今週はよく飲みに行った一週間だった気がするなぁ。楽しかった。
金曜日、生まれて初めてエチオピア料理を食べました。お酒もデザートも種類は全然少なくて、フォークもスプーンも出てこないで、クレープの皮みたいなものを手でちぎって、それで手づかみで料理を食べる。
デザートなんて試しに頼んでみたら、こちらのスーパーで売っているような、賞味期限が2週間くらいありそうな、得体の知れないクリームで周りの覆われたチョコレートケーキとニンジンケーキが出てきて唖然。チョコレートもニンジンも使われてないんじゃないかって雰囲気のものでした(>_<)
なので、お店によるとは思いますが、お酒とデザートについてはちょっとがっかり。でも、他の料理は安くておいしかった。しばらくはいいけど、またそのうち食べたくなるかも。
さてさて、金曜日の食事は前の職場の人で、こちらに異動になってNYで働いている人たち。
彼らと話していて出てきた話で、アメリカ人は仕事がいい加減だなぁ、なんてのがありました。
気が付いたら、自分が頼んだ仕事の確認のために一日が過ぎていたなんていう、笑ってばかりはいられない話です。
確かに僕にとっても、そういう割合は、日本と比べると多い気がする。
ただ、日本でそういうことがないかというと、そうでもなくて、いつまで経ってもできなかったものが、ちょっと強く言うとできたりすることもある。それとか、「そういう時は誰それに言うといいよ」とか「誰それにCCしてメール書くと話が早いよ」とか、そういうのが仕事を早くやるノウハウだったり。
ということは、アメリカに来てまだ間がないのと、言葉の壁で、そういうノウハウをまだ身につけられていないだけなのかな。
「相手の仕事」と言っても、やってもらえなかったら、自分の仕事が滞るので、困るのは自分。やってもらえなかったら、頼まなかったのと同じ。
直属の上司・部下の関係だったりすると、報酬のことや評価のことがあるから、がんばる動機付けは働くけど、確かに違うチームで、評価しあう関係になかったりすると、人によっては対応が難しい。
それで、そういうときにちゃんとやってもらうための、必要そうな技を考えてたんだけど、
①相手に非があれば(コトが大きくなる前に)早めに正当な理由をつけて、少し大げさに文句を言う
②自分の上司には早めに自分が誰かとコミュニケーションをとっているということをそれとなく伝えておく
③証拠を残しやすいコミュニケーション手段をなるべく使う(メールかな?)
こんな技術です。早めに行動して、証拠を残す。
「いまさらなに?そんなの当たり前!」って感じかな?僕は以前の職場では人に恵まれていたので、みんなが助け合えるような環境にいたんです。だからこういうことはあまり考えないでもやってくれてた。幸せでした。
それにしても、こんなことにばかりあんまり頭を使ってたら、会社全体の視点に立つと効率が上がるわけがないですよねぇ。だって本来、「同じ仕事をいかにみんながラクをして済ませられるか」ってコトに頭を使うべきで、「誰にどんなプレッシャーをかければ自分の代わりにたくさんやってもらえるか」なんてコトに頭を使ったって、人間も組織も進歩しない。
まぁ、とは言っても、バランスの問題かな、とも思う。確かに、怒られることで仕事をする人や、褒められることで仕事をする人や、自分の誇りで仕事をする人や、いろんな価値観を持った人がいるわけだから、それに合わせて、上手に協力し合うのが近道ってことかなぁ。
「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」。山本五十六ですよね。人に何かをお願いするときにはよくこの言葉を思い出します。でも、この場合は、やって見せられないし、当てはまらないかぁ。
そして、最後に。
組織が組織として存在する意義は、個人個人が自分たちの動機付けの向く方向に動くことで、組織全体の生産性が上がるいろんな「仕組み」を作ることだと思います。
直接の利害関係(上司、部下あるいはチームメート)のない人たち同士の間にも、公式に、そして公平な評価を出すことのできる仕組みを作ることが大切なのかも知れません。
金曜日、生まれて初めてエチオピア料理を食べました。お酒もデザートも種類は全然少なくて、フォークもスプーンも出てこないで、クレープの皮みたいなものを手でちぎって、それで手づかみで料理を食べる。
デザートなんて試しに頼んでみたら、こちらのスーパーで売っているような、賞味期限が2週間くらいありそうな、得体の知れないクリームで周りの覆われたチョコレートケーキとニンジンケーキが出てきて唖然。チョコレートもニンジンも使われてないんじゃないかって雰囲気のものでした(>_<)
なので、お店によるとは思いますが、お酒とデザートについてはちょっとがっかり。でも、他の料理は安くておいしかった。しばらくはいいけど、またそのうち食べたくなるかも。
さてさて、金曜日の食事は前の職場の人で、こちらに異動になってNYで働いている人たち。
彼らと話していて出てきた話で、アメリカ人は仕事がいい加減だなぁ、なんてのがありました。
気が付いたら、自分が頼んだ仕事の確認のために一日が過ぎていたなんていう、笑ってばかりはいられない話です。
確かに僕にとっても、そういう割合は、日本と比べると多い気がする。
ただ、日本でそういうことがないかというと、そうでもなくて、いつまで経ってもできなかったものが、ちょっと強く言うとできたりすることもある。それとか、「そういう時は誰それに言うといいよ」とか「誰それにCCしてメール書くと話が早いよ」とか、そういうのが仕事を早くやるノウハウだったり。
ということは、アメリカに来てまだ間がないのと、言葉の壁で、そういうノウハウをまだ身につけられていないだけなのかな。
「相手の仕事」と言っても、やってもらえなかったら、自分の仕事が滞るので、困るのは自分。やってもらえなかったら、頼まなかったのと同じ。
直属の上司・部下の関係だったりすると、報酬のことや評価のことがあるから、がんばる動機付けは働くけど、確かに違うチームで、評価しあう関係になかったりすると、人によっては対応が難しい。
それで、そういうときにちゃんとやってもらうための、必要そうな技を考えてたんだけど、
①相手に非があれば(コトが大きくなる前に)早めに正当な理由をつけて、少し大げさに文句を言う
②自分の上司には早めに自分が誰かとコミュニケーションをとっているということをそれとなく伝えておく
③証拠を残しやすいコミュニケーション手段をなるべく使う(メールかな?)
こんな技術です。早めに行動して、証拠を残す。
「いまさらなに?そんなの当たり前!」って感じかな?僕は以前の職場では人に恵まれていたので、みんなが助け合えるような環境にいたんです。だからこういうことはあまり考えないでもやってくれてた。幸せでした。
それにしても、こんなことにばかりあんまり頭を使ってたら、会社全体の視点に立つと効率が上がるわけがないですよねぇ。だって本来、「同じ仕事をいかにみんながラクをして済ませられるか」ってコトに頭を使うべきで、「誰にどんなプレッシャーをかければ自分の代わりにたくさんやってもらえるか」なんてコトに頭を使ったって、人間も組織も進歩しない。
まぁ、とは言っても、バランスの問題かな、とも思う。確かに、怒られることで仕事をする人や、褒められることで仕事をする人や、自分の誇りで仕事をする人や、いろんな価値観を持った人がいるわけだから、それに合わせて、上手に協力し合うのが近道ってことかなぁ。
「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」。山本五十六ですよね。人に何かをお願いするときにはよくこの言葉を思い出します。でも、この場合は、やって見せられないし、当てはまらないかぁ。
そして、最後に。
組織が組織として存在する意義は、個人個人が自分たちの動機付けの向く方向に動くことで、組織全体の生産性が上がるいろんな「仕組み」を作ることだと思います。
直接の利害関係(上司、部下あるいはチームメート)のない人たち同士の間にも、公式に、そして公平な評価を出すことのできる仕組みを作ることが大切なのかも知れません。