昼寝のせいで眠れないので、久々の更新です。
気付いたら、本当に久しぶり。この程度でしか更新できてないと、誰も読んでくれないだろうなぁって思うし、あと、他の人のも読んでなくてごめんなさい。ちょっと忙しくてゆっくりネットも見てなかったんです。
先月一度、すごく不運の続く日がありました。
ひとつひとつを取り上げると、「あー、そういうこと、あるある」って程度のことなんだけど、たった数週間のうちに続いて起きたから、とってもブルーな気持ちになりました。
まずはスキー場のレストランで携帯電話を忘れたところから始まって、買い換えようとした携帯電話は買おうと決心して行ったら売り切れてるし、妻に買ってあげようと思って心待ちにしていたものは発売から5日ほどで売り切れ。旅行に行ったら、帰りの飛行機はキャンセルになるし、傘を持ってない日に限って帰りがけに雨が降る。仕事もうまくいかないし、仕事の話をしたくてNYの同僚に夜電話をしたら会議中でいないし、ネクタイにコーヒーをこぼす。お昼にお弁当を買いに行ったらお休みだし、友達と会う予定がある日に限って携帯電話を家に忘れる。週末に家でコーヒーを入れようとしたら、ミルが動かない。
こんなときは、「次はなんだ?」って、ちょっとしたことが「またかぁ」なんて不幸な気持ちになって、本当に家に篭ってしまいたくなる。。。
誰かに恨まれるようなことしたかなぁ、、、と不安になる。本気でお守りを買いに行こうと思った。
まぁ、でも、それも、先週くらいから、少しずつ取り戻してて、無事新しい携帯電話は手に入れたし、とりあえず困ったことは起きてない。
ま、そんなもんか。でも、機会があったら、お守り買うかな。念のため。
ところで、最近NYにいる上司がわざわざ送ってくれた本がある。「Fooled By Randomness」と言う本で、同じ著者が「Black Swan」って本も出してる。確率の話で、一言で言うと、「世の中のランダムなできごとは、人が思うほどランダムじゃない」って話。
すごい逆説的で分かりにくいけど、、、
例えば、100万回コインを投げると、50万回ずつくらい表が出るはず。だけど、その中には100回くらい表が続くことがあってもおかしくないってこと。でも、普通の人は100回表が続くと、ランダムじゃないように感じるんじゃないかな。「表が出やすいコインかも知れない」とか「投げ方が悪いのかも知れない」とか。
投資の世界に話を広げると、人は成功したときも失敗したときも偶然って思えない。本当は偶然で十分説明できるのに、成功したときは実力のような気がして、失敗したときは不運のせいにして忘れたがるとか。なんか、そんな教訓も得られそう。(まだ全部読んでないんです。。。本の内容とずれてたら、ごめんなさい。)
もしかしたら、僕の不運が続いた2週間も、偶然のうちに十分入るのかも知れない。「何かある」なんて考えること自体がナンセンスなのかも。
って考えてると、人生ってもしかしたら、偶然の連続?こんなことを考えてみた。
人生をうまくやっていける人は、幸運をうまく利用できて、不運を耐え抜く力のある人。
不運にくじけて投げやりになると、不運のダメージを倍増させちゃうし、幸運を「こんなことは続くはずない」なんて弱気になって利用できないと得られる利益を半減させちゃうのかも。
と言うことは、楽観的でいつも笑っていられる人が幸せでいられるのは、そう見えるってだけじゃないのかも。
笑う門には福来る
気付いたら、本当に久しぶり。この程度でしか更新できてないと、誰も読んでくれないだろうなぁって思うし、あと、他の人のも読んでなくてごめんなさい。ちょっと忙しくてゆっくりネットも見てなかったんです。
先月一度、すごく不運の続く日がありました。
ひとつひとつを取り上げると、「あー、そういうこと、あるある」って程度のことなんだけど、たった数週間のうちに続いて起きたから、とってもブルーな気持ちになりました。
まずはスキー場のレストランで携帯電話を忘れたところから始まって、買い換えようとした携帯電話は買おうと決心して行ったら売り切れてるし、妻に買ってあげようと思って心待ちにしていたものは発売から5日ほどで売り切れ。旅行に行ったら、帰りの飛行機はキャンセルになるし、傘を持ってない日に限って帰りがけに雨が降る。仕事もうまくいかないし、仕事の話をしたくてNYの同僚に夜電話をしたら会議中でいないし、ネクタイにコーヒーをこぼす。お昼にお弁当を買いに行ったらお休みだし、友達と会う予定がある日に限って携帯電話を家に忘れる。週末に家でコーヒーを入れようとしたら、ミルが動かない。
こんなときは、「次はなんだ?」って、ちょっとしたことが「またかぁ」なんて不幸な気持ちになって、本当に家に篭ってしまいたくなる。。。
誰かに恨まれるようなことしたかなぁ、、、と不安になる。本気でお守りを買いに行こうと思った。
まぁ、でも、それも、先週くらいから、少しずつ取り戻してて、無事新しい携帯電話は手に入れたし、とりあえず困ったことは起きてない。
ま、そんなもんか。でも、機会があったら、お守り買うかな。念のため。
ところで、最近NYにいる上司がわざわざ送ってくれた本がある。「Fooled By Randomness」と言う本で、同じ著者が「Black Swan」って本も出してる。確率の話で、一言で言うと、「世の中のランダムなできごとは、人が思うほどランダムじゃない」って話。
すごい逆説的で分かりにくいけど、、、
例えば、100万回コインを投げると、50万回ずつくらい表が出るはず。だけど、その中には100回くらい表が続くことがあってもおかしくないってこと。でも、普通の人は100回表が続くと、ランダムじゃないように感じるんじゃないかな。「表が出やすいコインかも知れない」とか「投げ方が悪いのかも知れない」とか。
投資の世界に話を広げると、人は成功したときも失敗したときも偶然って思えない。本当は偶然で十分説明できるのに、成功したときは実力のような気がして、失敗したときは不運のせいにして忘れたがるとか。なんか、そんな教訓も得られそう。(まだ全部読んでないんです。。。本の内容とずれてたら、ごめんなさい。)
もしかしたら、僕の不運が続いた2週間も、偶然のうちに十分入るのかも知れない。「何かある」なんて考えること自体がナンセンスなのかも。
って考えてると、人生ってもしかしたら、偶然の連続?こんなことを考えてみた。
人生をうまくやっていける人は、幸運をうまく利用できて、不運を耐え抜く力のある人。
不運にくじけて投げやりになると、不運のダメージを倍増させちゃうし、幸運を「こんなことは続くはずない」なんて弱気になって利用できないと得られる利益を半減させちゃうのかも。
と言うことは、楽観的でいつも笑っていられる人が幸せでいられるのは、そう見えるってだけじゃないのかも。
笑う門には福来る