トムのミッションは欠かさない。
でも。
わたしにとってシネコンで観る映画は、隙間時間に観る贅沢品だから不本意だけど吹替えでしか叶わない場合もある。
今日はその叶わない日だった。
トムの生声が聞けないミッションを想像してみて欲しい。
どうにもこうにもほんとうにごめんねみたいな、だれに謝っているのでもないけれどすまない気もちになる。
日本語を話すトム。
もしかして違うものを観ているのかもしれないけれど、感想をいちおう残しておきます。
トム・クルーズ、いや、イーサン・ハントに外れなし。
芸術、演劇でも文学でも美術でも演芸でも、もしかして腹の足しにはならないかもだけど、最期に地球人を救うのはこれじゃない?と薄っすらおもうのだ。
この映画を、シネコンのすこしお高い料金のシートに座り、くつろいだ気分で天国にいけたらどんなにしあわせなのだろう。
おいおい、コラムや朗読や、お金はいただけていないから趣味の範疇だけど、真摯に取り組んでいる歌句に関わっているときじゃないんかい、と突っ込まれそうだけど、それを余裕で越えてくるイーサンのエンタテインメントっぷりにはひれ伏すしかない。
イーサンがトムでトムがイーサンで。トムはもう私生活くらいは、だらだらゆるゆる過ごしていて欲しいから、ここはイーサンで統一しておきたい。
今日言いたかったのはこんなことではない。
ヒト マル マル のことだ。
ネタバレになるので多くは話せないけど、吹替えで「ヒト マル マル」というシーンがあった。
※言ったのはイーサンではない
恐らくそれは…「1 0 0」のことだとおもうのだけど、「ヒト マル マル」と聞いたところからつぎのストーリーが暫く頭に入ってこなかった。
ヒト マル マル?
1 0 0 は日本人であろうと「ワン ゼロ ゼロ」と発すものだと思っていた。
気になれば調べるのが鉄則の身上なのですぐさま調べる。
海上自衛隊では、数字の0はマル、1はヒト、と言うのだそうだ。
自衛官の友人に聞いたので、彼が酔っぱらっていなければ事実だとおもう。
もし違ったら、彼は休暇のため酔っぱらっていたこととお許し願いたい。
ちなみに、7 を発するとき「しち」と言うか「なな」と言うかいつも迷うのだけど、こと自衛隊においては「なな」が正しいらしいのだった。
でもなぁ…
ヒト マル マル と翻訳すると、ミッションインポッシブル:デッドレコニング/パート1の幕開けに、東洋が混じりこんだとしかどうしてもおもえない。
パート2は撮影済らしいので、こうなったら次も吹替えで観るか。
だめだめだめだめだ。
出来ればやっぱりトムの声。
頭は空っぽのくせに絶対音感を持つわたしなので、ごめん、気になる。
音楽家以外にはつくづく鬱陶しい絶対音感である。
言葉も声も音なのだ。
いや絶対フィアット500はルパン三世が初代 イーサンにもみ髭なく涼し
漕戸 もり
だってそうでしょうよ。
日本人は全員知っている。
けどね、許します。
