我が家には、20年以上生きている亀が二匹いる。
一匹は雌のクサガメで、もう一方は雄のイシガメである。
以前にもここで書いたが、わたしは亀の模様も匂いも得意ではないのだけど、どちらの亀も、家人がどこかの土手から這い上がって歩いているのを、轢かれると可哀そうだからと拾ってきた。
まず最初に拾ってきたクサガメを飼う二年余は、まだ子亀だったこともあって、鈴虫を飼うようなプラスチックのゲージに入れ、数粒の餌をやっていればよかったのだが、成長にともなって熱帯魚を泳がせておくような大ぶりのガラス製のいれものになってからは、水替えや餌の配分を間違えると、糞尿や匂いで惨事になるようになってきた。素手ではさわれないからビニール手袋で亀をむんずと掴むと、ばたばたとあばれる。
もう無理、あなた責任を取って面倒みなさいよ、とわたしが根をあげ始めたころ、二匹目の今度は黒目がちのイシガメがやってきた。
だって、川に戻しても絶対歩道に上がってくるのはわかっているし、轢死の亀をみるたび、あのとき見捨てた亀かもしれないと、心を痛める俺のことも考えてみてくださいよ、ともうすでに子亀のイシガメを持ってきてしまっている手を差しだしながら、家人は目を潤ませている。

やがて家人は責任を取りますと言って、亀のめんどうをみはじめたのだが、様子を伺うとなんとも雑だ。

水は、ゲージをたいして洗いもせず替えるものだからすぐに汚れるし、餌だって亀たちが欲しがるだけばら撒く。
亀の食欲をなめてはいけない。
わたしの知識不足で、これもまた家人が得意の「だって、可哀そうじゃん」と言って持ち帰った大量のオタマジャクシを、とりあえず亀のゲージに入れておいたら、翌朝オタマジャクシはあとかたもなく消えており、その代わり、既成の餌を食べているときには考えられないほどの、悪夢の匂いがベランダを覆っていたのだった。
そういう理由で、あれは3年前♪どころか、あれからもう20年以上も、わたしがいきものがかりを担っている。
種属もおおきさも違うのでまさかと思っていたが、雄のイシガメが、じぶんの倍もあるようなお姉さんのクサガメの雌を追い回し、クサガメの尾を噛みちぎった日以来ゲージもふたつ。
水替えも餌やりも労力は二倍だ。
現在クサガメの体長は縦に15㌢ほど、イシガメは8㌢ほど。
成長に合わせてゲージを替えてきた数およそ20回(以上だとおもう)。
クサガメが、ゲージをよじ登り高層マンションのベランダから落下し、近隣のかたが警察署へ届けていたのを引き取りにいったとき、胸の甲羅(胸は甲羅とは呼ばないか?)にひびが入り、血だらけで泡を吹いていたものの、奇跡的に一命をとりとめたことがある。
あれが教訓となり、ちいさく育てるというのがわたしの亀育ての極意となった。
 
その彼らをスリムに健康に永らえているのが、場合によっては犬や猫の餌より巨大なこの1.5キロのカメのごはん。
ジプロックに小分けし、残りは乾燥剤を入れまたそれもジプロックに保管する。
365日、雨の日も雪の日も嵐であろうとベランダ暮らしで、まるで冬でもランニングシャツと裸足で過ごす人間の子どものような我が家の亀たち。(冬は薄氷の張ったゲージに冬眠するので静まり返ってはいるが)
どうかこの、本日封を切る1.5キロのごはんを食べきり末永く元気で。
果たして、ビニール手袋越しにでも情というのは湧いてくるものらしい。
 
  おじけづく手の振動を知つてゐるからだをなぞる硬いみづぎは
                 漕戸 もり
 
じっとみていると、亀は島で、亀のたましいは水際のうちがわにあるような気がする。