三橋敏雄の句集は2冊目。
とはいえ、こちらは師弟関係にあった池田澄子さんセレクト。
俳人が俳人のどのような句をえらぶのかを眺めるのもたのしい。
俳人という顔ではなく、好きという1点に絞られるときのはずんだ心うちが感じられるからだ。
じぶんの歌集や句集ですら出してもいないのに、こんなことを言うと100年早いと叱られてしまいそうだけど、わたしにはどちらかというと自分の歌集や句集より、ただそのへんに転がっているような一塊のファンとなって、すきな歌人や俳人の作品を自由に選び、ゆるされるなら気ままに感想を述べて綴じるような書籍を出したいというふしがある。

作者が生前ならまずご本人に認めてもらわなくてはならないし、万葉の時代までさかのぼれば別として、たとえ逝去されていたとしても、著作権やら個人情報やらなにかとやっかいごとがありそうなので、じぶんの作品集を編むよりも夢のまた夢のはなしだ。

さぼりがちというか、最近めっきり更新できていないYouTubeの「読むシリーズ」も、そういう縛りが遠のく要因となっている。

 

今日は恐れ多くも池田さんに対抗して、わたしも三橋敏雄の句を3句だけ選んでみようとおもう。

三橋敏雄を愛するものとしては上も下もないのだから。

 

暗闇を殴りつつ行く五月かな  「三橋敏雄全句集」より

水弾く身のうすあぶら海の果  「鷓鵠」より

あけたての戸道の減りや秋の風  「畳の上」より

 

季節順にならべてみた。

あけたての~は池田さんもとられていた。

このほかに、戦争前後の心象を詠んだ句も秀悦で、どんな史実や書物より戦争そのものにふれている手ざわりがする。

ただファンでいることはほんとうにしあわせである。

 

 

引き寄せておくためにある胸もとに秋のはじめの毛布をかける

               漕戸 もり

 

 

つぎの秋晴れには毛布を干そう。