如夢令
「令春」
李清照
昨夜雨疎風驟,
濃睡不消殘酒。
試問捲簾人,
却道海棠依舊。
知否,
知否,
應是綠肥紅痩。
🌸 花海棠 🌸
〈読み下し文〉
昨夜は雨疎まばらにして 風驟にわかなり
深き睡ねむりも 殘酒を消さず
試みに問う 簾を捲く人に
却かえりて道こたう 海棠は舊きゅうに依よる
知るや否や
知るや否や
應まさに是これ 緑肥え 紅はな痩せたるを
〈訳〉
僅わずかな雨と 突然 風の吹く 夜だった
よく眠ったものの 深酒の酔いを残す
簾を巻く使用人に 外の様子を尋ねてみると
「海棠はそのままですよ」と言う
そうなの?(いやいやほんと?)
そうなの?(ちゃんと見たの?)
雨に葉は豊かになれど 花は寂しくなった事でしょう
濃睡:深い眠り。
不消殘酒:昨晩飲んだ酒の酔いが残っている状態。
試問:試みに問う→ おたずねしますが。
捲簾人:簾を巻く人→ 使用人、婢はしため。
(本当に声を出して尋ねたかどうか、本当に使用人が
いたかどうかは問題ではなく、問答の面白さを味わう)
却:でも。なのに。(意に反して、と言う時に使う)
道:言う。述べる。
依舊:旧による→ 昔のまま、変化のない事。
詩詞世界 碇豊長の漢詩 李清照 如夢令 (biglobe.ne.jp)
如夢令
「酒興」
李清照
嘗記溪亭日暮,
沈醉不知歸路。
興盡晩回舟,
誤入藕花深處。
爭渡,
爭渡,
驚起一灘鷗鷺。
〈読み下し文〉
嘗かつて記きす 溪亭けいていの日暮れ
沈醉ちんすいし 歸路きろを知らず
興きょう盡つきて 晩おそくに舟を回めぐらすに
誤りて入りぬ 藕はちすの花の深き處ところ
爭いかに渡らむ
爭いかに渡らむ
驚き起たつ 一灘いったんの鷗鷺おうろなり
〈訳〉
かつて行った 溪亭の日暮れ時のことを 今も憶えています
酩酊し 帰り道が分からなく なっていたようです
十分に楽しみ尽くし 遅くもなったので 舟で帰っていたのですが
誤って蓮の花の茂みに 迷い込んでしまいました
如何に通り抜けよう
如何に通り抜けよう
帰路を辿っていると 水鳥たちが驚いて 飛び起ってしまいました
嘗:かつて。過去。以前。《李清照の思い出の情景を思い起こして作ったもの》
記:憶えている。
溪亭:現・山東省の済南七十二名泉の一つで大明湖畔。また、章丘の名水付近の休息
所。李清照が十五歳の時にそこへ出かけ深い印象を覚えたのだろう、その時の
印象を数年後に詞にしたのがこの作品である。
沈醉:酩酊する。
不知歸路:帰る道が分からなくなった。
興盡:十分に楽しみ尽くす。
晩回舟:遅くに舟を帰らせる。
藕:はす。はちす。はすの根。蓮根。
深處:沢山茂っているところ。
爭:争う。競う。如何で(どうして)。
灘:川、湖、海などの水際。水辺。岸辺。汀。日本語の「なだ」の意味は無い。
鷗鷺:鷗や鷺などに代表される中型の水鳥。
「鷺」は韻字の役目を果たしている。
*韻字:漢詩文で韻を踏むために句の末に置く字。
詩詞世界 碇豊長の漢詩 李清照 如夢令 (biglobe.ne.jp)
🌸 サブタイトルの「令春」「酒興」は、後世の人により、つけられたものです 🌸