ちょっと間、SNS発信、閲覧の方を完全に封印しておりました。Amebaでフォローしてる方のブログをチェックしてたぐらいで、Twitterに関しては完全に観ても無かったです。
去る4/7に緊急事態宣言が出て、自分はモロに対象区域の大阪から発信しております。ずっと重苦しい空気のままですが今は耐え抜くしか無いですね。
で、Yossi-は元気なのか?
元気です。自宅で毎日の検温もここ最近始めましたが毎日平熱です。体調の異変もありません。
ですが、そうも軽々しく言えないご時世ですので「コロナかもやけど症状はありません」が正解かと思います。3月上旬ぐらいからその考えで向き合えているので自粛にも結構慣れて来ました。ずっと家に居るのはやっぱり好きにはなれませんが、よく考えたらニートで引きこもり、昔の職場が合わず毎日が苦しかったとき、そもそも何もやりたい事が無い、という何の希望も無かった黒歴史時代があったんですがその時のことを思えば全然マシです。ちなみに確実に太りました。
そんなこんなで家に居る時間が長いから、DVDを観る機会とかも前に比べると結構増えまして。
とはいえ新規開拓したわけでは無く、昔好きやったものを見返したり、途中で観るのを辞めたシリーズの続編を観たりとかしてます。
その中でもこのご時世だからこそか、割と刺さった作品があったのでちょっと紹介します。
牙狼-GARO-
パチンコしか知らん!っていう意見は認める。
事実そっちの方が知名度高いと思うし。かつて自分はパチンコ界隈で働く人でしたが、もう引退して結構経つので今の台の事は全然知りません。
正直、パチで知ったのは確かですが牙狼は完全に原作派です。かれこれ第二期が始まった10年前ぐらい?から観てますし、昔からたまたまなのか分からないけどハマってる時期が大体病んでるタイミングです(笑)今もやん。
最近はこの話はしなかったけど実は結構な牙狼好きです。が、最近は本編が深夜帯にやってる事もあってリアルを追いかけてはいなくて離れ気味でした。深夜帯って事で結構強烈な描写もあるし、無理!って人も多いと思うけど、特撮ヒーロー系としては純粋に面白いと思う。
ちなみにガロとはあっちの世界の言葉で「希望」って意味です。
ホラー(牙狼の敵キャラ総称)を狩る事を使命に生きる魔戒騎士が、様々な出会いや出来事を糧に成長していく姿を描いた物語。やがて「守りし者」というワードが出てくる。
守りし者とは、守るべき者の為にその顔を思いその者の為に命を掛けて闘う者の事。
僕の場合、このワードを聞いた回を観て余韻が残ってる状態の時に眼を閉じてみて、そこで1番最初に浮かんだ顔が1番護りたい者だと感じる。勿論現実世界では捉え方は人それぞれで、おそらく1人だけじゃない事の方が多いと思う。だから一概に自分の物差しで測れる物ではないんだけど、僕は1人浮かぶ人が居ました。
誰の事なのかは墓まで持っていくつもりだ。
今はみんなが「守りし者」
うん。でもレビュー記事を書きたいんじゃない。牙狼オススメだよ!みんな観てみて!とか僕の叶わぬ片想い事情を言いたいのではありません。これが言いたかっただけです。
ていうか、上で書いたような事を自分の好きなヒーローや感情移入出来るものに置き換えれば良い。たまたま僕は牙狼やったってだけです。
僕に当てはめたら、その人の為に今どうすればいいのか。正直な事を言うと、その人には別に会おうと思えばいつでも会える。
だけど現状、そうは行かないよね。
絶対不安にさせてしまうと思うし、むしろ何で今来るねんって言わせてしまうと思う。
100%無いけど、もし来てって言われても俺の気持ちが許さない。
自分で「コロナかもやけど症状はありません」って思ってるし、この記事の頭に書くぐらいなんだから絶対に踏み違えないけど、今の状況で「俺が君を守る!」なんていうラインでも送ろうものならそれは気持ち悪いとかいうレベルを通り越して、下手したら今後死ぬまで話して貰われへんレベル。
それに今、何かの間違いが起こらない限りその人はこの記事を読まないだろうから…あえて書く。
必ず俺は生きて笑顔で会いに行く。
その約束を必ず守る。
その為に今、家に居る。
ま、まぁ…その人に限らずみんなに対してそう思ってるし、そう考えられたら自ずと答えは出てくると思う。何も出来ないと自分を責める必要はない。家に居る君のおかげで誰かの命が救われているはず。
少しでも可能性がある限り闘う。それが守りし者の定め。
だから今、みんながヒーローになれるはずだ。
はぁ…書いてて恥ずかしくなって来た(笑)でも今の自分にとっては1番テンションが上がる適切な表現がこれだからこう思ってる。
自分にとっての正義とは。
ここで話題をガラッと変えるけど、今本当にみんな大変だと思う。
実際、僕自身誰にかける言葉も見つからない状態ですし凄くピリピリしてると思うし、軽々しく物は言えない。
だけど結局、こんな事を言うのは良くないかも知れないけど、自分のコントロールが行き届くのは自分だけしかいない。
もし僕が何かを伝えた相手が変わったとしても、それは僕が変えたんじゃなくて相手が変わる事を選んだって事です。
僕はコロナがあろうと無かろうとそう思ってる。
ゴミをポイ捨てする人間は居なくならないし、犯罪を犯す人間も居なくならない。そして、そういった人間には正論な言葉が届かない事を僕はよく知ってる。
だからこそ「出来る人」が手を取り合って協力する事が大切だと思う。
このマインドは去年から始めた清掃活動への参加で気付いた事。
特に1番参加してる淀川だって、小さかったものが大きく広がっていった瞬間を僕は間近で観て来たから尚そう思う。結局、いつの時代も自分の正義は変わらなかった。
それがこのSNSを休止してた期間に何度も考え、導き出した自分の正義。
ちょっと前、京都の東本願寺の前を歩いた時にこんな看板を目にした。それが深く心に刺さった。
今、本当にそんな状況だと感じる。実際何が間違いとか正しいとか、何が正義で何が悪とか、僕には分からない。
色々な考えを目にし、気付けば何が自分にとって正しいのかを整理できなくなった。やがて僕も感情的、攻撃的なマインドになって行き、それを自分の中で制御出来るか出来ないかのギリギリのラインに追い詰められた。
そして「本来楽しいからやってる」はずのSNSを見る度に精神が疲弊して行った。特にそんな事についての発信はしなかったし、出来なかった。けど、今何か言うべき事はあるのか…というのは考えた。
でもただでさえ、自分、家族、周囲の身を守る事で精一杯なのに他のことにリソースを注ぎ込んで自分が消耗していく理由は一体何なのか。そう考え出したら何も書く気が無くなってしまった。
そう考えた結果、唯一僕に残された頭を整理する手段が「観ない」だった。
むしろ、今は観てはいけないとさえ思った。
そうしないと確実に自分が壊れていく…だから、自分の心に向き合うだけの時間が必要だと判断した。
そして、この期間にたまたま再び観た牙狼が大切な事を思い出させてくれた。
僕に出来る事は、必ず出来る事を確実にやる事だけ。それは、普段から何かで悩んだ時の答えとしてもいつもと同じ結論だった。
残念だけど…今も現実は何も良くなっていない。でも、僕の気持ちは少しだけ楽になった。
「病は気から」といつも言う。日々の手洗い等の予防をする事、3密環境を避けて外出自粛をする事は勿論大切。散々この手の情報は出てるからざっくりにします。あくまで僕個人的な考えですが、心が弱ったタイミングにもつけ込まれるんじゃないかなと思っている。それは僕が思ってるだけで根拠はありません。
今、そう取り組む事が凄く難しいんだけど…「僕に出来るんだから君にも出来る」なんていう生温い問題じゃない。それこそ正義の押し付けだ。だからこれ以上は何も言わないし、言えない。
僕個人の正義を剣にして振りかざすつもりはない。
みんな頑張ろう。
本当に残念だけど、僕にはその一言しか言えない。
だけど約束する。僕は生きて再び皆に会う。
そして、あの時は大変だったなって笑い合いたい。それが今僕が生きるモチベーションの一つ。
それにライブが中止になり、結果的に緊急事態宣言が出て便乗して辞めた形になったけど、それ以前に半年前から計画してた県外釣行を蹴った。
今はドラムも、釣りも悔しいままで終わってる。スタジオも営業自粛になって練習する場所も無くなりました。
だけど捉え方によっては「辞めない理由」「モチベーションを切らさない理由」になってきてる。
毎回簡単に釣れる釣りほど面白くない釣りは無いし、音楽も毎回ライブが上手くいけば今頃とうに楽器を置いてる。だから僕にはヘタクソぐらいがちょうど良い位置なんだなとも思う。ヘタクソなのを自覚してて、その上で何とかしようと足掻いてる瞬間が幸せそのものなんだと今改めて感じてる。
もう一度その幸せを感じたいと思ってる事がもう一つの生きる理由。
そして、僕は1人で闘ってるんじゃない。そうじゃないとしても今はそう信じたい。だから僕はみんなと共に闘ってると思ってます。
長々と今の思いを綴らせて頂きました。最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
また最後になりましたが、当面各種SNS、当ブログに関しても今日で完全復活…って気分では無いので控えめに運営する方向で考えています。特に意味の無い投稿をするかも知れませんが、無事ですって意味で捉えて下さりましたら幸いです。
Yossi-
人間は醜い。だが、自分の醜さを知っていて、足掻きながら生きる者もいる。
だから時々、美しい。