3回目
最愛の人が亡くなってから3年が経った。命日は5日だけど、Twitterで知らされたのが8日だからか、今日の方がずっと印象強く感じる。4月8日。私たちの中でwowakaさんが死んだ日。居ても立っても居られなくて、2021年の4月7日は「花束みたいな恋をした」を観に行った。気持ちのやり場がなくて。なんでもいいから心を動かしたかった。泣きたかった。でも一番泣いたのは、Awesome City Clubがライブハウスで歌っているシーンだった。楽器をならしていて、真ん中に人が立って、歌っている。奏者は楽器を、ボーカルは私たちを見ている。その姿がヒトリエと重なった。映画自体はとても素敵だった。物語の中の人達がひたすら懸命に生きていて、不格好で、人間くさい。エンドロールが終わったあとは余韻に浸りたくなって、急いでイヤホンを耳の穴に押し込んで外の音を塞ぐ。劇中歌を1曲だけ聴いたあとはなにも聴く気にならなかった。いい作品に触れたなという気持ちと、こういう気持ちになりたくて見たんじゃないのに、の気持ちが混ざる。帰り道はwowakaさんのことばかり考えていた。これからだという時にどうして、とか思い出と一緒に浸る、とかなんだかそういう気分にもなれなくて。ただぼーっとして無気力で、考えているようで何も考えられずにいる。時々思い出したように涙が出てはまた無気力に戻る。何も考えられない。「心にぽっかりと穴が開いた」なんて表現がぴったりだと思う。映画を見て、ご飯を食べて、お風呂に入って、お酒を飲んだ。私は生きている。私の生きているこの世界に、wowakaさんがいない。いなくなって、新木場で真っ白なお花を添えて、シノダさんが歌って、それからアルバムも出た。3年が経った。まだアルバムは聴けていない。wowakaさんが亡くなったことも頭では分かっていて。それなのにどうしてまだこんなに苦しいんだろう。