキョロ見回したんですが

誰も見えない。
だけど気配がね、重々しい空気が寄って来てる感じなのがあって。
「誰かいますか?」と友達が辺りを見回しながら語りかけているんです。
「よせ!バカ!」って言ったんだけど友達にはどうも声が聞こえたらしい。
よくよく考えたらこれ、おかしいでしょ?
周りには誰も居ないのに、誰かいる前提で友達は話しかけているんです。
「おい、無理だ。帰ろう」池を見る前から友達がそう言いだしたんですね。
なんか様子がおかしいんで結局そのまま帰る事になったんですが、
コンビニで休憩して「何があったんだ」って聞いてみたんです。
すると、「池の藻の香りおかしくなかったか?」って。
「途中から線香のような香りがして、その後、腐敗臭がしたんだよね」
そんな事は何も感じなかった。淡々と友達は話を続けたんです。
「そしたら行きに見かけた黒い影がまた現れて近づいてるように見えたんだ」
車の助手席に影が見えたって言ってたあの影の事かって思ったんです。
「『誰かいますか』って怖くなったけど振り絞って言ってみたら」「うん」
「耳元で、『友達を置いてけ』そう言われて背中がゾクってした」
「…」

一気にゾワゾワゾワって寒気が走りましたよ。えっ私?って。
帰ってからは何も無いですが、
何か私が至らない事をしたのかもしれません。けど身に覚えがない。
軽い気持ちで迂闊に心霊スポットには行かない方がいいって思いましたねー。

 

はい。勿論オリジナルで書かせていただきましたとも。
語り口調を文字にすると全然怖くない。語り部って、表現を出す言い方が大事っすね。
書ける人だと書き方にオリジナリティ加わるとか思うんだけど長めの文章になるはず。
そこまで頑張れないそれはめんどくさいって思ったので、
誰かさんの語り方を拝借してみたって感じで、ちょっと面白かった。
否、怖いなー恐いなー。夏だなあ。

 

盆踊りの由来を遡って見てみたら、一遍上人に突き当たった。
一遍上人。
生涯をかけて全国を旅し、念仏を流布された御方だ。
『南無阿弥陀仏、決定往生六十万人』
念仏札を配る事を、賦算(ふさん)って言うのだけど
信心を深めようと賦算しもって歩いたと言われている。
ついでに六十万人という数字は、一遍上人が掲げた目標だったりした。
で、全国に念仏を広める為に『踊念仏』もなさっておられた。
この『踊念仏』が後々、『盆踊り』と変化していった。
拍子をとりながら鼓や鉦(かね)を叩き、踊って念仏を唱えるようだ。
おかげで民間に踊念仏は広く普及した。やったー成功だね。
そして大衆が一緒に踊る事によって生まれる一体感?
ちょっと田楽と混じった感がある。これは個人的な主観でどうもすみません。
言わずもがな田楽って、太鼓や笛を使って時には刀剣投げ渡しな芸だ。
話を戻すと、
『踊念仏』が様々な変化を遂げて、現在の『盆踊り』と成っていった。
盆踊りそのものも、500年以上前とか言われて歴史は古い。
有名処の盆踊りは、

 

 西馬音内盆踊り・毛馬内の盆踊り(秋田)
 新野の盆踊り(長野)
 郡上踊り(岐阜)
 徳山の盆踊り(静岡)
 河内音頭(大阪)
 おわら風の盆(富山)
 十津川の大踊り(奈良)
 阿波踊り(徳島)

 

全部は流石に拾いきれなかった。全国各地には今も数多く各々染み渡る。
本来は、お盆に帰ってきた祖霊を慰めるのが盆踊りであった。
櫓が組まれ、そこで太鼓など楽器が演奏され、
そして櫓を囲うように輪になり、歌とか音頭に合わせて
しかも振付を覚えてなくったって踊ってる人の真似をしながら踊り、誰でも参加できるもの。
盆踊りを楽しむこそが先祖を敬うって事なんで、
もっともっと受け継がれる伝統であり続けていって欲しい。