名古屋発祥のたべものは多くあるけれど、
意外と名古屋人はそれらを食べていない。
まあどこでもそうなのかもしれないけれど、でも
関西出身の友人はたこ焼きやお好み焼きを日常的に食べているし、
香川の出身の友人はうどんには煩い。東北の知人は牛タンについて
持論があるし、北陸の知人は酔うと本場の蟹を食べに来いと言い放つ。
それらに比べると、名古屋人の生活に名古屋飯は親密にたいそう欠ける。
「そんなことない。わたしの名古屋の友人はいつも山ちゃんに行こうと言うし、
味仙のどの店がおいしいのか聞いてもいないのにおしえてくれる」と
憤るあなた。
これはあなたへの最大のおもてなしだとおもってくださればよい。
名古屋人は、わかってもらえるすべがここにしかない、くらいに
名古屋飯を便利に利用しているふしがある。
名古屋飯を好きになってもらえば、あばよくばわたしのこと
若しくは持ち掛けた商談について、理解を示してもらえる可能性があるとでも
おもっている単純さがある。
ゆるしてください。
最近はどういうわけか山ちゃんづいていて、店舗を変えながら
また今日も山ちゃんであった。
亡き山本会長がわたしを導いているかのようだ。
それでいて松川君の店舗にはなかなか行かれないのだから困ったものだ。
山ちゃんといえばその昔、ほうれん草サラダという素晴らしいメニューがあった。
味仙でいうところの青菜炒めに匹敵するそれは、
前後左右どのテーブルのお客さまも生中を注文するまえにオーダーするという
人気メニューで、生のほうれん草がこれでもかとお皿に載せられ、
フライドしたベーコンかなにか忘れてしまったが、
香ばしいようなものが混ぜられたドレッシングがかかっていたと記憶する。
もしかすると店舗によってはまだあるメニューなのかもしれないけれど、
わたしの知る限り、あの大昔わしわし食べていたほうれん草サラダ
(ほうれん草のシュウ酸が口のなかでぎしぎしする感じも、生ビールによく合った)
とはお目にかかることがない。
生で食べられるほうれん草は、イオンで買ってもすっかり高くなってしまった。
あの量であのお値段(そんなに高くないという印象がのこる)の
山ちゃんほうれん草サラダは、今や青春とともに手の届かないところにある。
今日のメニューは幹事さんが適当に頼んでくれたのだけど、
おなじ山ちゃんでも、一緒に飲むひとが違うと
珍しいものとお目にかかることが多く、たいへん興味深い。
わたしは飲んでいるときに、手を汚すのがあまり得意ではないので、
写真のようにこんなに山となるほどの手羽先は頼まないし、
わたしが絶対に欠かさない山きゃべが登場しなかったのにもおどろく。
そして極めつけは鉄板ナポリタンである。
そんなもの山ちゃんに存在することも今まで気づいていなかった。
幹事さんは、このナポリタンが食べたかったから今日は山ちゃんにした、
というようなことを言いながら、ナポリタンをつまみに
瓶ビールをぐびぐびと煽るのだった。
この鉄板ナポリタンも、名古屋の(尾張地方)名物といわれる
名古屋飯のひとつである。
実家には一人用の木の受け皿に載せるタイプの鉄板皿があり、
家族の人数分長いあいだ愛用されていたのを思い出す。
幼少期、父も母も忙しく兄弟だけで夕飯をたべるとき、
鉄板に目玉焼きを落として焼くだけでも、ずいぶん豪華な気分になったものだ。
鉄板ナポリタンの作り方はいたって簡単で、これもよく作った。
熱した鉄板に撹拌した生卵をふたつばかり割り入れて、
別で茹でたパスタを、玉ねぎやらピーマンやらウインナーやらといっしょに
フライパンで炒めてケチャップで味付けをし、
卵がかたまらないうちに、鉄板にこんもりと盛り付けて
はふはふ言いいながら食べる。
なんだろう。
書きながら泣けてきてしまう。
病弱で保健室で過ごすことが多かったし、そのせいでじぶんでいうのもなんだけど
陰気くさくぼんやりと幽霊のように佇んでいるような子どもだったから、
いじめられていたし、発熱してしょっちゅう忙しい母を困らせていた。
そういうときによく作っていたからだろうか。
まあ、そんなことは理由ではないけれど
山ちゃん鉄板ナポリタンを眺めているうちに、
きれいさっぱり食べられてしまったので、今日のこれが
美味しいかどうかは確認できていないのだった。
あの鉄板は、実家には既にない。
どうしてそんなことがわかるのかといえば、
家を建て直したとき、膨大な書籍やレコードや着物類とともに
やけに重たい家族分の鉄板を、廃品回収のトラックに積み込んだのを
おぼえているからだ。
棄てれば軽くなるけれど、思い出はこうしていつまでも
わたしをときどき重たくする。
鉄板ナポリタンも今では名古屋人の非日常の名古屋飯だ。
それくらいのポジションでいいのだとおもう。
卒業の袴姿とすれちがふ開花のやうに北へとゆけば
漕戸 もり
卒業シーズン。
どのひとも紛うことなくひかり。
