ハッピーバースデー、俺。

自分の誕生日を知らなかったら
俺がいつ生まれたのかを、誰も知らなかったら。

生まれて死ぬまで俺に流れる時間を、「一年」で区切りたくない

ような気がする。

ただ生えて枯れていく雑草みたいに、ただ寿命に向かって余命を削っていきたい。

歳を重ねるんじゃなく、時に俺を削られたい。

そんな風に自然に生きていたい。

でもそれは、不可能だ。

誰かが1日とか1時間とかの長さを決めた日から、俺たちは歳をとりはじめたのだ。

明日がどれだけ先にある時間なのかを知ったのだ。

明けない夜は無いことだけを俺たちは知っていた。










大事な人がいる。

俺が支えたり、引っ張ったり、守ってやりたい人がいる。

もし俺に時間が流れていなかったら、雑草のように知らぬ間に枯れていったら、

俺は変わろうともしないだろう。

またひとつ歳をとった。

愛に時間は流れるのか。

俺たちに流れた時間は、今あなたを愛すことを大切にさせる。
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俺たちは、忘れてはいけない。

動かずにいては、いけない。

俺の好きなアーティストが、東北の被災地に行ってボランティア活動をしている。

音楽を中断して、瓦礫をどけたり、汚泥を除去している。

もう2ヶ月半か。

俺はその間どれだけ飯を食い、どれだけあったかい布団で眠り、どれだけ愛し合ったろう。

きっと。

俺の肌では感じられない、気が狂いそうな現実が、この日本にある。

亡くなった人は?
家族、友人、恋人、知人、いずれか、またはすべて失った人は?
被災地にそれらの人がいる人は?

もし俺がそれに該当していたなら、

俺はそれまでの俺ではいられないだろう。

地震発生当日、沿岸に津波が押し寄せている映像を見ながら、俺は何を考えた。

どうなるかもわからなかった。

死者は50~60人。

その夜。

気仙沼市の港に。

数百体の溺死体が確認される。

俺はその時の絶望を忘れない。

震えすらないからだを忘れない。

頼むから、これ以上犠牲にならないでくれ、と願ったことを忘れない。

もう、俺にはわからなくなってしまった。

この事件は、俺の体内には収束しきれなくなってしまった。

原発。風評被害。差別。

俺には、所詮道徳的なことしか話せない。

経済のことや、その裏で働く他国のビジネスのことなんか、もうわからない。

「頑張れ」という言葉がどんだけ無力で、ひとつになるということがどんだけ水蒸気のようにつかめず消えていく理想か。

いくら募金できたかな。

節電、できてるかな。

頼む。

この現実にできる最速で、皆さんの生活を元に戻して欲しい。

もし願いが叶うなら

俺がドラゴンボールも集めるから

亡くなった人々を生き返らせてほしい。

でも、それはできない現実。

無いものは、もう無い。

俺たちは、産み出すことしかできない。

偉い人。

できることはなんですか。

俺たちバカにも、わかるように命令してほしい。

頑張るのは、俺たちの方さ。

俺たち普通の人にも、頑張れるチャンスをください。

この国を、元気にしたいのは

みんなの願いさ。

金魚のしんのすけの病気がほぼ治った。

飼い方とか勉強してるのに病気させるなんて、なんて不甲斐ないんだろうと思った。

さかなが病気になった時、どれだけ悲しんでやれるだろう。
冷静に治療して治してやることもそうだけど、その痛みを知って感じてやることが、どれだけ大事だろう。

自分の未熟さを悔やむことがどんだけできるか。

俺は、小さな体にのっかった命を。

失われても俺だけが悲しい命を。

それを命として受け止めているだろうか。

ただ生きているだけでなく、大切にされて命はあるんだから

俺はもっとこいつらに尊重の念をもって触れなければいけない。

俺が熱帯魚屋さんを何軒も回って
水槽の前で何十分も悩んで連れてきたのだから。