日曜は友達と中華を食べてきました。
お腹一杯、好きなものを食べてもいい楽しい日です。
前の会社の人と、チャイナタウンへ行って、(実はそのメンバーは、4、5年前にも同じような形で来たことがあるんです。「懐かしの店へ」的なコンセプトで行ってきました。)安い中華をお腹一杯。楽しかったです!
さて、そんなメンバーと一緒で、懐かしの場所になると、当然、前の会社の話題でもちきりになります。
その中のひとつから。
私たちの共通の友人が転籍になって、違うチームに移っていました。外国人で、日本語はほとんど話せません。読み書きなんてもってのほか。移った先は、社内でも有名な「日本的」チーム。(注:外資系金融機関です、念のため。)
最近パーティーで本人に会ったときに、愚痴は聞いていましたが、昨日はもっと具体的に聞きました。
1.メールの「To」に入れるメールアドレスの順番で怒られた
2.チームに流れるメールが日本語で、分からなくて困ることがある
Toに入れる順番とは、メールの宛先に入力する順番を、偉い人順にしなくてはいけないということ。みなさん、気にしますか?お客様宛てではなくて、社内のメールです。
僕は気にしません。でも、気にする人はいます。
一方で、自分の名字を親しくない人に、呼び捨てにされたり、「くん」で呼ばれたりすると、特に見下されていると感じるときに、かなりむっとします。上司であっても。もちろん、親しい人にはどう読んでもらっても嬉しいです。むしろ呼び捨てにしてもらえると嬉しかったりする。不自然でなければ、下の名前で呼んで欲しいと思う。
これって、基準が曖昧ですよね。それに、気にしない人はたくさんいると思う。さらに曖昧ですね。
僕から見たら、Toに入れるメールアドレスの順番なんかよりも、言葉の分からない人がいることを承知の上で、理解のできない言葉でやり取りする方が何倍も失礼だと思う。
もっともっと身近な場面を想定すると、、、友達同士ででも、食事に行ったとします。そこで、周りのみんなが、自分の知らない、何について話しているのかも全然分からない話題をずーっと続けたらどうですか?完全に仲間はずれです。僕なら、嫌です。でも、ほんの少しなら気にならないかも知れない。人にもよるかも。
そう、失礼だと思うかどうかは、程度や人(自分や相手)によるんです。
きっと、「礼儀」って、そういう人と人とのコミュニケーション上、その「程度や人による」曖昧な部分をなるべく分かり易く、形にしたものじゃないかなぁ。テーブルマナーだってそう。
ここで考えないといけないことは、「相手は不快だと思うか」に尽きると思います。
自分がされて嫌なことはしないのは当然。でも、自分がされて嫌じゃないからといって、相手にもやっていいとは限らない。
難しいですよね。これを「毎回毎回コミュニケーションの度に考えなくても済むように」ルールにしたのが礼儀だと思うんです。
だから、「礼儀に従ってないから、不愉快だ!」ってなるのは本末転倒。
礼儀とは自分がラクをするために、自分が、従うもの。相手に強いるものではないもののハズ。
自分が何かに対して無礼だと感じて不愉快になったときには、その理由が正当かどうか、よくよく考えてみるといいのかも。
とにかく、僕は、そんな風にならないような、広い心を持っていたいと思います。
そして、自然に、いろんな人を尊重できるようになりたいと思います。
その方が、自分流じゃないからって理由だけで、きりきりといろんなことに不愉快になるより、よっぽど楽しく生きられると思うので。
お腹一杯、好きなものを食べてもいい楽しい日です。
前の会社の人と、チャイナタウンへ行って、(実はそのメンバーは、4、5年前にも同じような形で来たことがあるんです。「懐かしの店へ」的なコンセプトで行ってきました。)安い中華をお腹一杯。楽しかったです!
さて、そんなメンバーと一緒で、懐かしの場所になると、当然、前の会社の話題でもちきりになります。
その中のひとつから。
私たちの共通の友人が転籍になって、違うチームに移っていました。外国人で、日本語はほとんど話せません。読み書きなんてもってのほか。移った先は、社内でも有名な「日本的」チーム。(注:外資系金融機関です、念のため。)
最近パーティーで本人に会ったときに、愚痴は聞いていましたが、昨日はもっと具体的に聞きました。
1.メールの「To」に入れるメールアドレスの順番で怒られた
2.チームに流れるメールが日本語で、分からなくて困ることがある
Toに入れる順番とは、メールの宛先に入力する順番を、偉い人順にしなくてはいけないということ。みなさん、気にしますか?お客様宛てではなくて、社内のメールです。
僕は気にしません。でも、気にする人はいます。
一方で、自分の名字を親しくない人に、呼び捨てにされたり、「くん」で呼ばれたりすると、特に見下されていると感じるときに、かなりむっとします。上司であっても。もちろん、親しい人にはどう読んでもらっても嬉しいです。むしろ呼び捨てにしてもらえると嬉しかったりする。不自然でなければ、下の名前で呼んで欲しいと思う。
これって、基準が曖昧ですよね。それに、気にしない人はたくさんいると思う。さらに曖昧ですね。
僕から見たら、Toに入れるメールアドレスの順番なんかよりも、言葉の分からない人がいることを承知の上で、理解のできない言葉でやり取りする方が何倍も失礼だと思う。
もっともっと身近な場面を想定すると、、、友達同士ででも、食事に行ったとします。そこで、周りのみんなが、自分の知らない、何について話しているのかも全然分からない話題をずーっと続けたらどうですか?完全に仲間はずれです。僕なら、嫌です。でも、ほんの少しなら気にならないかも知れない。人にもよるかも。
そう、失礼だと思うかどうかは、程度や人(自分や相手)によるんです。
きっと、「礼儀」って、そういう人と人とのコミュニケーション上、その「程度や人による」曖昧な部分をなるべく分かり易く、形にしたものじゃないかなぁ。テーブルマナーだってそう。
ここで考えないといけないことは、「相手は不快だと思うか」に尽きると思います。
自分がされて嫌なことはしないのは当然。でも、自分がされて嫌じゃないからといって、相手にもやっていいとは限らない。
難しいですよね。これを「毎回毎回コミュニケーションの度に考えなくても済むように」ルールにしたのが礼儀だと思うんです。
だから、「礼儀に従ってないから、不愉快だ!」ってなるのは本末転倒。
礼儀とは自分がラクをするために、自分が、従うもの。相手に強いるものではないもののハズ。
自分が何かに対して無礼だと感じて不愉快になったときには、その理由が正当かどうか、よくよく考えてみるといいのかも。
とにかく、僕は、そんな風にならないような、広い心を持っていたいと思います。
そして、自然に、いろんな人を尊重できるようになりたいと思います。
その方が、自分流じゃないからって理由だけで、きりきりといろんなことに不愉快になるより、よっぽど楽しく生きられると思うので。