工事現場は規則正しい。

なかでも大掛かりな解体工事が近所ではじまると、

暫くは時計が必要ないくらい正確なので、

いつのまにやら工事現場のリズムに沿って体が呼吸をしているのがわかる。

わたしは現場監督でもなんでもないけれど、

ちなみに本日(春・晴天)のスケジュールはというと、

8時…作業スタート

10時~10時20分…お茶休憩

12時~13時…お昼休憩

15時~15時20分…お茶休憩

17時…作業片付け~終了

作業前の

「作業員みなさん安全第一で。今日も一日よろしくお願いいたします」

という声も付け加えてお知らせできる。

 

この解体は街のわりと中心で行われていて、

マンションも中高一貫校も病院も塾も会社も、

すこし歩けば消防署も区役所もあるような場所なので

相当の粉じんも騒音も水しぶき(解体には大量の水を使うのだ)も

まともに喰らって辟易されている方々も多くいるはずだ。

だから、工事のON/OFFは時計がわりだよん、と

のん気な感傷に浸ってしまいほんとうに申し訳ないとおもう。

建築物でも人でもそうだけれど、それらが再生をし終わったとき

それまでの過程をよく知りもしないで

「おめでとう」と花などを贈ったり、お祝いの宴ではしゃいだりしがちだが、

たとえば解体のようなことを近くで見たり感じていた場合

そう簡単に、やったね!なんて言えないだろう。

一番近くにいたおかげで、ときには迷惑をこうむったり、我慢させられたり、

再生をしようとするものからの<負>の熱量も被る。

「作業員みなさん安全第一で。今日も一日よろしくお願いいたします」は

そういう存在にも届いているといいのにとおもう。

 

すこし遠くから撮影をしてみた。

4階建てのあの階もこの階にも馴染みがあるのに、

瓦礫になりつつある風景を眺めていると、もうどこにもあの懐かしさはない。

ここは、クレーン車と水しぶきと作業員の解体現場という<仕事場>だ。

そんなふうに考えようと仕向けている。

規則正しい時間がわかる解体現場、なんていいながら

こうみえて結構痛がっている。それは注射をするとき、

指で膝を力いっぱいつねって痛みに気づかないふりをするのに似ている。

再生は痛みを伴う。

ついでに言うと、そうやっていても注射の針から目をそらさない。

再生というのはほんとうに奥が深い。

西友御器所店。再生の痛みを忘れないように。

 

 

 

 粉塵にいつかの湯冷めした髪の午前0時がはねて根を張る

                   漕戸 もり

 

 

夜中の西友(24時間営業)の思い出はこころのなかに。