翌朝。


地下の朝食ルームに行くと、そこはテーブルが4つくらいの小さな部屋。

部屋に入る前から、中にいるすべてのメンバーが把握できた。


部屋の中には3人。

中年の夫婦と、自分より少し年上くらいの女性が1人。

こういう小さい部屋の場合、挨拶して入っていったほうがいいのかどうか迷う。

挨拶はするのが当たり前かも知れないし、プライベートな食事の時間をジャマされたくないと考える人もいるかもしれない。

それは、国によっても様々だと思うし、人によっても違うと思う。


とりあえず、しないよりはしといたほうがマシだろうと思い、誰に対するでもなく頼りない声を上げた。


「ボンジュール・・・」


「・・・」


案の定、誰からも返事はなかったが一仕事終えた感じだ。

3人に背を向けて、テレビの見える場所に陣取った。


朝食は相変わらずの「パン」だけ。

ジャムだけはそろってる。

イチゴにオレンジ、アプリコット、ブルーベリー・・・得体の知れないのもある。


パンをかじりながらテレビをみるが、何を言ってるのかはさっぱりわからない。

ただ思ったのは、フランスのCMもよくできてるとは思うが、日本のCMってすごくクオリティーが高いんじゃないかということ。

日本語だからというのはもちろんあるが、比較すると日本のCMのほうが「つい見てしまう」率が高そうだ。


前日からパリに着いて確信したのは日本の豊かさ。

シャンゼリゼ大通りは美しかったけれど、バリエーションの多さで言えば表参道のほうが上なんじゃないだろうか。

豊かさというと、経済的な面だけではなく心の豊かさというのもある。

だから、総合的にどちらが上ということではないんだけど、例えば表参道も世界に誇れる通りだと思う。



中年の夫婦が食事を終えて席を立ち、しばらくすると女性が話しかけてきた。



「あなたは日本人??」



「はい、そうですけど・・・」



話を聞くと、彼女はオーストラリア人で、パリへは成田からの乗り継ぎ便で来たということだ。


日本から来たのも十分遠かったけど、日本で乗り継いだのか!?

というか、オーストラリアから来るのに、乗り継ぐのは日本というのは驚きだ。

成田がそんな風な使われ方をしていたなんて全然知らなかった。

大阪の人でさえ直行便で行っちゃうのに・・・(笑


日本に興味がありそうな口ぶりなので、聞いてみた。



「乗り継ぎする時、東京へは行きましたか?」



「行かない。」




(行こうよ・・・)




朝食を終え出かける準備をして、フロントに行くと猫背とオーストラリア人が話していた。

猫背は相変わらず卑屈な笑いを浮かべていた。


(まさか、この人にまで変なこと言ってんじゃないだろうな・・・)


不安はあったが、急いでいた。

部屋のキーを渡して手を振ると、背中越しに猫背が聞いてきた。



「今日はどこへ行くんだ?」



「モナリザに逢いに!」



・・・つづく


少なくとも5年以上、長年思い焦がれていた場所に立っていた。


「シャンゼリゼ大通り」


凱旋門はローマやマルセイユのものに比べても巨大だ。

そして思ったよりも厚みがある。

厚みというよりもむしろ、側面から見た姿は壁ともいえる。



パリという土地に漠然とした憧れがあった。

ロックミュージシャンがアメリカに憧れるような感じなのだろうか?

パリは自分にとって絶対的な何か、その象徴が凱旋門であり、エッフェル塔であり、今いるシャンゼリゼ大通りだった。


通勤列車の中のけだるい朝もこの場所を思い浮かべて、「オーシャンゼリゼ」を鳴らしていた。

ちっぽけなことで悩んだ時も、頭の中でこの大通りを歩いている自分の姿を描いた。

本当に自分にとっては特別な場所。

その、長年憧れ続けていた場所にいることが不思議な感じだ。


1つの夢が叶って、また新しい人生が始まる。

誰でも飛行機に乗れば簡単に来れる場所だ。

大げさかもしれない。

だけど、確かに自分の人生に楔を打った気がした。



凱旋門は長年の期待を裏切らないイメージどおりのものだったが、想像していたのと違うことがあった。

それは、道路に囲まれていること。

道路は凱旋門を中心にして放射状に伸びているわけなので、凱旋門の周りを車がビュンビュン走っていた。


あそこ、どうやって行くんだー??と右往左往していると、後ろから日本語が飛んできた。


「すみませーん!!」


それは、フランスに入って初めて会う日本人だった。

相手はカップルのようで、写真を撮ってくれということだ。


こちらはテンションが上がってるので、「エッフェル塔入った方がいいですか?」とか勝手に構図を考えて提案している。


幸い、相手は関西人のようでノリが良かった。

相手も「撮りましょうか?」と言う。

普通は自分のカメラを渡したりはしないのだが、日本人カップルだったしテンションが上がってたので撮ってもらった。


こちらの写真を撮った後、カップルの男のほうが思わぬことを聞いてきた。


「パリで暮らしてる方ですか??」


記念写真を撮っておいてそれはないだろう・・・


久しぶりの日本語での会話だったので、そんな矛盾にも気付かずに答えた。


「いや、ずっとパリに来たいと思っていて、さっきパリについて、今はじめて凱旋門を見て・・・×△◎◇×○◆!!」

聞いて聞いて状態だ。


関西人はやや引きつった笑顔で言う。

「そうですか。頑張ってください・・・」




「!!」



(相手してくれよ~!!)





だけど、そんなときでも、頭の中では例のメロディーが・・・




『いつも なにか 素敵な ことが あなたを 待ってるよ シャンゼリゼ♪♪』




奥から出てきた男はなんだかオドオドしていた。

(なんだ?人見知りかな?)


K1で言えばジェロム・レ・バンナ(フランス出身)という風貌のオヤジとは対照的に、ヒョロ長い猫背の男はカマキリのようだ。


バンナは部屋の鍵を渡すとまた一声。

オッス!

いや、別に日本でそんな挨拶してないし・・・



そんなこちらの気持ちを読み取ってか読み取らずか、猫背の男が口を開く。

「おまえの部屋はここだ。すぐ隣!」

困ったやつらのお隣になったもんだ。


「その部屋はベッドが2つだ!おまえは1人か?」


「1人だよ。予約も1人でしょ?」

バウチャーを指差して言い返した。


「ギャルはいないのか?」

バンナも口を挟む。


「いや、いない。1人だよ。」


そういった途端、猫背がけたたましい声で笑い出した。

「ひゃーーっ、ひゃっひゃっひゃーーー!」


なんだこいつは?一人旅をバカにすんのか??

笑いのツボがよくわからん・・・


しかし、なんだか面白いことを言わなきゃいけない雰囲気だ。

仕方がないのでアメリカンジョークっぽい言い回しで言ってみた。


「パリでも1人、東京でも1人だ。」

まったくジョークにもなってないなと思い、言いながら後悔してみたが・・・


「ひゃーーーーーっ!!ひゃっひゃっひゃっひゃーーーー!!」


・・・バカうけ。



いやいやいやいや、別にそんなに面白くないだろ!?面白いのか??

まあ、嬉しいような悲しいような・・・



オッス!! 

まだ言ってるやつがいる。

どうやら、気合を入れてくれたようだ。


こんなやつらに同情される筋合いはない。



一通り笑い終わった後、猫背が言う。


「じゃあ、これか??」


「!!」

下ネタ!?


「ひゃーーっ!ひゃっひゃっひゃっ!!」

1人勝手にでうけてる。



(もう、勝手にしてくれ・・・)


「朝食はどこ?」

バンナに尋ねた。


「地下だ!オッス!!



「・・・」



部屋に入ると、確かにベッドは二つ。

1人で使うのにはもったいない広さだ。

飾り気がなく地味な部屋だったが、バスルームに行ってびっくりした。


「便座のふたが黒い!!」


便器自体は白かったが、ふただけは黒いプラスチックだった。

なんだかたいしたことじゃないけど、すごくおしゃれな感じだ。



すりガラス越しに窓の外を見ると、紫の光がアール・ヌーヴォー調(?)の鉄枠を浮かび上がらせている。

殺風景な部屋でもパリを感じた。


窓を開けて外を眺めたら、もう日は暮れていたのだが、いてもたってもいられなくなった。

雨はもう止んでいるようだ。


すっと行きたかったあの場所へ・・・



シャンゼリゼに行くときが、ついにやってきた。




・・・つづく